青春何とか、




「ルルーシュさあ、彼氏ほしいとか、思ったことない?」

ふいにそう告げたの横顔をルルーシュは表情を変えることなく見た。遠くを見ているような彼女の長い睫に縁取られた瞳の先に映るのは多分、あの男だろう。ルルーシュは気づかれないように息をついて手にした本のページを捲った。並ぶ活字、外は未だ蝉の耳障りな鳴き声が響いている。
高校に入り、ルルーシュにとってはじめての友達がであった。明るい性格に相反してどこか冷めているような彼女はクラスの派手な女子生徒とつるむことはなく、たまたま後ろの席にいたルルーシュに声をかけてきたのだ。時々強引ではあるものの、優しくユーモアのあるといる時間はルルーシュにとって何より心地よい時間となっていた。そんな彼女は委員会を選ぶときもルルーシュと同じ図書委員がいいと言って聞かず、(ルルーシュにとってみれば図書委員は一番仕事が少なく、本も読めるということで選んだが)こうして二人揃って夏休みのこの時期も図書室にいるのだ。いくら夏休みとはいえ、受験を控えている三年生や本を借りにくる生徒で図書室に人気がなくなることはない。しかしそろそろ正午になるこの時間帯、クーラーの効いた涼しい図書室には図書委員であるルルーシュとしかいないわけで。

「何をいきなり」

「んー、なんとなく」

「変なやつめ」

先ほどから本にしか視線をやらないルルーシュは知っている、が、窓の奥の、晴天の下にいる誰を見ているか。しかし口にはしないし、干渉もしない。またそこには静寂が訪れた。


晴天の下、外にある水道で気持ちよさそうに水を浴びる彼の名前は枢木スザク、あたし達のひとつ上の先輩だ。彼を知ったのは入学してすぐのことである。ひとつ上の階にすごくイケメンの先輩がいるよ、なんて同じクラスの女子生徒に言われて仕方なくそれについていったときのことだ。くるくると四方八方に跳ねた栗色の髪をした彼は確かに整った容姿をしていたが、それをかっこいいとかそういった感情に変換することはなかった。ルルーシュと同じ図書委員になってから気づいたことがひとつ。それはその例の枢木先輩が部活をする体育館がここからよく見えるということだ。彼は剣道部の次期部長らしく、相当うまいらしい。暇を持て余すあたしはよく彼を眺めていた。だからそんな先輩に女の子達が群がることも、後輩からもよく思われていることも知っている。それから彼がすごく優しいことも、一生懸命なところも、全部知っている。いつしかあたしが彼に対して好意に似た感情を持ったことも、最近知った。
けれど、残念ながらあたしはもうひとつ知っていることがある。それは枢木先輩が多分、ルルーシュを好きなことだ。ルルーシュと枢木先輩に接点はない、恐らく喋ったこともないだろう。けれどこの間同じクラスのジノ・ヴァインベルグというやつからルルーシュのアドレスを聞かれたときに、後ろから顔を真っ赤にして枢木先輩が彼を取り押さえていたのを見た。ごめんね、今の忘れて、と真っ赤になりながら枢木先輩はジノというやつを引っ張って消えていった。どんな鈍い奴でも気づく。恐らくルルーシュのアドレスを知りたかったのは枢木先輩の方で、其れを聞いたジノが同じクラスということでまずあたしに聞いたのだろう。
ルルーシュ可愛い、華奢な身体つきに繊細で、聡明な彼女は人より目立つことは決してしないが一緒に居て、分かる。彼女はすごく可愛くて、少しお節介で、たまに冷たいけれどそれは彼女なりの照れ隠しであるのだ。派手な女の子達よりもルルーシュに惹かれた枢木先輩の目は正しい。同性のあたしから見てもルルーシュはすごく女の子っぽいし、可愛い、し、頭もいい。部活少年の枢木先輩に頭脳派のルルーシュが恋人だなんて、すごくお似合いだと思う。
そうしたら多分あたしはお邪魔虫になるだろう。友情を重んじてくれそうなルルーシュだけど、枢木先輩に言い寄られたらあたしのことなんてほっぽって一緒に帰ったりとか、しそうだ。寂しいけれど、残念ながら女子の片思いより男子の片思いの方が実る、なんてこの間友人のシャーリー・フェネットが呟いていたような気がする。もし、ルルーシュと枢木先輩が付き合ったとしたら、あたしは。


