その夜の11時過ぎ、スザクが思ったとおりは少し遅れてその部屋にやってきた。控えめなノックと声音、おずおずと部屋に入ってきたの首には白い包帯。手には先ほど見たばかりの紙袋を持っていた。
「枢木卿、遅れてしまい申し訳ございません、」
部屋の奥の、その大きなベッドの上に腰を下ろしていただけのスザクはそこで漸くを見た。明るくは無い室内での黒い大きな瞳だけが光っているような気がした。はそんなスザクの傍まで来ると大きく頭を下げて持ってきた紙袋を彼に渡す。
「あの、ズボン、お貸しいただいてありがとうございました」
こんな布切れ、はこんなもののために自分の身を傷つけて、彼女達に罵倒されても何も言わずに、耐えた。先ほどの更衣室での出来事をスザクは全て知っている。だから、無性に、苛々した。の手中から奪うように紙袋を取り、しかしそれはそのまま部屋の隅に投げた。驚いて目を丸くするの細い手首を掴む。びくり、との瞳にはっきりした恐怖が浮かんだ。
「首の、何」
「え、あ、これ、ですか」
はしまった、というような表情を浮かべてから下手くそな笑みを見せる。知っている、それは先ほど上官の女性達に掛けられたコーヒーの所為で出来た火傷だ。す、と触れればは思わず痛みに眉をしかめる。慌ててスザクの指から逃れるように一歩下がるだが、無論それを許すはずも無い。撫でるだけのはずだった指が急に首筋に力強く食い込まされた。痛みがの表情を支配する。スザクはすぐにそれをやめると静かに首筋に巻かれた包帯を解いた。見えた白い肌は赤く、少し腫れている。しかしケロイド状の火傷痕ではなくてスザクは無意識のうちにほっとしていたのである。
「…火傷だろ、これ、誰にやられた」
「あの、これは…」
「こんなの自分で付けれるはずがない、誰にやられた?僕に嘘は付くな」
スザクは全て知っているのに、言わなかった。の口からそれを吐かせたかったのだ。は居心地が悪そうに視線を彷徨わせてから、口を噤んだ。
「言え」
「…、」
「言え」
スザクの声音に苛立ちが混ざる。の瞳が不安そうにスザクを見て、下を見る。
「…、あの、仕事中に、たまたま、と、隣の人のコーヒーが、零れて、しまって…」
どうしてはばれる嘘をついてしまうんだろう。そうしてそれ以上にどうして傷つけられたことをスザクに言わないのか。スザクは握っていたの手首をそのままベッドに投げつける。無論反応に遅れたはそのままぼすん、とベッドにうつ伏せに叩きつけられた。慌ててスザクを見ようと身体を起こそうとしてもそれより先に上に跨られ、顔さえ上げられない。スザクの表情が見えない分、の肩が恐怖に揺れる。
「どうして嘘をつく!嘘をつくなと言っただろう!」
「う、嘘では、ありません…っ、」
シーツに押し付けられた顔をなんとか上げて返答する。弱々しい、泣きそうな声だった。
「更衣室で、女達にやられたんだろう!あんな布切れ守ろうとして!」
感情の高ぶりを押さえられずにスザクは先ほど目にしたことを思わず口にした。が遅れて先ほどの出来事を一部始終スザクに目撃されていたのだと認知する。そう、スザクは全て知っている。はスザクが全て知っていることを知っても、しかしそのまま口を閉じて自身の嘘を訂正するようなことはしなかった。それが更に腹ただしくて、スザクはシーツに投げ出されたその両腕を彼女の背中で纏め上げ、のズボンからベルトを抜き去りそれをそのまま強く縛り上げた。
「く、枢木卿…っ」
がかすかな抵抗を見せた。そんなものも無視してスザクは手にしていた白い包帯での目元を何重にも覆う。視界が遮られてがはっとしたように肩を揺らした。
「やっ、やだっ、枢木卿っ、…申し訳ございませ、んっ!やっ、」
視界を遮ればは別人のように慌てて抵抗を始めた。その抵抗というのがあまりにもはっきりとした拒絶、であったからスザクは少しだけ驚いて彼女を見る。は命令とあらば泣いてでもスザクの指示には従う。ここまでこの行為に抵抗したのは今日が初めてなのだ。じたばたと暴れるを膝で抑えて彼女のズボンを一気に毟り取る。がひ、と声を漏らした。
「は、…君から僕に勝手に足を開いたって…?なんだよ、あれ、お気に入りにしてもらったって?」
「…っ、申し訳ございませんっ、申し訳ございませんっ、枢木卿っ、」
の先ほどの更衣室での言葉を反復した。はびくりと震えて舌が回らないほど慌てて謝罪ばかり並べる。スザクには勿論分かっていた、のあの言葉は彼女達が自分を悪く言ったから、スザクではなく自分が悪いのだと、言いたかったのだ。つまり、スザクを庇いたかったのだ。スザクにはそれがどうも腑に落ちない。准尉であったとしても、彼女達にとってスザクの地位であるナイトオブラウンズは雲の上の存在。いくらあそこであんなことを口にしようとも、彼女達はスザクには反抗できない。それ以上に彼女達はスザクに憧れや何かを抱いているからこそ、が疎ましいのだ。はそれが分かっていない、だから自分を傷つけてまでスザクを庇ったのである。
「…そうなのか、君が僕に足を開いてお気に入りにしてもらいたかったのか」
「申し訳ございませんっ、申し訳ございませんっ…申し訳ござ、」
