砕け散った願い星

七月七日、例年に比べより一層湿気が高いのかじめじめとした暑さが襲う中、ナイトオブラウンズの一人でもあるは一人ペン先を派手な色紙に走らせていた。
勿論意味のない行動をするような人間ではないため、スザクはタイミングを見計らうとそっとの顔を覗き込む。

「何してるの?

「ああ、スザク、丁度よかった、スザクもこれ書いてよ」

これ、と言われ手渡されたのはの淡い桃色の色紙と同じような深い空色の色紙。
細長い紙切れを暫し手に取り、スザクは首を傾げた。
主語のないの言葉を思い返し、それからスザクはそっと視線を紙切れからソファーに埋もれる少女に移した。
自分と同じくラウンズの騎士服に身に纏う彼女は、栗色の髪の毛を耳より少し高い位置で二つに結わっており、それがきりりとしたの表情を幾分幼く見せている。
スザクの視線に気付いたのか、は机に向けていた視線をスザクに向けた。

「なに?」

「え、いや、これって何書くの?」

長い睫毛に縁取られた大きな黒の瞳。
白い肌に相反するように黒い瞳はまるで日本人のようにも見えるが彼女は生粋のブリタニア人である。
勿論、ラウンズでナンバーズ出など探してもスザクくらいしかいないだろうが。

「何言ってるの、今日は七夕の日だよ?」

「え?」

「日本の節句の一つでしょ?確か、織姫と牽牛が年に一度天の川の上で会えるんだっけ」

得意げに話すにスザクは暫し呆気に取られる。
まさかブリタニア人でもある彼女が日本の節句などという言葉を口にするとは思わなかったからである。
彼女の埋もれるソファーから少し離れた場所に見えた開放されているバルコニーには、よく見れば何処から手に入れたのか笹の葉まで飾られている始末だ。
正直驚いた、それが正真正銘の日本人で、ブリタニア軍人枢木スザクの感想だ。

「よく、知ってたね、七夕なんて」

「ああ、うん、あたしそういうの好きなの」

「そういうのって?」

「んーなんていうの?歴史っていうか文化っていうか…とにかくそういうのが」

的確な言葉が見つからなかったのだろうは曖昧にそう締めくくるとスザクに今の今まで使っていたペンを手渡す。

「星に願い事って、なんか素敵じゃない?」

綺麗な笑みを向けられ、思わず頷く。
興味本位からスザクは無意識にの手にする紙切れ、もとい短冊を見ようとするも、軽やかにそれはかわされる。
短冊を裏返しスザクを上目で見つめるはにやり、と顔に似合わぬ笑みを口元に浮かべた。

「ひみつ」

身体を横にずらしソファーにスザクの座る間隔を取ると、はどうぞ、とカバーを叩く。
素直にの隣に腰を下ろしたスザクはしかし、いざ願い事を書けといわれても、と些かペン先を鈍らせた。

「願い事ないの?」

「んーいきなり願いごとっていわれてもさ、…―それに」

星に、願うことなんて。
今はもういない星になってしまった姫君を脳裏に思い出し、スザクは僅か眉を寄せた。

そうだ、願い事だなんて。
願い事なんて今更文字にできるものでもないのだ。
世界は壊れてしまった、もうとっくの昔に。
唯一の友人は、ただ一人の姫君は、もういないのだから。
否、8年も前、この手で自身の父親を殺めたあの日から、スザクに祈ったり、願ったりする権利は既になかったのかもしれない。

「…願いごとがないっていうのはさ、今の世界に満足しているってことでしょ?」

「…そういうわけじゃ、ないけど、さ、」

「変なスザク」

可愛らしくも々しい彼女は知らないのだ、スザクの過ちも過去も。
だからスザクは曖昧に笑って見せてペンにキャップを取り付けた。
書くことはない、ジノでも呼んで彼に書かせようか。
そう思惑した瞬間、ふと、の射抜くような瞳と視線が絡み合った。

「…なに?」

どきり、と心臓が跳ねた。
スザクはが好きだ、それは彼女の人間性や考え方であったり、勿論彼女自身が好きなのだ。
だけどこういった時々見せる、全てを悟ったような見透かすようなこの綺麗な瞳は嫌いだった。
否、嫌いというよりも怖いのだ。
真っ白な彼女に全てを知られてしまうのが。
スザクはさっと視線を反らした。

「…あたしは願うよ、いつかこの世界が平和な、優しい世界になることを」

平和な、優しい世界。
まるであの姫君のようなことを言う、とスザクは瞳を細めた。

「…だからナナリー総督の仰った…、ううん、ユーフェミア様の願った特区日本を、あたしは絶対に成功させたい」

「…」

「ねえ、スザクは、スザクの思い描く平和ってどんなのものなの?」

自分の、思い描く平和。
それはまるでユフィの願った世界であって、ナナリーの言った世界であって、の考える世界であって。
誰もが誰にも優しく、暖かな平和を、スザクは願っているのかもしれない。
だけど、その平和に。
その世界に、果たして。

(彼は、いるのだろうか)

「スザク」

名前を呼ばれてを見る。
ひどく、哀しそうな、そんな表情をしていた気がする。

「貴方の思い描く未来に、ルルーシュは、もういないの?」

アメジストの、瞳。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、と彼が被って見えた。

「…何を」

「スザク、世界の正義は未来の平和に比例しているとは限らないんだよ」

「…」

「正義は時として悪に摩り替わる、歪んだ正義は悪にしかならない」

なんとなく、の言いたいことが分かった気がする。
スザクはそれでも心地よく響くの声を遮ることは無かった。

「ルルーシュは、彼の正義を貫いているだけで、スザクも自分の正義を成しているだけ、」

なのに、どうして、貴方達は平行線を行くんだろうね。

立ち上がったが握る短冊が僅かに揺れた。
淡い桃色の、その紙切れに綴られた浅はかな願いとは一体。
スザクは其処まで模索して、それからを見上げた。

「ジノと、アーニャも呼んできて皆で短冊飾ろっか」

ねえ、、君の、願い事は、何なの?



(どうか、またみんなで笑い合える日々が訪れますように。)