七夕の日に
せかいが平和になってから、随分経ちました。
夜風が頬を撫でて、あたしは空を仰いだ。濃紺、絨毯のようなそれの上に疎らに散る無数の星。形容詞は美しい、だけである。生ぬるい風が数度吹いてから、瞳を閉じた。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがこの世を去ってから随分経った。あれから世界は本当に、"優しい世界"へとなった。柔らかい笑顔に優しい光。まるで数ヶ月前までは考えられなかったような、平和が確かにそこにあった。ただ、一人。その優しい世界にあなたがいないだけだよ、ルルーシュ。
「ゼロは相変わらず頑張ってるよ、ナナリーと一緒に、世界は確実にルルーシュの思い描いてたものになってる、」
微笑んだ。こうやって微笑むと、必ずいつも見せるようなのじゃなくて、もっともっと優しい笑顔を見せてくれたよね。ねえ、あなたは今も笑顔でいますか?
「ああ、そうだ、今日ね、学校にミレイさんが来たんだって、カレンとリヴァルが教えてくれたの」
この平和は確かに、あなたの犠牲によって得られたものだけれど。だけどいつもいつも、もしかしたら、って。もしかしたら他に方法があったんじゃないかって、考えてしまう。馬鹿だな、ってルルーシュ、きっと怒るでしょう。でもそこで気づいてしまう、寂しくて寂しくて死んでしまうそうになるけど、だけど本当にこれが最善の策だった。方法は、本当にこれひとつだった。人々にはもう一度、ゼロという希望の象徴が必要だった。人々の全ての嘘と憎悪をあなた一人が背負っていったこと、それは確かに平和を導いた。
「覚えてる?また花火揚げようって、言ったこと。」
瞳を閉じればすぐにあなたに会える。ルルーシュ、綺麗に笑っているあなたに。すぐ会える。
「…あの日も今日みたいに、綺麗な夜だったよね、」
決して揃うことのない生徒会のメンバーで、もう一度、花火を揚げよう。夜空に散っていく花を見て、そう笑ってくれたこと、決して忘れない。
「今日は、七夕なんだ、」
手を伸ばす。届きそうで、決して届かない星に、手を伸ばす。本当は何億光年と離れているはずの星はすぐそこにあって、ルルーシュも、あんな綺麗な星になったのかな。きっと綺麗なアメジストみたいな光は、きっとルルーシュだね。
「七夕ってね、日本の節句なの、年に一度、天の川で再開できる織姫と彦星、短冊に願いを託すの」
願わくば、もう一度あなたに。
そう呟いて、空を仰ぐ。
「綺麗な、星だね」
何度も何度も、あなたを追って、死んでしまいたかった。ルルーシュのいない世界なんて、生きていたくなんて、なかった。だけどあなたが残していってくれたこの優しい世界で、あなたが生かしてくれたこの小さな命を、あなたのために、あたしは、生きるよ。
寂しいけれど、もう泣かない。世界が、綺麗だから。あなたが見ていてくれると信じているから。
「それじゃあ、ね、ルルーシュ。また来るよ」
さんざめく天の川の見えるこの場所に、あなたが眠るこの場所に、また来るよ。
もう大丈夫、きっと生きてゆける。
ただ星に願いを託せる今日の日だけは、願わせて、
「いつまでも、愛してるから」
星に願いを、あなたに愛を。
(おほしさま、どうかこの想いだけはあの人に届けてほしい)