姫様の暇つぶし

目をぱちくりとさせて、は扉の前にYシャツ一枚で佇むC.Cを見やった。
驚くのも無理ないだろう、普段、この時間帯ならば既にC.Cはルルーシュの部屋ですやすやと眠っているのだから。
しかしそんな時間もとうに過ぎ、夜中の1時を回った今、C.Cが自室を訪ねてきたのだ。
枕を片手に自身のベッドにダイブしたC.Cにはひとつ間を空けてから疑問を口にしようと息を吸う。
だがまるで心理を読まれたかのように、C.Cはが言葉を発するより少し早く追い出された、とだけ言って布団を被った。

「追い出された?」

「ああ」

自分の部屋で女がひとりまるで自身のもののようにベッドを占領している状態は決して好ましくはなかったが、既にC.Cがルルーシュのベッドを使うのは当たり前と化してしまったので何故彼が今更彼女を追い出したのか、意図が掴めない。
首を傾げるに、またしてもC.Cが先に口を開いた。

「放っておけ」

「んー、そんなにC.Cに出て行って欲しかったのかなー」

「私に知られたくない後ろめいたいことでもあるのだろう、あいつだって17の男だ」

その言葉がどんなにを誤解させたか、C.Cは気づいてないだろう。
は、としたは迷うことなく立ち上がり、そして扉へと向かう。
なんだなんだ、と布団の中から視線を送るC.Cに先に寝ててね、と一言残しては部屋を出て行った。
向かうのは勿論ルルーシュの部屋。
こんな時間なのだから、成るべく足音をたてまいと慎重には部屋を訪ねる。
扉の前に立って、ひとつ息を吸ってからは一歩足を前に進めた。
ぱしゅ、と空気を切る音が聞こえて扉が開く。
が、見えた景色には図らずもぽかん、と唇を薄く開いたままで立ち尽くしてしまった。
明かりこそついているものの、部屋内にルルーシュの姿は見えず、代わりにいつもC.Cが占領しているベッドにひとつの塊が見えた。
規則正しく動いているそれに、は最善の注意を払って近づく。
ベッドの端まで来て、は再び目を丸くした。

「…寝てる」

薄く色素のついた唇を微かに開いて、それはそれは安らかな寝顔でルルーシュは寝ていたのだ。
あの神経質なルルーシュ、少しでも物音が聞こえればすぐさま飛び起きるというのに、こんなに近づいても起きる気配など微塵も見せない。
そこでは漸く納得した。

「(寝たかったんだね)」

最近ルルーシュは徹夜続きで何か黒の騎士団の設計をたてていたのだから、余程眠かったのだろう。
それこそC.Cを追い出してまで安眠を得たかったルルーシュに、はふ、と口元を緩めた。
きりり、としたいつもの表情から一変、穏やかな寝顔を見せるルルーシュを可愛い、と思ってしまうのは仕方のないことだろう。
暫く寝顔でも拝んでいようか、とがベッドのすぐ横に腰を下ろした瞬間だった。
こんこん。
気持ちのいい音を立てて扉が叩かれる。
そして続くのは聞き覚えのない声。

「ルルーシュ?いる?」

面白いほどびくり、と無意識に身体が跳ねてしまう。
恐る恐る扉のほうに視線を向けて、は物音を立てないようにと必死だった。

「…」

声の高さからしてルルーシュとさほど変わらない年齢の少年だと分かる。
しかし何もこんな時間に訪ねてくる者がいるだろうか。
それほどルルーシュと親しい関係の誰か、か。
ぐるぐると思考を張り巡らせている最中にも再びノックが鳴り響く。

