「ふ、…んぅ、んん」

スザクはの膣内からそれを引き抜いてもなお、執拗な口づけをやめない。しっとり汗ばんだ頬を両手でしっかり包んで舌を差し込む。はきっと息苦しいのに決して顔を逸らしたりしないで、ただその口付けを受け止めるだけである。の閉じられた瞳から、涙は止まらない。スザクは舌を引き抜くほど吸い上げてから、ねっとりと上顎を舐めた。ひくりと震えた白い肩を視界の端で捕らえて、最後といわんばかりにその薄く開いた唇の間から、どちらともいえぬ唾液を流し込んだ。飲み込む切れなかったそれがの顎を伝う。

「っは、…」

顔を離せばそこにはほんのり頬を染めて、恥ずかしげにスザクを見上げるがいた。初めて見るようなの反応に、スザクはせっかく欲を放ったにもかかわらず、思わず熱を取り戻しかけてしまう。にキスをしたのは初めてだし、こんな彼女を見るのも初めてだ。それはスザクが初めて、自分がを所有物としてみているわけではなくて、大切で愛を向けていることに気づいたからである。今まで自分は何を見ていたのか、泣いたを見て、心が冷えていくのを感じていた。けれどそれは、自分への言い訳とごまかし。が所有物以外と認知するのが、怖かったのだ。はじ、と穴が開くほどスザクの翡翠を見つめてから俯いた。ぱたり、ぱたり。白いシーツにの涙が吸い込まれていく。

「…どうして、泣くの」

こんなにスザクは満たされているのに、どうしては、まだ、泣くのか。
痛いのかと問えばは首を横に振った。怖かったのかと問えばは首を横に振った。スザクには分からない、の涙の理由が、自分の中に溢れるこの温かいような、感情も。

行為が終われば決まってベッドに沈んでしまうスザクだが、何故だか今日はそれをする気にはなれなかった。脱ぎ散らかされたわけではない衣服を手にしてがゆっくりそれを身にまとう。痣が、傷が、火傷が、衣服に隠されていく。の白い肌が消えていく。けれどの涙は止まらなかった。上着を羽織って身支度を済ませたは今だベッドの上でこちらをみるスザクに頭を下げる。

「…私の我侭を、聞いてくださって、ありがとうございました」

の我侭は、最初で最後だった。そしてその我侭はスザクの気づかぬ振りをしてきた何か大切なものを見つけて、解放した。本当はこのまま部屋に留めて置きたい気があったが、は明日から政庁を出て戦場へ向かう。暫しの別れであった。今更そんな女々しいことを口にも出来ないスザクは暫く視線を泳がせて頭を上げたの見る。

「…、」

涙のいっぱい浮かんだ瞳と瞳が絡み合う。は溜まった涙を乱暴に拭って笑みを浮かべた。それはスザクが見たの表情の中で、恐らく一番綺麗で、一番脆く、一番温かいものだった。ごまかすときに見せる下手な笑みではなくて、泣くのを堪えるときに見せる痛々しい笑みでなくて、それは心からの、幸せを形にしているような笑みだった。スザクには笑顔、とかそういったものの定義なんか分かるはずも無かった。けれどのこの笑みだけは、どうしてかとても幸せそうに、本当の笑みに見えた。

扉へ向かう、小さな身体。開かれた扉の奥から廊下の眩しい蛍光灯の光が差し込む。の姿が逆光になって、その笑みが少し薄れて見えた。がもう一度頭を下げる。顔を上げた頃には、せっかく拭った涙がまた、溢れていた。

「枢木卿」

が、一瞬悲しそうに表情をゆがめてから、微笑んだ。


「ありがとう、ございました」



にっこり微笑んだ少女を見て、スザクは胸をぎゅう、と締め付けられる思いがした。翻った栗色の髪の毛、ああ、まただ、とスザクが眉を寄せる。見たことがある、のその髪の毛をスザクはどこかで見た気がして仕方ないのだ。何度もデジャブのようにその光景が、目に焼きつく。背中を向けたがひどくゆっくりに感じた。

「…、」

呼んでも、閉まった扉の奥が戻ってくることは無かった。

スザクは静かにベッドに倒れこんだ。今日はじめて知った。自分はどうやらに愛に似たそれを抱いていたらしい。この満たされた気持ちは、何なんだろう。無意識に頬が緩んだ。が帰ってきたら乱暴に抱くわけではなくて、ここにまた呼ぼう。優しく触れて、自分の気持ちを口にしてみよう、スザクは思った。は笑ってくれるだろうか、泣いてしまうだろうか。

「…、」

は何故、泣いていたんだろう。