ねえ、ぼくたち

最初から嫌いだったわけじゃない。本当は仲良くなりたかった、あの冷たい瞳の奥に暖かい何かを感じたから、手を取り合いたかった。だけど多分、あたしが悪かったんだと思う。

枢木スザクという名誉ブリタニア人がナイトオブラウンズに昇格したと聞いてあたしは一番に駆けつけた。歳は18らしい、あたしと同じである。だからこそすごく親近感を抱いて、そして彼が大好きだったユーフェミア様の騎士だったということもすごく気になった。扉の奥には見慣れた同僚の金髪を見つけてそして隣には栗色、真ん丸い翡翠はこれ異常ないほど冷たくって驚いた。そこで気づいた、あたしは初対面の人間と仲良くなる術を知らなかったのだ。人懐こいジノはまず彼と仲良くなってアーニャは特に言葉を発するわけでもないけど枢木と親しくなっていった。なぜだかそれに焦りを感じて、思い切って彼の前でユーフェミア様の話を持ち出してしまった。

(ユーフェミア様の騎士だったんでしょう?)

その瞬間、慣れて穏やかになってきた翡翠が途端に氷のようになった。ああ、馬鹿だなあと、あたしは後に自嘲したけど遅かった。でも馬鹿なあたしはそれからつんけんとする枢木に憤りさえ抱いて対抗するように彼の前で同じような態度をとった。目はあわせない、極力言葉も交わさない、同じ部屋に居れば即退室だ。枢木も対抗するようにあたしだけに冷たく当たった。アーニャやジノ、モニカやとにかく同僚には綺麗な笑顔を見せるくせにあたしの前じゃ絶対笑わない。書類を渡すときだって間接的なものが多いし、それがさらに腹ただしかった。だから元々無表情というものが不得意なあたしにとって枢木と同じ空間にいるときほど息苦しいときはなかった。そんな枢木になぜか対抗心が燃えてなんとか作戦でいい結果を残そうとして努力して、だけど結局彼には勝てなかった。そんなこと、日常茶飯事だ。書類ミスを指摘されるのももううんざりだ。少しでも枢木と差をつけたくて早朝からラウンジに来てみたりもするが気づけば同僚の出勤時間になっていて。そんなときソファーで寝入ってしまうあたしに一々毛布をかけてくれるジノは本当いい奴だと思う。

でも、いつの間にか。いつの間にか、あたしにだけ笑ってくれない彼に、あたしは寂しさを抱くようになっていた。あたしにも笑顔を見せてほしい、あたしにも笑ってほしい。ジノによれば彼は随分温厚な人間らしい、でもあたしにはそんな枢木が想像できなかった。それでも無意味なプライドが邪魔して素直になれずに、あたしはいつまでも枢木の前では冷たい態度をとった。その分勿論枢木も絶対にあたしには冷たく当たる。いつしかそれが、苦しくて。本当はあたしは彼と仲良くなりたくて急いであの部屋に駆けつけたのだ。はじめから素直になればよかったのに。よろしくねって、ジノのように手を差し出せばよかったのに。あたしは別に、彼が嫌いなわけではなかったのに。こんなの情けなさ過ぎる。最悪だ。どうしてここまで彼に嫌われてしまっているんだ。

「枢木、今日の報告書を…」

「分かった」

顔すら見せずにぱっと手中から消える書類。何故だか、ぎゅう、と心臓が痛くなった。


「枢木と?」

「そう、これ、今日の」

そういってアーニャから渡された今日の任務が記載された書類。ドイツの侵略軍の制圧、ナイトオブラウンズが二人も出動するほどの相手だろうか。今日こそは今日こそは、と自分に言い聞かせてもう数週間も経ってしまった。結局あのまま打ち解けずにあたしも彼も平行線を行った。仕方ないとすら思えるようになったあたしは随分成長したと思う。気が乗らないままナイトメア収容庫に足を向ければ既にランスロットに搭乗する枢木が見えて、思わず目をそらす。彼と二人だけの作戦なんて初めてだ。もしかしたら、今日こそ彼と打ち解けるかもしれない。そんな叶わぬ期待をまだ抱いてあたしはナイトメアに乗った。

