踊らされたキング
かつん、と盤の上で踊らされるチェスの駒
ひとつ前に進んだかと思うと、すぐに後ろに二後退するクイーンを護るように動くのはナイトの駒
ルルーシュは実に愉快そうな表情でそれを見下ろした
「そういえば久しぶりだったな、お前とチェスするのは」
部屋に響く少年の声に、正面に座った少女は小さく笑みを浮かべる
「そうね、あたしなんてチェス自体久しぶりよ」
少女の白い指が、駒を一つ動かす
それに合わせる様に、同じく白いルルーシュの指がキングの駒を掴んだ
瞬間、少女―の表情が微かに緩む
「相変わらず、キングから動かすのね」
「ああ、王様が動かなきゃ部下はついてこないからな」
「それが大きなリスクだとしても?」
「当然」
ふうん、と小さく声を漏らしたが動かすのは先ほどからナイトやビショップの駒ばかりだ
ルルーシュはその戦略を一通り見据えると、肘をついて息を一つつく
どうやらと自分の戦略は正反対なのだと
「…クイーンは、ユフィ」
ふ、とぽつりとが漏らす言葉に、ルルーシュは大きく反応する
は続けてクイーンの駒を動かした
そして次にその指が捉えたのは、ナイトの駒
「ナイトは、スザク」
手元にあるルルーシュから奪ったナイトの駒を光に翳して、不敵な笑みのままルルーシュを盗み見る
「そしてキングは」
かつん、とが初めてキングの駒を動かした
の何もかも見据えるようなその瞳がひどく深い色を醸し出している
ルルーシュは不自然に視線を逸らした
「…黒の騎士団は、世界を裁くんだったよね?」
「ああ」
「なら、あたしも裁いてもらえるのかしら」
ルルーシュの瞳がを捉えた
「…何を」
「ルルーシュはさ、王様が動いてから部下が動く、そのシステムでチェスするんでしょう?」
昔から相手の心理を読み取るのが得意としたルルーシュだったが、の彼女の心理を読み取るのは中々難しいことだった
笑顔なのに、言葉にして伝えられるものはひどく残酷で
切なく瞳を伏せる時も口から漏れるのは、まるで何かを楽しんでるかのような口調で
だからルルーシュは一度として、彼女の心理を読み取ったことはないのだ
「王様が倒れたら、その時はどうするつもりなの?」
「王は倒れないさ、王が倒れた時こそ、勝負はついてるのだからな」
「そう、」
言いながら、再び盤に視線を戻すが掴んだのはビショップ
「あたしは逆ね…、部下が動いてこそ、王は動くものだと思う」
「部下は着いてくるものだ、王が動いてこそ、部下がそれに従う」
「部下が動いてそれ相当の結果を残す、それを見据えて王が動き出す、王には見据えるという仕事が最初にあるはずじゃないの」
王は絶対的存在であるからこそ、部下が先に行動を起こすべきだとは言う
しかしその絶対的存在が現時点で自分であることを認識している彼にはそれが理解できない
「…なら、王が王であるべきほどの人間ではなかったらどうするんだ?」
「…?」
「王という肩書きだけでその人間が王にふさわしくないだったら?もしお前がその王に仕える者だとしたら、その王のために自分から行動を起こせるか?」
試すような口調
ほど、自分の主や上司に忠実な人間をルルーシュは見たことが無いのだ
もし自分が彼女の主であったら、いかなる場合でもにギアスは必要ないだろう
だからこそ、ルルーシュがを試した
は少し考えるような表情をして、やがてにっこりと微笑む
美しい笑みに、ルルーシュは思わず気を取られた
「愚問だね?」
「…ほぅ」
「その王を殺す、そして王の座にふさわしい人間を選ぶ」
ルルーシュはその笑みを見つめながら、思わず固まった
の浮かべる笑みはやはり綺麗なままで
「お前、王を殺せるのか」
「ええ、あたしは遵守を全うする、だけどそれは遵守するべき人間がされるべき価値があるかどうか証明できた時だけ、王がふさわしくもないのにあたしは遵守を全うしはしないわ」
「…結局、行き着くのは自分の感情か」
「違うわ、ルルーシュ、これは私情の感情ではない、合理的な判断の上での話よ」
の腕が動いたのがルルーシュの視界に入った
彼女の指が掴んだのはキングの駒
ルルーシュは弾かれたようにを見た
「チェックメイト」
こつん、との駒がルルーシュのキングを弾いた
「あら、久しぶりなのに勝てちゃった、」
「…」
まさかルルーシュが他人の感情に惑わされゲームを敗退するだなんて、誰が予想できただろうか
はルルーシュのキング、黒のキングの駒を掴みあげると、手の中でころころと弄る
上目ではそっとルルーシュを見つめた
「ルルーシュ、王が部下を選ぶのではないのよ、部下が王を選ぶの、自分が遵守を全うするべき存在なのか」
静かに立ち上がったは、呆然と自分を見つめるルルーシュに視線を投げ、もう一度笑みを浮かべた
「だからあたしは」
踊らされたキング
(ゼロ、貴方に仕えるわ)