「それより、貸し出しカードの整理ちゃんとしとけよ」

「あ、忘れてた」

「この間も私が全部やったんだからな」

「ごめんごめん」

そう少し笑って見せては木箱に入った貸し出しカードを整理すべくそれを全部机の上に出した。の先ほどの言葉は思ったよりも私のことを動揺させた。高校に入学してからは私といてくれる唯一の友人だ。人より目立つことを嫌いな私は入学当初も別段誰と友達になろうか、なんて考えてもいなかった。けれどひとつ前の席だったは可愛らしい笑みを貼り付けてルルーシュって、綺麗な名前だね、なんて言い出したのが私達の最初だ。中学の頃も私と一緒に行動をとってくれる友人は少なかった。それは私が今時の流行とか、そういったものに興味がなくて話題が尽きる、というのが恐らくの原因だとは思うけど、寂しいとは思わなかった。無理やりでも一緒にいる友達を作るのがどうしても私には面倒な作業だったのだ。それをはどこどこのアイスがおいしいよ、から始まり同じ委員会がいい、とか、この映画が面白いらしいなど、口数の多くない私といつも笑顔でいてくれた。絶対に窓際に集まっているような派手な女子のグループに属しそうなはああいうのは女関係が面倒くさいんだ、と嫌そうに彼女達を見ていたからびっくりした。といる時間は確実に私にとって心地のよいものだった。確かに多少は強引なところがあったが(ルルーシュはせっかく足綺麗なんだから、とか言ってこの間勝手にスカートを切られた)間違いなく友達、というカテゴリーに入る大切な大切な人だ。
だからそんなの最近の変化に私が気がつかないはずがなかった。最近はよく外を見ている。夏休みに入ってからよく来る図書室の窓からぼう、と眺めているのだ。私はそれについてはあまりふれなかった。いや、ふれたくなかった。この間たまたまの頭越しに見えたのが体育館で、ちょうどそこのひとつ学年が上の枢木スザクがいたからだ。彼がかっこいいというのは同じ学年の女子が口を揃えて言うものだから知っていた。それでもは彼氏より私といる時間が大切だといってくれた。しかし最近のはよく枢木スザクを見つめている。その横顔がまるで誰かに恋焦がれるようなものだったから、私はすごく恐ろしくなった。枢木スザクに、をとられてしまいそうな、恐ろしい錯覚に陥る。
私は多分、どこかがおかしいんだと思う。は好きだ。大切な友達だから。だけど最近に対する感情が、友人に向けるものとはまるで違うものだと私は気づいた。がクラスの男子と話しているとどこか苛々するし、他の女子と話していても同じだ。苛々した。心臓の奥が熱くなるような、感じだ。それに気づいたとき、私は私が恐ろしくなった。こんなのおかしい、は大切な人ではあるがそのまえに一友人だ。同性の、気兼ねなく話が出来る、ただの友人。だからこんな感情はおかしかった。こんな感情はまるで異性に対して向けるような感情だからだ。友情、を通り越して私は恋愛感情に似た何かをに向けるようになっていた。しかし気づいたからといってそれをどうにかできるわけもない。数学が分からないとか、弁当箱を持ってきて私の前で嬉しそうに食べるところとか、そんなが、私はいつしか愛しくなっていた。
だから、が枢木スザクに対して恋愛感情を抱いたことが恐ろしかったのだ。所詮私は女。と同じ女。がいくら私のことを好きと言ってくれてもそれはが枢木スザクに対する感情や、私がに抱く感情とは違う。私がに友情だけではないそれを抱いているといったとして、はなんて言うだろうか。気持ち悪い、と思われてしまうのだろうか。男女の正式な恋人に、所詮友達でしかない私は勝てない。が本当に枢木スザクと恋人になったら、私は邪魔者になるのだろうか。また、一人になるしか、ないのだろうか。
もし、と枢木スザクが付き合ったら、私は。


