温かくて柔らかいベッドの中で目を覚ます。はそのあまりの心地よさに再びうとり、と睡魔に襲われるもそれより早く視界に見慣れた茶色が入り慌てて上体を起こした。気づいたスザクがきゅ、と手袋をはめてを見る。

「薬、飲んでおいて」

「あ、はい、…あ、あの枢木卿…、」

思わず返答してしまうも、彼は今まさに出勤前である。彼が通常通りに勤務に赴くことに異論はないがにはこれから自分がどうしていいかわからない。皺一つない騎士服を羽織ると昨夜のような僅かな優しさが滲む翡翠は消えて変わりにいつもが見ている冷たい翡翠があった。怖くて無意識のうちにシーツを強く握っていればスザクは大して気にする様子も見せずに淡々と準備を終わらせ、携帯端末を胸にしまう。

「わ、わたし…その、」

「また倒れても困るから、今日は一日ここから出るな」

「、あ、りがとうございます…、」

有無を言わせぬ強い眼光に、無論が意見を言うこともできずにただ頷くことしかできない。眩しい朝日が差し込むこの部屋はまるでの部屋とは違い明るく、清潔で、広く、そして温かい。目を覚まして寒さを感じないなどにとってはありえないようなことだ。スザクは一度備え付けの小さな冷蔵庫を覗いてからに振り返る。

「あとシャワーぐらい浴びておいて、食べるものも少しあるし、薬、」

「あ、はい」

言い方こそ冷たいものの、は内心スザクのその様子に戸惑っていた。まるで所有物を見るだけのスザクの言動が今は違う。のような一等兵がナイトオブラウンズの部屋で朝を向かえ、シャワーまで借りて、まるで恋人のような待遇だ。それが勿論生きていくための最低限なことだとしても、自分を心配しているわけではなく"管理"しているだけであっても、は素直に嬉しかった。スザクはそのまま何も言わずに部屋を後にした。広い部屋では一人、短くなった襟足に触れる。



がまた熱で倒れて、死んでしまっても困るからだ。そう言い聞かせているうちに一日の勤務は終わっていた。大体黒の騎士団鎮圧にエリア11にやってきたスザクたちに事務的な仕事が大量にあるわけではなく、(無論ないわけでもない)始末書、報告書、それらを書き上げていればとっくに日は昇り、暮れていく。スザクは部屋にいるであろうを思い浮かべては舌打ちを繰り返した。自分はいつからこんなに女々しくなってしまったんだろうか、まるで大切な人にそうするようにを看病して、部屋に置いておいて、スザクにはそれが少しむず痒く感じてたまらなく気持ちが悪かった。はスザクの何なのかと問われれば所有物、というのが一番妥当だと、スザク自身は考えている。自分が、ナイトオブラウンズの自分が何故一等兵なんかの彼女を大切に思うのか、彼女はただの性欲処理をするだけの女だ、泣いたって知らない、苦しんだってそれはスザクには関係がない。
そう、思ってきたはずなのに。自分の行動がその考えとは矛盾していたことに、スザクは漸く気づいたのだった。

のことだからどうせ何も食べずにスザクの帰りを待っているであろう。遠慮とは違う、は極度に何かをするのを控える。薬だけは飲んだであろうが一日中あの部屋で、座っていただけ、安易に予想できた。
オートのドアを抜ければ奥にいたがぱたぱたと走ってきて頭を下げる。

「お勤めご苦労様です、枢木卿」

どこの新妻の言葉だ、けれどにはその言葉しか紡げない。スザクは何も言わずにの横を抜けて上着を脱ぐ。シャワーだけは浴びたであろうは着る服も勿論ないので結局昨夜のままの格好、Tシャツを着ただけの格好であった。白い太ももは下手くそに包帯が巻いてある。右下の痣は消えたが新たに作られた左目の下の痣はまだ消えない。自分のあとを付いてくるをベッドの脇に立たせてスザクはベッドに座った。

「随分元気になったみたいだから聞くけど、何があった?」

「…、」

「また下手な嘘はつかないほうがいい、正直に言うんだ」

強く言いつければが少しだけ怯えたようにスザクを見た後、俯く。髪の毛の短くなったは、やっぱり誰かに似ている。

「…第四資料室に、いたんです、そうしたら見たことない方たちが数人、入ってきて」

はその日、第四資料室にいた。第四資料室は他の資料室よりも人気の少ないところに設置されていてなかなか人なんて赴かない部屋だ。そこにはいた、一人で。しかし数分もしないうちにその部屋には見慣れない5、6人の男達が入ってきてはを囲んだ。分かっていた、自身、こんな人気のないところで男達がやってきた理由ぐらい。まず数時間、彼らに嬲られたはそのあと3人の女性が入ってきたのを見たという。女性達は嬲りはしない、ただぼろぼろになったを蹴飛ばして殴って踏み躙って、笑っての髪の毛を切ったのだ。舞う栗色の髪の毛、涼しくなった首元にはいくつもいくつも傷が刻まれて、それからまた陵辱は開始された。数時間経ってようやく部屋から去った彼らを見届けて、はまたいつものように汚れたその資料室の後始末をして、部屋に戻って、身体を洗い、傷を介抱した。

「だ、第四資料室は、私のような一等兵の出入りは禁止されています、そこに無断で入った私が、いけないんです…、きっとあの人たちは、そのことを言わないでおいて、くださって…、それで…、」

ぽつぽつとそれを話していたの声音は次第に小さくなっていく。薄い肩が震えているのが分かった。スザクが遠征に行ったと聞いた男達がの後を追ってそしてちょうどよく人気のいないところへ自ら出向いてしまった少女を嬲った。憤りが、募る。スザクは何も言わないで、今にも泣き出してしまいそうなを見上げる。はぐ、と唇を噛むと崩れそうな笑みを浮かべて自身の髪に触れる。

「か、みのけ、動きやすくなりました、し…、それに、…私、私が、いけないんです…だから、枢木卿には、ご迷惑を、おかけしてしまって…」

は決して誰も責めずに自分だけを責めた。自分を追い込んで、自分がいけないんだと言い聞かせて、一人で泣くくせに、一人で全て背負い込む。なんて下手な生き方なんだろうか、どうして自分を助けてあげないのだろうか、の笑みがスザクを余計にいらだたせる。

「…本当に、申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げる少女をスザクは視線さえ向けなかった。

「…今日は本当にありがとうございました、もう部屋に戻ります、」

そう言ってまた頭を下げたに、スザクは立ち上がって取り付けのチェストから一番サイズの小さなズボンを取り出し少女に投げつけた。案の定うまく受け取れないでよろめいたは驚いたようにそのズボンとスザクを交互に見る。

「え、あの、枢木卿…っ」

「…」

「こ、これ、お借りしても…」

があまりにも素直に驚いたような表情を見せて、一瞬嬉しそうな顔をしたのでスザクは思わず彼女を睨む。

「僕の部屋からそんな格好で出て行ったのを誰かに見られてたら、僕が困るだろ」

「…、はい」

ズボンを履いて、けれど裸足のままはスザクに振り返る。当たり前だ、寝ているところをつれてきたのだから。はもう一度深々と頭を下げて、口元に、ほんの少しだけの笑みを称えた。

「ありがとうございました、枢木卿」

薬と、スザクのから借りたズボンとともには部屋から消えた。