『イーフィア卿、自分が後方を攻める、君は敵右翼を』

「…了解」

ほらまた、こうした会話しかできない。こんなの、本当に軍人同士の言葉だ。

敵右翼は隙だらけであたしの後ろを護衛する部隊の人間だけでもほとんど壊滅状態へ導けた。枢木が担当する後方が落ちるのも時間の問題だ、あっけなく終わっていく作戦にどこかむなしさを覚えながらふとディスプレイを見た。ランスロットが次々とナイトメアを破壊していくのがモニター上でも分かる。ロスト、と次々と敵部隊が消えていく。終わりかな、ふいに気を緩めた瞬間だった。ランスロットの後ろに見慣れないナイトメアの反応を感知した。ドイツ軍だった。あの様子だとランスロットは気づいてない。一瞬で血の気が引くのが分かった。間に合わないかもしれない。そうした嫌な予感だけがめぐってあたしは無我夢中で敵機とランスロットの間に滑り込んだ。

『イーフィア卿!?』

「っぐ…!」

枢木の声と共に次々と撃ち込まれる銃弾、断続的な衝撃が襲った。量産型のナイトメアと違いそうすぐには爆破はしないがそれでも暫し受身も何も取れない状態となる。ようやく銃弾の雨が消えた。色んなところに身体をぶつけてどこもかしこもじんじんと痛む。そしてモニターを見た。

「あ、」

目の前に、敵機。相手がソードを振り下ろしているのが見えた。そのあとすぐにものすごい衝撃を感じてゆっくり自分のナイトメアが地面へ吸い込まれていくのが分かる。頭を強打して意識が遠のく。地面に叩きつけられたナイトメアの中であたしは意識を飛ばした。

はっと目を覚ましたのはそれからどのくらい経ったのか知らない。ただ見えた真っ白な天井にあたしは痛みも忘れて飛び起きた。

「いっ、」

ずきりと痛む全身の傷という傷。特に右腕と左の足首が異常に痛い、焼けるように熱かった。その痛みに我に返ると真っ白な室内に見知った栗色を見つける。病室でないことは、確かだった。

「え、あ、…」

「死にかけたんだ、君」

ぽつり、と枢木が思い出したように告げた。

「今応急処置だけは救護班がしたけど、とりあえず色々と今面倒なことになってる」

「面倒な、こと」

「ナイトオブラウンズがここまでやられたんだ、ナイトメアはボロボロだし、だから病室にはいられないって」

枢木はこちらを一度も見ずに淡々と続ける。つまりはナイトオブラウンズがこんなにやられてしまい政庁内にも動揺が広がっているのだ、それに上乗せされた書類手続きやらなにやらを枢木はこの個室で待っているという。告げられて、あたしは痛みよりも驚きにその身を支配された。

「…、そう」

ふい触れた頬にもその手にも数え切れないほどの傷が刻まれててあまりにも情けないと、肩をすくめた。だけど視線を上げた先に見える枢木はけろりとしていて傷もひとつも見受けられない。あのあと枢木はやはりドイツ軍を制圧したのだろう、怪我もしないで、無事に。そう認知しただけでものすごく安堵したあたしは小さく息をついた。よかった、心からそう思えた。一瞬だけ、そう思えたんだ。

「君は何を考えているんだ」

「…え?」

「あんな銃弾、ランスロットは量産型のモデルじゃないんだ、貫通するはずがない、少しくらいの攻撃なら防御なしでも防げるさ」

確かに。あのナイトメアオタクと言われるロイド・アスプルンドが金も時間も全てをつぎ込んでこのランスロットを作り上げた。そんなランスロットがあの量産型のナイトメアの銃弾にやられるはずはない。そんなこと、誰でも分かるはずなのに。あのときのあたしは最悪の場面しか想像できなくて、後先考えずにあの場に突っ込んでしまった。そしてこんな迷惑をかけて。

