ふと、枢木スザクは一人の少女とすれ違った。多分、服装からして一等兵、だろうか。下を向いて歩いているせいで危うくスザクとぶつかりかけた少女は肩を大袈裟に揺らして素早く頭を下げた。
エリア11政庁内、今は黒の騎士団の活動も勢力を盛り返している頃だから彼は随時そこにいた。ふらふらと覚束ない足取りで少女はスザクの横を通り抜けた。無論、スザク自身仕事を大量に抱えているためにぶつかりかけた人物がまさか少女だとは思わなかった。(本来靡くはずの髪の毛はモスグリーンの帽子に隠れていた所為である)
「…、」
ふいに手元にあった書類から視線を上げた。白い廊下には数人の軍人が見えてスザクは目頭を柔く揉んだ。軍人は三人いた。彼らはスザクに気づくと慌てて廊下の隅にはけて敬礼の姿勢をとった。疲れていた所為もあるだろう、スザクはそんな彼らを少しも見ないでそこを通り過ぎる。軍人達はスザクが通り過ぎるとまた先ほどと同じように時折下品な笑い声を立てながら廊下を行った。スザクは気づかなかった、その後すぐ彼らの声が聞こえなくなったことに。そうして、その後鈍い音が、響く。
「!」
さすがにこれには後ろを振り返った。だが誰もいない。先ほどの軍人もぶつかりかけた人物もいない。随分と長い廊下だからいるはずではあるのだが。廊下にはいくつかの部屋があった。資料室と、更衣室である。多分、初めすれ違った少女は重たそうに書類を持っていたので恐らくその資料室に入ったのだろう、しかし数人の彼らの行方は、謎である。
「(今の音は、)」
足を止めた。それからその資料室の前まで行って、再び足を止める。中ではがたがたと激しい物音が聞こえたが今、消えた。妙な静寂だった。それから一瞬だけ、聞こえた、悲鳴に似た、それ。スザクは歩みを進めた。
「っ!」
真っ暗な資料室の中は少し埃っぽかった。スザクの身体を感知した赤外線自動ドアから廊下の煌々とした明かりがそんな暗闇に差した。そこに見えた光景に、スザクは少しだけ、目を見開いた。
「あ…」
情けない声を漏らしたのは、一人の少女。先ほどの少女である。ただ一人いるわけではない、その細い腕と足と、それから頭を押さえられている、これもまた先ほどの軍人によって。モスグリーンの一等兵の証ともいえるその質素な軍服は半分ほど引き裂かれていた。この光景は、まるで。
「枢木卿…!!」
男達は三人いた。無論彼らは突如部屋に侵入したナイトオブラウンズに驚きを露にしている。スザクは一度驚きに目を丸くするもすぐにその翡翠を細めて軽蔑の意を視線に込めた。
「な、なんですか、枢木卿、あなたもこういったことに興味が?」
焦燥はすぐ伝わるものの、男達は平常を装ってそう告げる。へたり込んだ形で壁に押し付けられている状態の少女は俯いてがたがたと震えていた。スザクは一通りその光景を見てからつかつかと彼らに近づいて、それから少女の細い腕を掴む。
「な、おいっ!」
「楽しいかい?強姦は、」
す、と細められたナイトオブセブンの瞳からは一切人間じみたものが感じられなかった、純粋な恐怖が、彼らを襲った。
「見ていていいものじゃ、ないな」
冷えた声音だった。一軍人からすればナイトオブラウンズなど雲の上の存在である、彼らは生唾を一度飲み込んで蜘蛛の子を散らしたように慌てて部屋から飛び出していった。残された少女と、枢木スザク。少女はいまだがたがたと震えながら、一度もスザクを見ない。多分、彼女は頑なに瞳を閉じているのだろうから、相手がスザクだということにさえ、気づいていないかもしれない。スザクは小さく小さく蹲って震える少女を抱き上げると部屋にした。