涙雨で隠して

雨が、降ればいいのにと思った。

ぽつり、ぽつり、とまるで涙を零すように落ちてくる雨がアスファルトの地面を濃く色付けていく。
それをぼう、と見つめ、やがて頭のてっぺんからじんわりと雨の冷たさが伝わってきた。
ああ、このまま雨と一緒に溶けてしまえたら。
そうしたら私も、貴方も、忘れてくれるでしょう。
この溢れ出る想いも。
貴方の中の私の存在も。

「何してるんだ」

低く響いた声に、だけど振り向きもせずにそのまま曇天を仰いだ。
灰色の雲から絶えず降り注ぐ雨を最早冷たいとは思わない。
ゆっくりと僅かに動く雲を見つめたまま、ふいに肩に重みを感じた。
視線など向けなくとも分かる。
何も答えない私を不思議に思った、否、不審に思ったルルーシュが手を置いたのだろう。
現にそのまま肩を引かれて強制的にルルーシュの方へ向く形になった。
ゆるゆると視線を上げて、アメジストの瞳を見つめる。
宝石のようなその瞳の中に自分を見つけ、それから華奢な手が自身の頬に伸びてきたのを感じた。

「なんで、」

「…」

「なんで泣いてる」

うそ、泣いているのは空の方でしょう

そういった意味合いでルルーシュをもう一度見つめても、そっと宛がわれた細い指が私の瞳の淵に溜まった涙を優しく掬う。
ゆっくり頬を撫でられるように指は下降し、やがて唇を撫でられる。
陶器のような彼の頬に、伏せ目になった所為で長い睫毛の影が落ちた。
ああ、綺麗だな。
素直にそう思って、また涙が零れた。

「泣いてないよ」

「泣いてる」

間髪いれずにそう言われて何か負けた感じがする。
いつの間にかルルーシュの手は髪の毛に絡められていて、梳くような仕草に漸く雨の冷たさを思い出した。
それから溢れ出ては止まってくれない涙に、情けないと思いつつ唇をかみ締めた。
流れるようなその動作でゆっくりと身体を包み込まれ、強い力で抱きしめられた。

「なんでこんなに悲しいんだろう、ユーフェミア様が死んで、スザクがナイトオブラウンズになって、どうしてこんなに悲しいんだろう」

「…」

ユーフェミア様の騎士になったことは、正直言うと好ましくなかったかもしれない。
そのユーフェミア様が死んで、だけどスザクは更に遠くなってしまった。
もう、手の届かない存在なんだ、
こんなに好きなのにね。
どうしてだろう、悲しくて悲しくて、仕方が無いんだ。

「たすけてルルーシュ」

この想いをどうか消して。
もう、あの人を想うのは疲れたの。



ルルーシュも私もびしょ濡れじゃないか。
張り付いた髪の毛が、嫌に冷たかった。

「枢木スザクに対する感情、全て忘れろ、お前が好きなのは」

紅い鳥が飛んでいる気がした。
ルルーシュの瞳って、こんなに紅かったっけ。
記憶が削り取られるようなそんな感覚に襲われて。

「どうしたの?ルルーシュ」

にこやかな笑みが送られた。
それから雨に濡れた自分の身体に驚いたように髪の毛を触る。

「うわ、びしょびしょ…なんで雨の中突っ立ってるんだろ、」

困ったように笑みを浮かべて俺の腕を恥ずかしげにやんわり解いた。
急いで学園内に戻ろうとした彼女を思わず引き止める。
長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳が此方を向いた。

「なあに?」

「いや、なんでもないよ」

笑えば嬉しそうに頬を染めて同じように笑みを見せたに胸が詰まる。

だけど悪いのはお前だ、スザク。
お前が先にを手放したんだ。
お前は俺からナナリーを奪って、からは全てを奪ったんだ。
当然の報いというべきじゃないか、素晴らしい等価交換だとは思わないか。

だから、

「本日付けを持ちまして、このアッシュフォード学園に復学することになりました枢木スザクです。よろしくお願いします」

「枢木スザク、ってナイトオブラウンズだっけ?凄いよね」

「…ああ」

どうかこの笑顔だけは、永遠に俺のものに。


(さようなら、私の愛していた人)