「仮にもナイトオブラウンズだろう?ナイトメアもあそこまでされちゃって、あれは肩書きだけじゃないんだ」

分かってる、そんなの。でもあたしは、枢木に怪我をしてほしく、なかった。勿論この行為は見返りを期待してしたわけじゃない。本当に、無意識とも言える行為だったのだ。

「ドイツ軍にブリタニア帝国騎士の名がそんなもので知れ渡るなんて、赤っ恥だ」

苦しい、苦しい、あたしは、ただ。ただ枢木に無事で帰ってきてほしくて、だからこうして彼は今あたしの目の前にいるのに。あたしがしたことは、ただの、迷惑な行為でしかなかったの?

「いい迷惑だ」

あたしは、枢木にとって、本当に、迷惑なものでしか、ないのか。せっかく助けてあげたのに、そんなんじゃない。ただあたしを見てほしかった。どうして、あたしはここまで彼に嫌われてるんだろうと、ふと思案した。

ぼたり、握りすぎて白くなった手の甲に水滴がひとつ落ちたのを歪んだ視界で捉えた。


何も言わなくなった彼女に、はっとして自分の言葉を省みる。迷惑だなんて、僕はいったいなんてことを言ってしまったんだろう。僕がこうしてここにいられるのは彼女のおかげだというのに。それでも彼女のことだからきっと厭味のひとつでも僕に吹っかけるんだと、そう思っていた。だけど何も言わない彼女にほんのすこし不安が混じってそっと彼女が座っているであろうソファーを見た。そして、目を見開く。

うつむいた小さな身体は微かに震えていて。僕は目を疑った。いつもつんとした態度で居る彼女が、決して僕に屈しない彼女が、泣いているだなんて、信じられなかった。ああ、僕はなんてことを言ってしまったんだ。

「ふっ、…うっ、く」

苦しそうな嗚咽が漏れる。静か過ぎる室内にそれは大きく響いた。足は地面に根を張ったようにぴくりとも動かない。小さな肩に触れることすらできないのだ。僕が今まで冷たくあしらっていたその小さな身体に。

「ぇっ、…うぇっ」

急に彼女はゆっくり立ち上がった。先程医者が言っていた、左の足首と右腕は骨折だと。なのに彼女は立ち上がってゆっくり僕、否僕の後ろにある扉へ歩み寄る。痛いはずなのに、彼女はいつもやせ我慢をする。何処かへ行ってしまう、そうあせる自分がいるけど身体は動かない。左足を引きずる彼女はゆっくりと僕の隣を横切った。

「っ、…ご、めん、な、さ…っ」

小さな小さな、それ。僕のすぐ隣で告げられた言葉は本当に小さかったけど勿論僕の耳には届いた。刹那、僕は無意識のうちにその細い腕を引っ張ってすぐ横のソファーに押し倒していた。そのとき初めて見たであろう真っ黒の大きな瞳には、いっぱい涙がたまっていた。その瞳は驚きに見開かれていて、濡れたそこに僕が映るのはおそらく初めてのことだ。

「…、」

右腕と左足にはなるべく体重がかからない様にと配慮してその細身に馬乗りになる。そのとき初めて知った。いつも僕がまったく相手にしていなかったこの少女はこんなにも小さくて、こんなにも頼りなくて、こんなにも、脆かった。白い頬にも白い首筋にも、どこもかしこも小さな傷が見える。ぴくりともしない右腕と左足、こんなぼろぼろになってまで僕を守ってくれた、この少女は、なのに、僕は、なんてことを。