「ルルーシュ?もしかして寝ちゃった?」

まったくその通りである。
ノックの音にルルーシュが起きないだろうか、という初歩的な疑問を忘れつつは眉をしかめた。
未だに扉の前にある気配に、は内心舌打ちして静かに立ち上がる。
このまま沈黙を守れば扉の向こうの少年は戻っていくかもしれない。
だがもし彼が間違えてでも部屋内に入ってきたらそれはにとってピンチの状態になる。
態々出て行かずに沈黙を守ろうか。
それが一番の得策だというのに、は何を思いついたのかにやり、と笑みを浮かべて扉の前に向かう。
そしてひとつ、足を進めれば自動扉がいきおいよく開いた。

「ルル、…え?」

大きな翡翠の瞳をくり、と丸くしてこちらを見つめる栗色の髪の毛をもった少年が其処にいた。
だがが着目したのはそんなところではない。
彼の服装だった。

「(…軍人)」

分かりやすく眉を顰めるだったが、彼がルルーシュの友人だということを思い出して瞬時に表情を変える。
彼はなんといっただろうか、少し前にルルーシュからたった一人の友人の話を聞いたことをははたと思い返した。
枢木スザク、確か名誉ブリタニア人の軍人だと聞いた。
学園にも通ってないが唯一知るルルーシュの友人である。

「(これが枢木スザク、ねえ)」

「…あの?」

が一人勝手に思考を巡らせている合間にも、枢木スザクは不思議そうに口を開いた。
勿論、何故がルルーシュの部屋から出てきたのだろう、というところに疑問符があるのだろう。
そこで漸くは口を開いた。

「ルルーシュに何か用?」

「え、あ、その生物のノート返そうと思って」

見れば手に一冊のノートを持っている。
軍の帰り、しかもこんな遅くになってでも返そうと態々訪ねてくるなんて、生真面目な男なのだろう。
はそれに視線を落としてから軽くうなずく。

「ルルーシュには私から返しておくわ」

「あ、はい…」

ノートを受け取ってから、ちらり、と枢木スザクを盗み見る
顔の器量はルルーシュにも劣らないほど高く、しかしその顔にはまだあどけなさが残っている。
しかしノートを手渡したというのに、彼は中々帰ろうとはしない。
不思議に思っては口を開いた。

「まだ何か?」

「え、っとその、ルルーシュ、どうかしたんですか?」

「…」

しどろもどろ問う彼に、は瞳を細める。
軍人なのにそこまでルルーシュを気に掛けるのか。
なるほどルルーシュも随分と面倒な位置にいるのだと、はほくそ微笑んだ。

「具合が優れないらしいの、」

「えっ、熱でも出したんですか」

「…そうではないけど、今日はもう寝てる」

いつまで居座る気だろうか。
そろそろ会話を成り立たせるのも面倒になってくるに、だが彼は心配そうに眉を寄せる。

「あの、会えませんか」

「もう寝てるって言ったでしょう」

少々棘のある言い方に彼もむ、としたのだろう。

「…貴方、なんでルルーシュの部屋にいるんですか」

やはり率直に聞きたいところは其処なのだろう。
ふ、と笑みを零したは迷わずその黒の瞳を真っ直ぐ彼に向けた。

「枢木君の思い描く通りよ、普通、こんな時間に女が部屋からでてくる理由なんてひとつしかないでしょう?」

ぴしり、と枢木スザクの表情が固まった。
見ていて飽きないなあ、とそれを見つめているとみるみる内に彼の瞳が大きく見開かれていく。
追い討ちをかけるようには少し背伸びして、彼の耳に口元を寄せた。

「このこと、学校では秘密にしてね?」

妖艶に微笑んで見せてから、部屋に戻る。
さて彼が此処から立ち去るのはこれから何分後だろうか。
早めに自身の部屋に戻って寝たいものなのだが、あの様子だと暫く立ちすくんでいるのが一般的だろうと判断して、は小さく欠伸を零してルルーシュのいすに腰掛ける。
の予想通り、扉の奥の気配が動き出したのは部屋に戻ってから5分後であった。

そして翌日、顔を青くしてクラブハウスに戻ってきたルルーシュに、は盛大に声を上げて笑ったのだった。