瞳の色は、遺伝する。
例を挙げれば皇族の瞳の色は揃って紫色だ。紫色が高貴な色としてあるのはともかく、ルルーシュのアメジストも、ユーフェミアの薄紫も、結局は紫色だ。遺伝、というのに詳しくは無いスザクであるが瞳の色が遺伝することだけは、知っていた。だから、それを否定することは今更できないのである。

ぼろぼろの紙切れは養子縁組届の用紙だった。届出先は柊家、つまりこの柊家が養子を貰う、という証明書のようなものだ。そして実親の欄に殴り書きでサインされていた名前が、あまりにも見覚えがあるもので、目を疑う。は養子だった、養親となるのは柊家、そして彼女の実親は、

「枢木…、」

実親の欄に表記されていたのは枢木の文字、枢木ゲンブの文字が表記されていた。

これで確固たる証拠は揃ってしまった。スザクはうまく呼吸することも出来ずに、ふとチェストの奥に仕舞われていた小箱を見つけた。そっと取り出して中を見る。まだ新しいと思われる小さく折りたたまれた紙切れと、コンタクトケースが丁寧に詰められていた。これで、この中身がスザクの思案通りだったら、―否、もうこれ以上の証拠は必要ないのであろう――スザクは怖くなって、けれど静かにコンタクトケースを開いた。
中に液と共に沈んでいたコンタクトは、カラーコンタクト、黒色の、漆黒のコンタクトだった。スザクは足元に落ちたの証明書を見る。12歳の頃の証明書、こちらを見る少女の瞳は、翡翠色である。

はつねにこのカラーコンタクトをつけていた、ということになる。しかし今日、どうやらこのカラーコンタクトをつけずに戦場に出たということだ。自分の遺伝して受け継いだその翡翠色の瞳を隠すことなく、銃を握っているのだ。

瞳の色は遺伝する、の翡翠の色は、枢木家のものだ。そしては、否、―スザクはの兄だ。



一緒に仕舞われていた紙切れを広げる。綺麗な文字が、並んでいた。



この紙切れが、無事に枢木卿に読んでいただける事を願って書いております。


「…

激しい銃声、降り注ぐ銃弾、逃げても逃げても追ってくる鉛の塊。黒の騎士団とて今更歩兵は支給しない。はただ陸上から空中に漂うナイトメアに銃弾を発砲することしかできなかった。それが当たっても当たらなくても、ナイトメアに与える打撃は然程変わりはない。横で、遠くで、死んでいる仲間が見えた。


この手紙を読んでくださる頃には、枢木卿は私が調べたこと、そして私が知ったことを全て知っていると思います。私はもともと柊家の人間ではないのです。恐らくご存知だとは思いますが、私は


「っ、」

見つかった、全力では瓦礫と瓦礫の間を走って銃弾を避ける。ブリタニア軍なのに、黒の騎士団のナイトメアから逃げているだなんておかしな話だ。息が乱れる。手元のマシンガンの銃弾は残り少ない。廃墟と化したそこでそっと顔を出す。倒れ伏す仲間の姿、隣にはまだ銃弾が残っているであろうマシンガンが落ちている。


枢木家の人間でした。枢木卿が私を助けてくださったあの日、初めて枢木卿の姿を見て、私は確信しました。母だった女性のただひとつ教えてくれた事実、私に軍にいる兄がいたということ、その兄が枢木卿であるということを、確信しました。自分が元は枢木の人間だったということを知った4年前から、この瞳の色を隠すために黒のコンタクトをつけていました。それもこの手紙を読んでいるということは、枢木卿はご存知のことでしょう。その瞳と同じ色、何より枢木の名字、けれど確証がない時点で、それを真実を決め付けることは、難しいものでした。

が非番だったというあの日、軍内でを見なかったのは彼女が枢木神社に赴いていたからだ。

だから私は枢木神社に行きました。そこの蔵で枢木家本家の家計図を見つけました。枢木家本家の第二子として、私は生まれたらしいのですが、柊家へ養子として出されたのはその後すぐだったのでしょう。枢木卿が私のことをお知りでないのは、枢木卿がまだ2歳であったからだと、推測しております。

情事中、よくがスザクの瞳を見つめていたのは、このことだったのだ。何か言いたそうに、しかし口を噤んで、泣いたは、いったい何を思ったのだろう。実の兄に身体をこじ開けられたと知って、何を思ったのだろう。