「スザクー、お前また先輩ぼこぼこにしたんだって?」

「違うよ、あれは不可抗力」

「とか言ってお前さりげなく腹黒だからな、どうかなー」

蒸し暑い体育館から出て真っ先に水道に向かう。思い切り水を顔に浴びればなんともいえないような爽快感が広がって漸く息をついた。そんなところに、部活にも入らないリヴァルが何かのプトを内輪代わりにやってきた。リヴァルとそのまま少し会話をして、僕は顔を上げた。
見えるのは図書室にある小さな窓。よく僕がそれを見上げると濃い茶色の髪の毛がさっと翻るのが良く見える。それは多分、えーと、ちゃん、という子だと思う。ちゃんはあの子と同じクラスの女の子で図書委員だった気がする。僕は知らないうちにこちらを見ていたちゃんの、正確に言うとその隣のルルーシュに、目を惹かれた。僕によく言い寄ってくる女の子達とは違った雰囲気のルルーシュはすごく可愛くて、繊細で、僕はそんな女の子を始めて見た。だからすごく惹かれていった。ジノが一度馬鹿なことをした所為で多分ちゃんは僕がルルーシュのことを好きなことを知っている。けどこれといったことをルルーシュに言っていない様で安心した。けれど残念ながら僕の儚い恋愛事が叶うことはない。
ルルーシュは多分、ちゃんのことが好きだからだ。最初のうちはルルーシュがちゃんに向ける瞳が大切な人に対する瞳だと思っていたけどそれは僕の大きな勘違いだった。ルルーシュがちゃんに対する感情は僕がルルーシュに抱くのと変わりはなかったのだ。ちゃんはそれを知らないだろうけど、多分これは確実だと思う。僕みたいな人間が大きなことを叩ける口でもないが、恋愛に性別なんて関係ないのかもしれない。僕がルルーシュをすきでも、ルルーシュはちゃんが好きだ。多分彼女のことだから僕が思いを告げたとしてもそんなの軽くあしらっていつもみたいに特等席であるちゃんの隣を居座るだけだ。女の子のルルーシュが同じ女の子に恋愛感情を抱くのは少しアブノーマルではあるがきっとそんなの僕の抱く思いに比べたら何倍も何倍も大きいはずだ。
そんなわけで僕は永遠にこの思いを封印することとなるだろう。いくら正規な男女の関係を望んでも女の子同士の友情はちょっとやそっとじゃ崩れない。し、何よりあの二人は派手ではない分友情が固いと見える。それにルルーシュがちゃんを好きな時点で男の僕が二人の間に干渉できるはずがないのだ。寂しい話ではあるけど、事実だ。
そういうわけで残念ながら僕はまだまだ独り身です。




蝉の耳障りな鳴き声は体育館にも、反対にクーラーの効いた涼しいこの図書室にも響く。彼女と彼女と彼の憂いはまだまだ晴れそうもない。ぺらり、とルルーシュの白い指がページを捲る音が僅かに響く。それをが何か思いついたように振り返りにっこり微笑んだ。

「ルルーシュ!帰りにアイス食べてこうよ!」

「…またアイスか?」

「いいじゃん、いこ?」

「仕方ないな」


夏が、終わる。


(たとえばその夏の終わり、私達は憂いを背負って太陽を見上げた)


はい、ごめんなさい。スザク→ルル→ヒロイン→(スザク)エンドレス…でした!♀ルルーシュは可愛いよね!きっとにんぬーだよね!!^^結局誰も報われないけど誰も傷つかない終わりです。