次の日からは、はきっちり11時にはスザクの自室の前にいてまたいつもみたいに控えめなノックをするようになった。首もとの包帯も、いつかの左目のしたの痣も、まだ完全には癒えない。は昨夜出来事をまるで思わせないように、嘆くわけでもなく、抵抗するわけでもなく、大人しくスザクのされるがままになる。それは今までのと同じだ、昨夜が異常だっただけなのだ。けれどスザクにはどこか、が自分と一歩距離を開けているように感じてしまう。それはスザクの錯覚か、分からない。

が帰った後に、スザクはふと彼女がいつか訪れたという資料室を思い出した。第四資料室、確か入室許可が与えられるのは准尉以上であるという、稀に見る入室制限の付いている資料室だ。は自ら問題を起こすような人間ではない、規則は守るし、それ以上もそれ以下もしない。だが第四資料室に、は足を踏み入れた。規則を破ってまで、は何故第四資料室に入室したのか、何もかも考えることが疲れてしまったスザクはそんな当時は気にもしなかった出来事を思い出していた。

「…、」

ばたりと後ろのベッドに倒れこむ。は今日、泣かなかった。



数日は、実に穏やかな日々だったと、スザクは思う。大きな事件は起こらず、があれ以上傷を増やしてやってくることもなかった。あの日、無理やり身体をこじ開けた日からちょうど五日目のことである。スザクは一日中、を軍内で見つけることはなく、まさかまた寝込んでいるのかと思案したその日。どうやら彼女は珍しい非番だったらしく、早朝、あの寮から出てくるのを数人が見かけていた。一等兵であっても非番の日はごくたまにある。そんな日、身体も休めずには一体何処に出掛けたのだろう、とスザクはそこまで考えて舌打ちした。最近考えるのは全て全てのことだ、らしくない。一人の人間に依存するなど、それがましてやだなんて、ありえない。

その日、仕事が早々に片付いたスザクの執務室にやってきたのはジノだった。最近アーニャとともにアッシュフォード学園に編入したジノはうきうきとした雰囲気を隠しもせずに、その黒の制服を着てやってきたのである。

「スッザクー、仕事終わった?」

「今日の分はね、…何か用?」

「冷たいなあ、スザク、あんまり仕事ばっかやってると眉間に皺寄ったままになるぞ」

明るくて弾む声音はスザクの耳には久しぶりのものだ。軽くあしらってもジノはめげずにスザクに近寄って肩を抱く。そこでジノが思い出したように手を叩いた。

「あ、そうそう、スザクに聞きたいことあったんだよ」

「何?」

「ミレイが言ってたんだけど、何かアッシュフォード学園での写真持ってないかーだって」

言われてスザクはすぐに首をかしげた。まずは何のために、という疑問とそれをどうして自分に投げかけるのか、という疑問。勿論そんな一言にあらゆる思考を投与するわけはなくスザクは一度唸ってから立ち上がる。広い執務室の奥に備え付けられた引き出しを引いた。

「あんまりそういうものはこっちには持ってきてないんだけどな」

「あるか?」

私物が少ない執務室の奥で、思い出なんて女々しい写真が仕舞ってあるのはここぐらいだ。数少ない私物ではあるが、そこに入っていた写真の数は思ったより多くて眉をしかめた。こんなに仕舞っていたのなら早いうちに整理しておけばよかったかもしれない、写真は好きではないのだ。

「おーおー、いっぱいあるなあ、」

「いつの間にこんなに撮ってたんだか…、悪いけどちょっと探してみてくれるかい」

何故こんなに仕舞ってあるのか、というよりも、いつこんなに写真を撮っていたか、である。学園に転入するまでは写真を撮る機会なんてめったになかったのだから、こんなにあるとは思っていなかった。とりあえず中身を全てデスクの上に広げてジノと二人、アッシュフォード学園での、特に生徒会メンバーが全員映っている写真を探した。

「お、これスザクか?」

ふいにジノが手にしたのはまさかこんなところにあるだなんて思っても見なかった幼少期の写真だ。こんなものを持っていたなんて、と無意識に眉を寄せたスザクはそれをジノから受け取って肩を竦めた。

「何歳ぐらいだろ、…ていうかこんなものまであるなんて」

「結構大事にしてるんだな」

にっこり微笑まれてすぐにそれを否定したくなったスザクは、しかしそれすら億劫になってやめた。一枚一枚写真を確かめても、メンバー全員が揃う写真は少なくて思っていた以上に作業が難航する。がさがさと写真を広げてみて、ジノが一枚の写真を手に取った。

「ん?これもスザクか?」

「どれ?」

ジノが手にしていたのは他の写真よりもずっとずっと古びた一枚で、皺が寄っていたり裏面が黄ばんでいたり、とまさか思い出の一品だんて思えない。言われてそれを手にしてみても、そこに映っている自分にスザクは見覚えが無くて、思わず首をかしげた。

「これは、…いつのだろう、」

「なんか赤ん坊抱えてるけど、それってあれか?いつかの従兄妹っていう皇コンツェルンツの子か?」

ジノが言いたいのは恐らく神楽那のことだろう。だが写真の中の幼い自分が抱き上げている赤ん坊は、日本人の持つあのカラスの濡れ羽色、といった黒の髪の毛ではない。赤ん坊なのだから髪色は判断しにくいが確かに黒でないことは確かだ。ではこれは誰だ、赤ん坊を抱き上げて嬉しそうに微笑む少年は、自分ではないのか。

「あ!スザクー!あったぞ、これちょっと借りてもいいか?」

はっとしてジノを見る。生徒会メンバー全員の集合写真を見つけたらしい。何をするかは知らないが、恐らくアルバムでも作っているのだろう。持ち出し許可に頷いてジノが部屋から消える。散らばった写真が積み重ねられる前でスザクは椅子に座った。

「…」

写真の中の自分は眩しいほどの笑みを浮かべていた。