覚悟しててよね
ぷくり、と紅い球体が浮き出てきてそれから少し経ってそれが破裂すると、液体状の紅いそれは重力に逆らわずにゆっくり指を伝って落ちていった。
不思議とすぐに痛みは感じずに、後からじくじくと痛むものだ。
暫し指先を見つめながら、小さくため息をつく。
「あー、やっちゃった」
書類の端で指を切ってしまったらしい。
幸い書類に血は付着しなかったようで、それでも滴り落ちる血が付いてしまってはは拙い。
隣でせっせと書類と格闘するスザクに向き直ってじっと彼を見つめた。
「ん?どうしたの」
やはり視線が気になるのかペンを止めてこちらに顔を向けるスザク。
それから不自然に立っているあたしの人差し指に視線をやってから驚いたように目を見開いた。
「ちょ、大丈夫!?」
「あー、全然大丈夫なんだけどさ、絆創膏持ってる?」
血が付いたらさ、と困ったように笑みを見せればスザクは慌てて鞄の中を漁り始めた。
その度ふわふわの茶色の髪の毛が揺れるのが無性に可愛く感じてしまい無意識に頬を緩める。
絆創膏を持っていたらしい律儀な彼ははい、と手を差し伸べた瞬間急に表情を変えた。
気付かずに絆創膏を貰おうと手を差し伸べるも、スザクはそれを引っ込めてしまう。
持っているのにくれないつもりなのか、否、スザクはそんな人ではないだろうから何か考え事でもあるのだろう。
特に何も指摘しないでスザクの行動を待ってみることにした。
「手、貸して?」
にっこりと子犬のような笑顔でスザクは絆創膏を手にしていない逆の手を差し伸べた。
素直に小さな血溜まりを作った指先をスザクに向ければ、す、と手首を掴まれた。
まさか、と段々と指先に口を近づけるスザクに嫌な予感しかしない。
そして案の定、スザクはあたしの指をぱくり、と口に含んだのだった。
「すっ、スザクっ、」
「舐めれば治るよ、も昔言っていたじゃない」
確かに。確かに言ったさ、まだスザクが枢木神社に居たあの頃、料理の手伝いをするとか柄に合わないことを言い出したスザクは、使い慣れもしない包丁で指を切ったのだ。
すぐさま絆創膏を手にしようとするスザクを止め、舐めれば治る発言は、した。
だけどそんな昔話を今持ち出すだなんて。
前言撤回、ちっとも可愛くなんてない。
「…ね?」
「…っ、やめてよっ、」
ねっとりと傷口を舐め、それから指先を口に含むと軽く吸い上げる。
舐めるだけじゃなかったのか、と眉を顰めても未だ広がっている傷口を吸われ、声にならない悲鳴を上げた。
「ひっ、」
まるで吸血鬼。
傷口付近の血を吸われ、一瞬指先の感覚を失くす。
唇を噛み締めて耐えていると、ちゅ、と音を立ててスザクは唇を離した。
「血、止まったみたいだね」
「…馬鹿」
ふん、と顔を逸らしてそれでもしっかり血の止まった指先を睨む。
おかげでこんなに顔に血が集まってしまったではないか。
にこにこ微笑むスザクが憎らしくて思わず手元のペンケースを彼に向かって投げた。
外に出ると既に空から太陽は消え、代わりに月と幾多の星が顔を見せている。
もうこんな時間なのか。
やはりと僕、二人だけでの作業は長くなってしまい、結局こんな時間だ。
後ろから同じように出てきたは口元までマフラーを巻き、夜空を仰ぐ。
「わーこんな時間なんだねえ」
「うん、あ、寒くない?」
「大丈夫、…あ、流れ星かも!」
嬉しそうに声を上げるわりには"かも"、と少々自信なさげに夜空へ指を向ける。
指先には絆創膏が張られている。
せっかく傷口を塞いであげたというのにやっぱり絆創膏を張る、と言っていたのが先ほどだ。
それを見つめ、自然と笑顔が浮かんだ。
「あ、そうそう、スザクこれから軍?」
「今日はまだ少し時間あるけど、何か用でも?」
「用ってわけでもないんだけど、今日調理実習で作ったカップケーキ、二つ余っちゃたから一緒に食べない?」
鞄の中から取り出したのは余ったというわりに綺麗にラッピングされたカップケーキ。
如何にも彼女らしいピンク色の包装紙で包まれているそれは手に乗るほどの小さなものだ。
まだ軍へ行くまでは時間がある、いや、それ以上にもっとと一緒にいたい、という少し不謹慎な理由もあって僕は素直に頷いた。
「そ、よかった、ほらこっち来て」
小さな外灯の下に位置するベンチを指差して手招きするが無性に可愛く感じてしまったのは仕方の無いことで。
大人しくと共にベンチに腰を掛けた。
「はいどうぞ、」
「ありがとう」
小腹も空いてきた時間、丁度いいといったら丁度いいかもしれない。
先端についているリボンを解いてラッピングを外す。
きつね色に焼けているカップケーキはさすがというか、見た目は売っているものと殆ど変わらない。
いやのことだ、味だってびっくりするほどおいしいのだろう。
早く食べて、と言わんばかりに此方を見つめるが気になったもののカップケーキを口にする。
が、小さく口を開いた瞬間、唇にぴ、という亀裂が走ったのを感じた。
思わず手を止めて唇に指先を近づければ、やはり紅い血が付着する。
「唇切っちゃった、乾燥してたのかも」
最近寒い日が続いて唇も乾燥していたのかもしれない。
曖昧に笑ってみせると、しかし急にの手が肩に置かれた。
驚いての方を振り向いた瞬間、唇に生暖かい感触を覚えた。
これは舌だろうか、目の前にの顔があるのでそう断定できた。
再度べろり、と唇を舐められ、ゆっくり離れていくの整った顔を見つめることしかできない。
「舐めれば治るんでしょう」
悪戯をついたように笑みを浮かべる。
やられた、と思った。
勝ち誇ったように微笑むはそそくさと自分の分のカップケーキのラッピングを外している。
…悔しい。
やったことをやり返されただけなのだが、なんだか物凄く悔しい気がするのは何故だろうか。
ケーキを口にする寸ででの肩をベンチに押さえつけ、その唇を貪るように口付けた。
カップケーキがの膝の上へと落ちた。
「…んっ、んぁ、ふ…、」
予想外の出来事なのだろう、抵抗を一切見せずぎゅ、と瞳を閉じては耐えていた。
しかし息苦しさからか肩をどんどんと叩かれ、名残惜しくも唇を離す。
「…何してっ、」
「だってが誘ってきたんだもん」
悪びれる様子も無く言ってやれば、羞恥に顔を染めてわなわなと震えだす。
ああ、これが誘っていないというのだから本当に性質が悪い、は。
心の何処かで謝罪の言葉を並べると、僕は再び口付けを再開させた。
覚悟しててよね
(まあ、おあいこということで!)