父、ゲンブが私を養子に出したというのは私が必要でなかったからなのでしょう、そしてそれを私は本来知るべきではなかったのに、母だった女性は養子縁組の用紙を渡してくれました。誰にも知られず、枢木家に捨てられた私の、唯一の救いでした。



走り出す。止まらない内に、銃を拾ってまた瓦礫の間に隠れる。いつまでこんなことを続ければ、自分は終われるのだろう。いっそ外に出てしまってナイトメアに見つけてもらった方が、簡単に死ねるのではないのか。自分は、誰にも必要とされていないのだ。


私は、誰にとっても必要な存在ではないのです。枢木家にとっても、柊家にとっても、そして軍でも、私は必要ではないのです。

乱れた息を整えることすらままならなかった。ふと、空が暗くなる。慌てて顔を上げた。黒の騎士団のナイトメア、月下がこちらを見下ろしている。走り出した頃には銃弾の雨が降り注いでいる頃だった。

まるで、スローモーションのようだった。足を踏み出してから、肩に衝撃を感じて倒れこむ。そしてその後に背中を銃弾が貫通して地面に食い込んでいくのが分かった。

空が明るくなる、は地面に突っ伏していた。



私はただ一人の肉親を探す自分のためだけに、必要な存在でした。そしてどんな形であれ、枢木卿が私を必要としてくださったことが、生きる意味でした。それが自己満足でも、私はそれを糧に、生きていました。

自己満足ではない、スザクには必要だった。最初所有物でしかなかったは、スザクの大切な大切な存在になり、愛でる存在になり、そして、唯一の、兄妹だ。はどんな孤独を背負って、生きてきたのか。スザクには想像も付かなかった。


ゆっくり、仰向けになる。四角い空が青い。空に向かって伸ばした自分の手は、赤かった。腹部と、肩が、熱い。痛み、というより、熱かった。これは、血だ。ああ、死ぬのか、はそこで初めて死、を自覚した。恐らく自分は助からない、それだけがの脳裏に過ぎる唯一つの思考だった。


枢木卿の手は、温かいものでした。私を殴る彼らにはない、温かさがありました。枢木卿が私を助けてくださったあの瞬間、私は初めて生きるうちで希望を感じました。



はどうも、寒かった。これが、死ぬと言うことだ。今まで何度も死の淵に立たされてきてのに今のこのときまで図太く生きてきた自分の、終わりの瞬間だ。けれど、不思議と怖くなかった。は、空に微笑みかけた。



私は充分生かされました。誰にも必要とされない分際で、充分生かされました。枢木卿に手を差し伸べていただいて、我侭を聞いていただいて、存在が無意味である私にはこれ以上ない幸せでした。もう、私はよく、生きました。


そう、自分はよく生かされた。世界から必要とされないくせに、この瞬間まで生かされた。だからもう、充分なのだ。あの手紙を、彼が読んでいることを願う、はもう一度、空に手を伸ばす。



そんな私に生きる意味を与えてくださって、ありがとうございました。私のような人間には幸せすぎる、意味でした。


走馬灯、とは人間が死ぬ寸前に今までの人生の記憶が頭の中でリピートされることを言うらしい。がスザクと過ごしたのはが16年間生きてきたうちの、ほんの一瞬でしかない。けれどの中を過ぎる記憶は、スザクだけだった。痛くても、苦しくても、結局はスザクと繋がっていた瞬間に幸せを感じていた。唯一の肉親である彼を感じることが出来る喜びである。は、自嘲した。



私は恐らく帰ってくることは無いでしょう、けれどもし、万が一、私がもう一度枢木卿と出会うことが出来たら、もう一度だけ、私の我侭を聞いてはいただけないでしょうか。


もし、また彼と出会うことが出来るのなら。

「く、るる、…きょ、う」



私の無意味な人生に色を与えてくださったのは枢木卿です、光を与えてくださったのも枢木卿です。ありがとうございました。私は、幸せでした。


枢木卿、わたしは、しあわせでした。
わたしの生きた証が、貴方のどこかに残ってればいい。


貴方に出会えてよかった。幸せを感じることができてよかった。


くるるぎきょう、わたしは、しあわせでした。
もう、なにも、いらない、あなたにであうことが、いきるいみだった。それだけで、もう、よかった。なにもねがわない、しあわせのまま、しにたい。


枢木卿、



「お、…に、ちゃ…、」




ありがとうございました。

あいしています。