取り戻す時間の意味は
心臓を何か冷たいもので突き刺されたかのような錯覚に陥る。
ぶわり、と背中には嫌な汗が伝ってばくばくと心拍数が異常な数に跳ね上がっていくのを感じた。
手が、足が、視界が、そして声が震えた。
「…う、そ」
彼は今、なんと言った?
目の前のディスプレイが遠くに霞んで見える。
ぎゅ、と握っていたはずの操縦機からするり、と手が滑り落ちた。
『ユーフェミアを、探し出して、――殺せ!』
彼だってそうだ、声が震えていたのに。
何が起こったのか、何が起こってしまったのか、どうして、何故。
心臓が抉り取られそうだった。
「ユフィ…」
動かなくなった機体を不審に思ったのか無線からは心配そうなカレンの声が届いた。
届いていたのだが、それはあたしの鼓膜を揺する前に消えていく。
だからカレンの言葉などあたしの頭に入ってくることはなかった。
ただただ叩きつけられた現実があまりに重くて、あまりに残酷で、何も見えなかった。
「」
ふと、無線の奥からは聞きなれた声が聞こえた。
先ほど聞いたばかりの、だけど何処か久しぶりに聞いたような気がしてならない。
あたしはすぐさま無線の電波を彼だけに絞って、そして震える喉からなんとか言葉を紡いだ。
「どう、し、て…」
「…」
「どうしてなの、ゼロ…、どうしてユーフェミアを…」
「…彼女は我々の邪魔になった」
無意識に、思い切り操縦部分のすぐ横に拳を下ろした。
鈍い音が響く。
「どうして!何故!?何故なの、ルルーシュ!何故ユーフェミアは!」
言葉が、出てこなかった。
喉が干からびてしまったかのようなのに、それでも大声を上げたせいで息をする度にじわりと其処が痛む。
だけどそれよりも胸が痛んだ。
鼻の奥がつん、と熱くなって肩が不自然に震える。
拙い、と思って瞳の淵に温かいものがたまったのを感じたけど此処はコックピット内。
あたしは構わず声を荒げた。
「だって、…ユーフェミアは、ユフィは…、どうして、どう、して…」
「…、命令だ、ユーフェミアを探した後、殺せ」
嗚呼、ゼロ、いやルルーシュ。
貴方、今泣いているのでしょう。
きっと泣いているのでしょう。
「…そんな」
ぽろぽろと断続的に、瞬きもままならない瞳から涙が零れ落ちる。
無線の奥は、沈黙を守ったままである。
周りの争いなど見えもしないかのごとくあたしのナイトメアは戦場に佇んだままだ。
だけど一度だけ瞬きをして息を吸う。
そしてあたしは気づくのだ。
「(もう、後戻りなんてできないのに)」
今更何を嘆こうが過ぎてしまった時間を取り戻すだなんて神さえ信じないあたしには不可能なことなのだ。
彼が、彼女が、何をしたかは分からないけれど、だけどあたしはゼロに忠誠を誓った。
そう、あたしは大切なことを忘れかけていた。
ゼロが、あたしの主人であって、ユーフェミアは敵なのだ。
そうして漸くナイトメアを動かし始めた直後、無線の奥で一言だけ、彼が呟いた。
ぷつり、と無線が切れて、そしてあたしは再び涙を零した。
(どうして、ゼロ、貴方が謝るの?)
『すまない』
その数分後、敵である、だけど大切な大切な、彼女の身体をひとつの銃弾が貫いた。
取り戻す時間の意味は
(謝らないで、だって謝ったって時は戻りはしないでしょう)