愛してるの呪文は



暗闇の中で、翠の瞳が煌々と光っていた
その光は月明かりで反射していて、憎しみとか、怒りとか、そういう類のものだけだった

「…僕だって、信じたくは無かったんだ」
「……」
「…黒の騎士団は卑怯で、卑劣で…、っ、ユフィさえも殺した」

微動だにしないは、暗闇の奥にいるスザクの行動を伺っているのか
しかし瞳は伏せ目がちに、下を彷徨っている
スザクはぐっと、拳を握ってを見据えた

「君は、は、そんな黒の騎士団に参加していたんだね、」
「…」

何も発さない
スザクは少しずつではあったが、確実にに近づいている

「…僕はね、今、黒の騎士団に憎しみを持っている」
「…」
「勿論君にもだ、

その言葉の直ぐ後、暗闇からばっと出てきたスザクは今だ反応を示さないを地面に押し倒す
が地面に押し倒された事により、辺りに砂埃が舞った
感情の読み取れない黒の瞳は、じっとスザクの翠の瞳を見つめている
スザクはそんなの上に馬乗りになると、懐からきらりと青白く光るものを取り出した

「…あたしを殺すのね」

やっとが言葉を発した
静かに言い放つを見下ろしたスザクは、その小刀を彼女の左頬に添えた

「ああ、殺すさ」

そのまま首筋を通って鎖骨、そして左胸に宛がった
触れるか触れないかの微妙な位置で動く小刀は、今にも白い肌に傷をつけそうだった

「僕があと少し力を入れれば君は死ぬよ」
「ええ、そうね」
「…死にたくないとは思わないのか」
「スザクはあたしを殺したいんでしょう?ならそうすればいい」

の言葉に、小刀に込める力を強めたスザクは、唇を噛んだ
美しくスザクを見つめるの表情は、無表情、という言葉が似合うほど感情を交えてはいなかった
小刀を握るスザクの手が僅かに震えた

「…殺さないの」
「殺すさ」
「なら早くしなさい」
「ーっ!殺してやるさ!」

思わず力を込めた小刀はそのままバランスを保てず、真下の心臓を滑り、彼女の鎖骨を傷つけた
ぴっ、との白い肌に真っ赤な血が飛び散る
傷はそこまで深くなかったが、血は静かに流れた

「…あ、」
「失敗しちゃったね、…ほら、続けて?」

聖母のような声色は、スザクの耳にまとわり付いて離れない
かたかたと音を立て始める両手に、スザクの瞳が揺れる
は目を細めてそれを見ていた

「…ど、して」
「何してるのスザク、早く殺しなさいよ、こんな女一人、軍人が殺せないわけ無いでしょう」
「…ーっ、やめろっ!!」

大声をあげ、手に持っていた小刀を手放したスザクはの口元をぎゅっと押さえつける
言葉の発せなくなったは、固く瞳を瞑るスザクをじっと見つめた
スザクは数回首を横に振って、まるで目の前の出来事を否定するかのように辛そうに顔をゆがめた

「どうしてだ、…なんでこんなことになってしまったんだ?…どうして俺がを殺そうとしている?」
「…」
「…なんでっ、俺は、が好きなんだ、なんで殺さなきゃいけないんだっ!」

ぽたり、との口を押さえつける自身の手の項に水滴が落ちた

、好きだ」
「…」

そっと口元から手をどかす
薄く唇を開いたまま、は何も言わない

「好きなんだよ、愛してる…、だけどっ!」

再び水滴が落ちる
その涙は先ほどの鎖骨の傷に落ちて、じんわりと滲んでいった

「…スザク、あたしを殺してもいいよ、スザクに殺されるのなら本望だから」

微笑があまりにも綺麗で、繊細で、悲しそうなものだから、スザクはぎゅっとを抱きしめた

っ、っ…ごめん、ごめん、」
「うん」
「どうして…」

どうして、どこで、何がいけなかったんだろうか

それはきっと人として儚い疑問なのだろうけど
だけど二人の涙は交わっていく

「…好きだよ」
「…あたしも」

「愛してる」

気づかない距離で愛し合っていたのに
こんなにも好きなのに
なんで僕らは対立する関係なのだろうか
神様、それでも彼女を殺せなかった僕を、貴方は再び嘲笑うのでしょう
それでもいい、もう迷わない
もう情けは崩れたから

「…―、」


愛してるの呪文は