ハッピーバースデー!
「納豆の日でしょ」
ぴしりと、勿論擬声語ではあるがその場の空気が一瞬にして固まったのは
空気が読めないとか貶されるナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグにでも分かった
思わず息を呑むような、ひどく整った顔付きの少女は言い捨てるようにそう告げたのだった
「…」
「…」
空気が死んだ、傍観者ジノの感想だ
それでも興味がないといった様子の少女は本の上に視線を置いたまま
長い睫毛は陶器のような頬に影を落とし、薄桃色の唇はしっかり閉じられている
スザクは何も言えない、否、言えない
不自然すぎる沈黙がきっかり6秒訪れ、それから少女は顔を上げた
「…ん?なに」
視線を合わせづらくて思わず顔を背けると、視界に入る濃紺のマント
それが少女、のナイトオブラウンズとしてのマントである
座るには邪魔にしかならないマントは投げ捨てられたのだろう、無残に丸まっていた
「それよりジノ、例の書類出来上がったの?」
「あ、ああ、さっき終わらせてきた…けど」
満足そうな笑みを見せ、そう、と呟くはその部分だけ見れば非常に可愛らしい仕草を
しているのだが、話の流れを終始見守っていたジノは引きつった笑みを零すだけだ
しかし至っては平然としている
くるくると四方に飛び跳ねる茶色の髪の毛が僅かに揺れた
「…、じゃ、じゃあ、僕、まだ終わってない仕事あるから…、」
まるでこの世の終わりのような表情をしているスザクは覚束無い足取りで扉へ向かう
ばたん、と閉まり切った扉を見計らい、ジノはの手中の本を奪った
「…なに」
「…、知ってるだろ、今日」
「知ってるよ、スザクの誕生日でしょ」
さも当たり前のように言いのけるにジノは眉を寄せた
ならば何故、あんな反応をしたのだ、と
『7月10日?納豆の日でしょ』
撃沈したスザクが今だに脳裏に焼きついて離れない
あれはさすがのスザクにもきたのだろう、ジノは唇を尖らせる
アーニャでさえ、今朝端末のぴろりん、という音と共におめでとうを言っていたというのに
しかも、はスザクが気を寄せる女性でもあるのだ
ダメージは計り知れなかったに違いない
「あれじゃさすがにスザクが可愛そうだって」
「…あのねえ、ジノ」
素直な意見を述べればが面倒くさそうに此方を見やる
黒の大きな瞳がジノを見上げていた
「誕生日っていうのはその人を驚かせなきゃ意味がないでしょう」
さも言い切ったかのように満足気にするにジノは頭痛を覚えたのだった
自室へと戻ったスザクは今すぐにでもベッドに飛び込みたい衝動を抑え、席に着く
自分から誕生日を名乗るほど図々しい人間でもないスザクは、それでもに気付いてほしかった
というより、彼女はスザクの誕生日を知っているはずだ
この間暇だと言ってプライバシーのことなど捨てきったが、様々な人間のファイリングを見ていたのをスザクは目撃している
「…はあ、」
図々しいことこの上ないが、だけど彼女に一番に祝ってほしかったのだ
彼女はただ一人の、唯一の
「………―ん?」
長い長い沈黙の後、スザクは目を丸くした
書類を取り出そうと引き出しを開ければ、其処には大量のまたたびが入った小瓶と、猫じゃらし
それはもう、引き出しを壊してしまうのではないかと思われるほど詰め込まれている
「…」
静かに引き出しを戻す
見間違いであってほしいと願った
「…、」
が、次にスザクの視界に入って来たもの、それは
「アーサー…」
普段自由奔放にそこ等中を歩き回っているアーサーが首輪でスザクのベッドに繋がれていた
アーサー自身はベッドが気持ちいいのか抵抗の意を見せないが、ぱっと見はただの動物虐待だ
慌ててその首輪を外してやろうと近づくと
「のわあ!!」
天井から降ってくる、大量の猫のぬいぐるみというぬいぐるみ
どれも容姿がアーサー似なのは気のせいではないはずだ
「…何なんだ」
思わず漏れるのはため息
新手の嫌がらせか、それにしても大胆な
大量のぬくぬくとしたぬいぐるみに埋もれ、地べたにへたり込んだままスザクは肩を落とした
と、聞こえる扉の開閉音
自然な動作で扉に視線を投げれば、其処には濃紺のマントを羽織った少女が一人見えた
「っ!?」
「どう?気に入ってくれた?」
手を後ろで組み、にこにこと微笑むであった
先ほどとは打って変わり、満面の笑みのにスザクは首を傾げるばかりである
が、その口ぶりからして、この大量のぬいぐるみ、またたびの小瓶、猫じゃらしを仕掛けたのはと考えられる
「もしかしてこれ…」
「ちゃんからの誕生日プレゼントでーす」
そうしてぬいぐるみに埋もれているスザクにダイブする
ベッドとそう変わらない柔らかさを誇る其処で、しかしスザクは見事をその腕の中に受け止めた
至近距離での、の笑みにスザクは顔に熱が溜まるのを感じたのであった
「誕生日おめでとうスザク、」
なるほど、先ほどの態度はこれを仕掛けたからなのか
巷でいう所謂ツンデレがどうとか、スザクはあまり機能しない頭でその言葉を復唱した
「…あ、りがとう…、」
「いいえ!こっちこそ、ありがとうね、スザク」
はにかんだようには僅か頬を染めてスザクの首に腕を回した
「生まれてきてくれて、ありがとう」
ゆっくりと、噛み締めるようにそう告げ、笑みを浮かべた
「うーっ!ありがとう!」
感動し、興奮し、そうしてスザクは勢いよくを床に押し倒した
散らばる、の栗色の髪の毛
ああ、本当に理性が千切れてしまいそうだ、スザクは一人自嘲した
「記録」
ぴろりんと、本日二回目の端末が写真を記録した音が耳に届く
条件反射で音の根源を見れば、なんというか、予想はしていた
ただ、この時間を邪魔されたくなくて、だからスザクはあからさまに表情を曇らせたのだった
「…ジノ、アーニャ」
「が、用意してくれた、ケーキ」
まるで機械のようにぶつりぶつりと単語を口にするアーニャには僅か苦笑を漏らした
「を食べるんだったら、ケーキは私達で食べるから」
そう言ってくるりと踵を返すアーニャにスザクは固まる
自分の下にいるに視線をやれば、返答にはとれない曖昧な笑みを浮かべているだけだ
枢木スザク男、もしかして友人に銃を向けたあの瞬間よりも頭を悩ませたのかもしれない
「…どうしよう」
普通に考えて其処退けよ、というジノの言葉は最早スザクには届かない
そうして、葛藤に葛藤を重ねたスザクが広間に来るまであと数分
盛大なクラッカーが鳴り響くのも、あと数分後である
HAPPY BIRTHDAY! SUZAKU KURURUGI!
スザクさんお誕生日おめでとーう!
なんかちょうありきたりな内容になってしまいましたが…←
まあそこは愛でなんとかなる^▽^
ちなみにヒロインはケーキを食べ終わったあとの口直しです わーい
とにかく誕生日おめでと!くるるぎ!!