「質問に答えろ!」
ばし、と#name1#の臀部を叩いた。スザクは自分がよく分からないほどに、苛々していた。がまた傷を付けて戻ってきたこと、が自分を庇ったこと、が再び嘘をついたこと、そしてそれを否定しないこと。スザクを苛立たせる要因はたくさんあったのだ。
「ふ、…ふぇ、ぁ、ごめんな、さい…っ、く」
の声が震えていて、彼女が泣いているのだと気づいた。けれどここ最近あったへの遠慮に似た何かは今のスザクには一切無くて、そんな彼女の泣き声を聞いたところで何も変わることはなかった。ズボンと共に下着を剥ぎ取り、赤く自分の手形が付いてしまった臀部を強く掴む。そうして性急に自身のそれを取り出して、慣らしもせずの膣内に突き刺した。
「っひ、ああっ、!」
あまりの痛みにが呻く。がたがたと震える身体を一瞥してスザクは自身の欲望のままに腰を動かし始めた。
「んっ、んっ、あ、ぁう、あっ、…」
薄く開いた唇から漏れる嬌声が掠れてきた頃、ぬちゃぬちゃと出し入れをしていたスザクは急に動きを早めた。痛いと泣いていたくせに強く締め付ける膣内の、一番奥に自身をねじ込んでスザクは漸く白濁液を吐き出す。最後の一滴まで注ぎ込むと、何度か腰を動かしての中から自身を引き抜いた。腰を支えていた手を離せばはくたりと白いシーツの上に崩れる。
「っは、は、…ん、ぁ」
最初狂ったように抵抗していたは途中からそれをやめ、何も言わずにただ泣いていた。は行為中よく泣く。けれどそれはかすかな痛みであったり生理的なものであった。だが恐らく今日のは違う。痛みもあるだろうが、生理的なものではないだろう。暫くそんな白い肢体を見つめ、腕の拘束を解いてやるとスザクは少し離れた位置に身体を倒した。
「っ、」
それを合図にしたようにがゆっくり起き上がる。白い腕にはくっきりとベルトの痕と、血が滲んでいた。それからは自身の傷に巻いてあったはずの包帯を目元から静かに解いた。スザクは背中を向けていたが、その瞳はいつもよりも真っ赤に腫れているのだろう、と思った。は何も言わずベッドから降りる。ベッドの下に捨てられた自分のズボンと下着を手に取った。
結局は、火傷の真相を自分からは言わなかった。ほとんどスザクが真実を言ってしまったようなものだがは否定もせず肯定もせず、泣いていただけである。スザクは少し不思議に思った。は何故ばれてしまったことでさえ、嘘を突き通そうとするのだろうか、それは無論反抗とは少し違う。似たようなことが前にもあった。そう、あれはスザクが渡した携帯端末を壊されたときだ。は暴力では決して屈しない、それに気づいたとき、スザクはもう一つ気づいたことがあった。けれど気づかないふりをしていた。気づいてしまえば、苦しむのは自分だと分かっていたからだ。
は、スザクが関わって自分が傷ついたことを決して口にはしない。前もそうだ、スザクとの関係を羨む彼女達に殴られた。は何も言わなかった。そして今回もスザクを悪く言った彼女達からスザクを庇って、は火傷まで負ったのである。何故言わないのか、そんなのスザクにはずっと前から分かっていたことだ。
スザクに迷惑を掛けたくないのだ、は決してスザクに迷惑を掛けたくなくて、スザクに嫌な思いをさせたくなくて、嘘をついた。の嘘は自分のためのものだ。スザクははっとした。
「っ、ふ、…」
聞こえた押し殺された嗚咽が聞こえてスザクは慌ててを見た。下着を履き終え、ズボンを手にしたが腰を抑えて蹲っていた。痛いのだろう、けれどスザクには聞こえてはいけまいと必死に声を押し殺して手を動かすの姿は痛々しい。ズボンに隠れる前、白い肌にはスザクが腰を抑えることで付けた指の痕が、青紫になって残っていた。
「…枢木卿、」
身なりを整えたが何度か目元を擦ってスザクに振り返る。白い包帯はの手中にあって、首筋の火傷は晒されたままだ。の瞼は、やはり赤い。
「…今日は、申し訳ございませんでした、」
頭を下げたは視線を足元に泳がせたまま、扉へ向かう。はまたあの冷たい暗い自室で、一人っきりで泣くのだろうか。ふと、目隠しをした際のの異常なまでの抵抗を思い出した。
「…目、隠されるのっていやなの」
スザクが漏らせばは驚いたように目を丸くしてから弱々しく、微笑んだ。
「…申し訳ございません、どうしても、…思い出してしまって、怖いんです」
思い出すとは、上官に嬲られる記憶だろう。恐らくは毎回毎回、顔を覚えられないようにと目隠しをされているのだ。は決して逃げない、スザクの命令とあらば決して逃げない。身体を開くその行為を怖がっても嫌がっても、抵抗はしないのだ。なのに自分はなんで縛って、目隠しをして、を痛めつけたかったのだろうか。
「失礼します、」
廊下の明かりが眩しい。はそんな廊下に消えて、ドアが閉まった。が完全にいなくなったのを確認してスザクはゆっくり起き上がる。獣のようにの身体をこじ開けたのは初めてだ。部屋の隅に投げた紙袋を拾ってスザクは中身をベッドに出す。綺麗に折りたたまれたズボン、微かに洗剤のいい香りがした。
触ればが身を挺して守ったズボンからは、そんな体温が感じられる気がして、スザクはベッドに倒れこんだ。