しばらく点滴を投与して、スザクはを見る。先ほどまで真っ赤だった頬も今は落ち着いて通常時の薄桃色になっていた。長い睫に縁取られた瞳は未だ開かれることはないものの、落ち着いた呼吸にスザクも心底安堵したのであった。が弱っているのを見て、スザクは実際本当に焦燥に駆られた。それはいつか大切な大切な自分の主の最後と重なって見えたのもある、スザクがに対して心配、というカテゴリーの感情を抱いたのははじめてである。結局病院には行かずに点滴の用具と解熱の薬だけを持ち出した医務室の女性軍人は心配そうにスザクを見やり薬を手渡したのが先ほどである。

「…、」

来たときと同じようにの小さな身体を抱き上げその上に自身の上着をかけてやる。先ほどよりもいくらか人通りの多くなった廊下に舌打ちをしながらもスザクは思案した。をこのまま彼女の部屋に返すかどうか、である。あの部屋はお世辞にも衛生的によいとは言えない。風邪を患っているのならなおのことだ。だからといって彼女を病院にも送りたくはない。というと、あとを寝かせる場所はひとつしかなかった。

ロックを外して中に入ればやはり殺風景な光景が広がっていて、スザクは腕の中で一瞬苦しそうに吐息を漏らしたを見る。いくらか落ち着いたとはいえ、この時代に栄養失調と診断されたほどのの健康状態には万が一、という考えも必要だ。スザクがをつれてきたのは自身の部屋、毎晩のようにを呼び出し好き勝手に彼女の身体をこじ開けた自身の部屋である。目を覚ませばきっと彼女は困惑するだろう。その様子は目に見えているものの、スザクには関係がなかった。そっと柔らかいベッドに下ろしてやり、シーツをかける。冷たい氷水で冷やしたタオルをその額に当ててスザクははっとした。
何をしているのだろう、自分は。まるで何か大切な人にしてやっているような自分の行動にスザク自身驚いていた。ただの所有物としてみていなかったに自分は独占良く以外の何かを感じているような気がして、それがたまらなく気持ち悪かった。自分が自分ではないような気がして、苛々する。

「…っ、」

乱暴にから離れて窓の奥にある夕闇に染まったエリア11を見下ろした。この部屋は異常なほど広い。それは勿論も知っていることだろう。奥に見える自分のベッドを見てスザクは大きく舌打ちをした。


夜中になってもが目を覚ますことはなかった。薬を一日三回与えるとのことだったが苦しそうに寝ているをどうも起こす気にはなれずに結局日付が変わっていく。スザクはをその広いベッドに寝かしてから気づいた。自分の寝る場所がない、ということである。まさかをベッドに、自分がソファーに寝るだなんてなんだか悔しい気がしてソファーには向かわない。かといってを起こして移動させるのもなんだか億劫でスザクは暫し迷った結果、自分もと同じようにベッドに潜り込むのだった。キングサイズのベッドなので狭いということはない。が人より小さいこともあり窮屈さなど微塵も感じない、が、やはり隣で少女が寝ているというのは不思議な光景であった。いつもと情事を済ませると彼女はそそくさと身支度を整えて消えてしまうので、こういったことは初めてだ。真横で見る彼女の寝顔はあどけなくて、まさか上官に好き放題身体を弄ばれているなんて考えられなかった。もし彼女が自分とこういった関係を持っていなかったら、上官に時折手を出されたとしてもこうして熱を出して寝込んだら同僚が顔を出してくれるだろう。心配してくれる人間が少なからずいたはずだ。彼女といて、の性格をスザクは知っている。は優しい人間だ、きっとブリタニア人であれば間違いなく万人に好かれていたはずだ。イレブンというレッテルがあるにしろ同じ名誉ブリタニア人の同僚からはきっと好かれている。しかしそれをスザクは焼ききってしまった。名誉ブリタニア人の分際で、一等兵の分際で、ナイトオブラウンズに気に入られているとなれば回りの視線は変わる。彼女を好いていた同僚も消えていく。そしては、こうして独りぼっちになった。部屋から出られないほど身体が不調であっても誰もを心配しない。、という人間が誰の頭にもいないのだ。汚らわしい存在としか認知されない。は一体どれほど苦しんでいるのだろうか。

「…、」

手を伸ばして、頬に触れて、それから小さな小さな身体を抱きしめた。彼女をそんな窮地に追いやったのが自分であったとしてもを手放したくはなかった。一人になったに手を差し伸べられるのは自分しかいないという事実にスザクは少しでも優越を感じていた。
いつもより熱いその身体を抱きしめて、スザクは瞳を閉じた。