狂った価値



「どうして人を殺しちゃいけないのかな」

そんなの分かってるでしょう?
答えは、そう
あたしが生きているのと同じ意味



狂った価値


ルルーシュは動かしていた手を止め、ひどく驚いた表情でスザクを見た
あの温厚なスザクから、こんな発言がされるとは思ってもいなかったからだ
スザクはルルーシュの視線に気づいたが、あえて自分も視線を交える
いつになく真剣な雰囲気を含んだその翠の瞳に、ルルーシュは少し焦燥感に駆り立てられた

「な、何言ってんだよスザク」
「ルルーシュは分からないの?」

スザクは尚もしつこく聞いていた
この時ばかりは、ルルーシュも平然とはしていられなかった
焦っているルルーシュを尻目に、は黙々と書類を片付けている
嫌な沈黙が流れた
ルルーシュは耐えられなくなり、光速のスピードで思いついたことを口にする

「そ、そんなの実際に殺した人間しか分からないだろう」

一瞬だけ、がルルーシュに視線を投げたような気がした
しかしルルーシュにそれを気にしていられるほどの余裕はない
スザクは暫く何かを考えるような表情で、そして柔らかく笑った

「ごめん、ごめん これ軍に入る時必ず聞かれるんだよ」

その笑みはいつものスザクのもので
ルルーシュも、ほっと隠れて息をつく
その時ようやく黙々と動いていたの右手が止まった
は書類を数枚重ねて、トントンと整えると、持っていたシャーペンを机に置く
書類を少し離れたところに置いたは、静かにスザクを見た

「どうして人を殺しちゃいけないかって?変なこと聞くね」

ぎぃっと椅子の軋む音をさせて、はほくそ微笑む
眉を軽く顰めたスザクと、驚いたような表情を見せるルルーシュには続けた

「そんなの決まってるでしょう?」
「……どうしてかな?」

真剣な眼差しでスザクは聞き返す
は顔に掛かる艶のあるセミロングの髪の毛を軽く払うと、視線を下にする

「人の命を人が奪っちゃいけない…なんて、正義ぶったことじゃない」

の視線は尚も下を見ている


「その殺す人間に、殺される人間を殺すほどの価値がないからだよ」


ルルーシュは声が出なかった
しかしは当たり前のように言うと、二人に背を向けるように立ち上がる
逆光で彼女の身体は真っ黒なシルエットになった

「誰でも自分の価値くらい分かってるはずなの 必要とされてるか、されてないか どんな腐ってる人間でも気づく」
「価値があるものは殺してもいいのか」

静かにルルーシュが発した言葉
少しの間部屋に響いていたが、すぐに消え、今度はその後のの声が響いた

「…そう、なのかもしれないね でもそんな人間いない 殺していいほどの価値を持ってる人間なんて存在しないのよ」

透き通るような声
しかしその内容は、ひどく残酷なもので

「表面上、誰からも必要とされている人間なら何人だっている でもそれは本当じゃない
みな、心の奥底で必ず、その人間を批判してるの
本当に心からその人間を尊敬している人間なんて、ほんのわずか いないに等しい
人間は自分より優れている者にはそういう感情しか湧かないものだから
そんな人間に、価値なんてないでしょう?」

問いかけるような彼女の声色は、しかし二人に向けられてはいなかった

「殺した人間しか、分からない?そんなわけはないんだよ 自分の価値は一番自分が分かってるから」

やっとが振り返った
彼女の顔は、やはりいつもと変わらない笑みを貼り付けていた

「あたしたち、みんなそう 価値なんかに囚われてるだけなの でもそれでも、価値を求めてしまう

価値こそが、生きている証だから」


の笑みは悲しそうな、それでも美しかった