「あ、」

それでも伝えたいことが出てこなくて、すると彼女は溢れ出ては止まらない涙を動く左手で拭うと、顔を逸らす。彼女のことだから僕に泣いている姿を見られたくないのだ。ひっくひっくと揺れる薄い肩。僕は意を決してその肩にそっと触れた。

「ご、めん。」

「…え」

「ごめん、本当、ごめんね」

一度出てくればその言葉はすんなりと喉を通った。そう、伝えたかった。

「僕のためにこんなになってくれたのに、ごめんね、それから、ありがとう」

彼女の大きな瞳は信じられないと、大きく見開かれた。こんな間近で、そして彼女と目をあわすことなんて初めてで僕の心臓は五月蝿い。

「なん…、」

「違うんだ、本当はお礼を言いたかった、僕のために傷だらけになってくれたのに、本当に、ごめんね」

「…っ、」

言えば透明なきらきらしたそれは更に彼女の瞳から溢れる。え、どうしよう。なんでもっと泣くの?僕は傷が痛むのかと慌ててそこから退こうとするが彼女は頑なに首を横に振ってそれを阻止した。

「あっ、あたしっ、枢木に、嫌われてるから…っ、迷惑だって…、もっと嫌われちゃう、って…」

言えば言うほどぼろぼろと泣く彼女に頭が混乱する。嫌われちゃう?彼女が、僕に?

「え、だって、君は僕が嫌いなんだろう?だからいつも…」

「ちっ、ちが…っ、だって、枢木が…、枢木があっ、」

子供のように泣きじゃくる彼女がどうしてか、愛しかった。違う、だって彼女は僕のことが嫌いなんだ。だからいつもそっけない態度で。本当は苦しいはずなのに僕は素直になれずにそれに対抗していた。だけど僕以外に見せるその笑顔を、いつしか僕にも見せてほしいと、心からそう思っていた、のに。

「あっ、あたしのこと、嫌いだから、だから…っ、」

ぼろぼろと溢れ出ては止まらないそれに、僕はそっと指先を当てた。つう、と水をはじく黒の皮手袋に涙の水滴が浮かぶ。彼女はびっくりして、息を呑んだ。ああ、もしかして僕たちはものすごいすれ違いを、していたのかもしれない。

「分かったよ、イーフィア卿、僕たち、馬鹿なことをしていたんだ」

「…?」

「僕は君の事を嫌いだなんて思った事、一度もないよ、ただ君が笑ってくれなくてそれが、苦しくって、僕も同じように対抗しちゃったんだ」

真ん丸い瞳、彼女は相当驚いたように僕を見る。

「君は、僕のことを嫌ってるんじゃないの?」

ぶんぶんと、音がするほど首を横に振る。そのたびたまっていた涙がきらきらと彼女の目尻を伝った。

「…ほ、んとうに?」

「嫌いじゃないっ、嫌いじゃない、よぅ…っ」

また溢れた涙。

「ごめんね、ごめんね、。」

初めて名前を呼んだ。そうすれば彼女は一度目を見開いてからまたうえええ、と子供のように泣いた。そっと痛くないように抱きすくめてその涙を拭う。小さく、スザク、と言ったのが聞こえた。

「うん、」

「スザクっ、スザクっ、」

、ごめんね、」

なんて馬鹿なことをしていたんだろうね、僕たちは。本当は僕らお互いに嫌っているはずなかったのに、素直になれないから、ああ、なんて馬鹿なことを。

「…、あの、スザク」

「なに?」

「本当にあたしのこと、嫌いじゃないの?」

「うん」

「本当?」

「うん、むしろ好きになっちゃうかもしれない」

だって今の君、すっごくかわいいよ。そう言えばはぼっと顔を真っ赤にして顔を逸らした。なんでこんなに可愛い、可憐な子を僕は野放しにしていたんだろうか。以前の自分に嫌気が差した。



世界の色が変わったら、夜がゆっくり明けたなら
(もうぼくたち、まよわないよ)


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