あれからスザクはよくを夜中に呼び出してはその身体を抱くようになった。は命令といえば、泣きそうになって素直に従うだけだ。の身体は日に日に細くなっていったような気がしたけど、スザクは気にしなかった。そのうちに、彼はに自分の予備として持っていた携帯端末を与えた。一々部下にへ伝言を伝えるのが億劫になったからである。もとより名誉ブリタニア人は携帯を持つことを許されていないので、は初めて手にするそれに目を丸くして大事そうに両手で包み込んだのだった。
その日、スザクは夜の11時にを部屋に呼び出した。あまり早い時間であると、ナイトオブラウンズの同僚であるアーニャやジノとが遭遇する可能性があるのだ。だからスザクはあえて夜遅くにを呼び出すのだ。メールに一言、何時、と記載すればはぴったりに部屋にやってきては、ドアの前で控えめにです、と告げるのだ。だがその日は、11時10分を過ぎても、少女の姿は薄暗いスザクの部屋には見当たらない。
「…」
時計を見ても、先ほどと大して変わることはなく、スザクは息をついた。命令だといえばは何でも従ったのに、何かあったのだろうか。心配ではなく、気がかりであるだけだった。彼女はイレブン、いくら名誉ブリタニア人だからって周りにブリタニア人と同様に扱われることは有り得ない。スザクが眉をしかめた。
「…枢木卿、あの、です…、遅れてしまい、申し訳ございません」
控えめに、ドア越しに少女の声が聞こえた。スザクが入るように言えば自動ドアの向こうには、確かにがいた。しかしその姿はいつもと少し違う。逆光でよく見えないが、眼帯、をしているように見えた。
「時間、今何時?」
「…申し訳ございません、仕事が、手間取ってしまい」
を中に入るよう指示すると少女は未だになれない様子でびくびくと室内に入室する。彼女がここを訪れるのはもう一回二回のことではないのに。彼女はまだ慣れない。声音だって段々と弱くなってっているのが分かる。いつものようにベッドに座らせようとするも、スザクはその不自然な眼帯と唇の端に血が滲んでいるのを見つけてそれをやめる。ぶら下がる細い腕を掴んで、彼女の正面に立つ。目の前で見れば見るほど、彼女の顔には傷が見受けられた。
「それ、どうしたの?」
「…あ、その、も、…ものもらい、です」
すぐに嘘だと分かった。だけどまだ問い詰めないで、今度は唇の傷を指摘する。
「先ほど、転んでしまって…」
「こんなところに傷作るのか」
「…申し訳ござません」
なんで謝るんだ、とスザクの表情が曇る。は決してスザクの翡翠を見ないでそわそわと右腕を背中に隠した。無論、すぐさまスザクがその腕を取る。
「…、これも転んだ?」
「…っ、」
白い腕には同じように白い包帯、巻いてあるだけの其れは随分と乱雑に巻いてあって、多分彼女が一人でなんとか巻いたのだと推測できた。の表情がいよいよ歪んでいく。何を、隠しているのだろう。スザクはふいに彼女の眼帯を外した。慌てて眼帯に隠れていた右目を隠そうとするも、それより早くスザクがの頬を掴んで所為で、それは叶わなくなったが。
「…これがものもらいか」
「…」
の大きな黒目の下、白い頬にはくっきりと青い、大きな痣が刻まれていた。こんなの、誰がどう見たって誰かに殴られたものだ。は嘘をついたことに、申し訳なさそうに視線を泳がす。スザクが口を開いた。
「…これは?」
「…ぶ、ぶつけて、しまって」
「どこに」
「机の、角、です…」
これもまた嘘。の嘘ほどたやすく見破られるものもないだろう、と思案する。彼女は何を嘘をついてまで隠すのだろう。今まで素直に指示に従ってきたがここにきて初めて嘘をついたことに、スザクがややイラついたように瞳を細める。びくり、との肩が揺れた。
「言え」
「…」
それでもまだ口を閉ざすに、思わずスザクは優しく痣を擦っていただけの親指に力を込めた。瞬時に、の表情が痛みに歪む。
「なんで言わない?」
「っ、…、ぃ、」
ぎりぎりと力を込める。逃れることも出来ず、今さっきできたばかりの傷を広げるようなこの行為には硬く瞳を瞑った。そのうちに痣を広げるようなスザクの手にの手が触れる。やめてほしいのだろう、じわりじわり、と閉じたの瞳に涙が滲んでいった。そうして長い睫が濡れ、スザクの指にの瞳からこぼれた涙が触れるとようやく手を離した。
「ぅ、…」
いきおいよく手を離した所為で衝撃にが後ろへ少しよろめく。スザクはやっと気づいた。を陵辱で縛り付けることはしたが、こうして暴力で彼女を押さえつけることは、初めてだった。こんなのは、本当にを今まで嬲ってきた男達と、同じ。暴力で従わせて、身体をこじ開けて。が口を割らない理由にやっとスザクが理解した。
「そこ、座って」
指示するのは無論、ベッドの上。しかしはみっともなく傷を庇う様子も見せず、零れた涙を必死に拭って大人しくベッドに座る。スザクはいつかしたように、氷と水でタオルを冷やして彼女の痣に当てた。
「…っ」
が思わず身体を引きつらせるも、彼に先ほどのような意図がないと分かると大人しくそうされる。だが一向にタオルをに引き渡さないスザクは自ら彼女の頬を優しく包み込むように傷を介抱した。冷えたタオルが少し沁みるも、はそれ以上に驚きで目を丸くする。
「ぶつけただけじゃ、こんなにならない、誰にされたの?」
優しく問えば、は眉をへの字にして困惑したようにスザクを見る。しかし観念したのか、ようやく口を開く。
「…名前は、存じていないんですが、…」
「誰?」
「…多分、准尉、の位の方々に」
「方々って何人?」
「あ、三人、です…」
そこでようやくはことのあらましを彼に話した。
今日、射的訓練のあとスザクからのメールを確認したは軍服に着替えるべく更衣室に向かった。更衣室には以外に人はなく、しかしいきなり彼女達が更衣室に入ってくるなりの手にする携帯を取り上げたという。そうしてそのまま携帯端末は彼女達の手に。高い位置から床に叩きつけられたそうだ。
「壊されたのか」
「…申し訳ございません」
そのまま彼女達は着替えることも出来ないを壁に追い詰めると、問い詰めた。
「どうやって枢木卿を寝取ったかは知らないけど、名誉ブリタニア人の分際で、あまり図に乗らない方が、身のためだ、と」
女性達はそう告げるなりいきなりに手を上げた。無論、が抵抗することは出来ない。は一等兵なのだ。軍の中では最弱の存在、准尉の彼女達に逆に手はあげられない。結局大量の仕事を残したままのは散々彼女達に殴られ、壊れた携帯を残して彼女達はそこを去った。なんとか仕事を終わらせたは大急ぎで自室にて軽い手当てを施し、ここに来た、らしい。
「…あ、私がいけないんです、名誉ブリタニア人の分際で、端末の携帯は許されていないのに、更衣室なんかで迂闊に出したので」
「…」
がこんなことされたのは、勿論スザクの所為だった。スザクが無関係だったはずのを自室に連れ込むようになれば一等兵の彼女が周りの軍人から白い目で見られるのは当たり前だ。それをスザクが重々承知している。は嫌な顔ひとつせず、スザクの相手を務めた。
「せっかく頂いた携帯、壊してしまって、申し訳ございません」
また、は謝った。
「…どんな顔だった?」
「え?」
「顔、…特徴とか、分かるだろ?」
スザクは彼女達に憤りを感じていた。それはが傷つけられたということに直接結びつくが、彼女の身を心配しているからではない。強いて言えば大切にしている玩具を壊された子供のような気持ちだった。が困惑した瞳を見せる。
「最初に、顔を殴られて…あまり覚えていないんですが、」
「髪は?長いとか、短いとか、」
「…密告に、ならないでしょうか」
は愁いを帯びた瞳で視線を落とした。は多分、ここで彼女達のことをスザクに言うことをまるで密告しているようで、嫌なのだ。だがそんなの無論、スザクには関係なかった。
「かまわない、命令だ」
「…一人は、薄い茶色の、長い髪の毛の方で、もう二人はどちらもショートでした…、あ、でも、一人は黒髪で、一人は、オレンジに近いような、茶色です」
薄い茶色のロング、一人覚えていれば恐らくもう二人も一緒にいる人間となるだろう。スザクはひとつ頷いて身を屈める。急に顔が近くなったことにより、が驚いたのか、思わず身体が後ずさった。
「…痛む、か」
「いえ…、」
「僕に嘘はつくな」
強い声音で告げればの表情が即座に強張る。そうして、小さく小さく、
「少しだけ、…痛いです、」
の瞳に再び涙が浮かんだ。