「なんで軍に入ろうと思ったの?」
床に散らばった衣服を拾い集め、その上着を手にしたはふとスザクを見た。珍しくこちらを向いて横になるスザクに、は手にした上着を再び下げ、同じように視線も落とす。
「兄が、いるからです」
「兄?」
初耳だった。この少女にも兄がいた、しかも軍にいるという。無論、それをスザクが始めて耳にしたのは事実であるがまさか兄弟揃って軍にいるなんて、しかも名誉ブリタニア人にまでなって。妹であるがここまでされていて、兄は一体何をしているのだろう。スザクは思案した。
「あ、でも、知らないんです、兄のこと」
「どういうこと?」
「兄といっても書類上の話です、私は会ったことも、いえ、見たこともないんです」
「それって兄妹だって保障はないだろう」
「…そうかもしれません」
情事が終わった後、がこんなに話すのは初めてだった。スザクはのいう彼女の兄、に興味を持った。妹のさえ顔を知らない彼は一体どこにいるのか、階級は、そしてどんな顔をしているのだろう。否、それよりは。
「顔も知らない兄妹がいるからこんなところにいるのか」
「…兄を探したいんです、ここで、もしかしたらいるという話自体が嘘かもしれないんですが…、嘘とはっきり証明されるまで、探したいんです」
はその兄、に固執していると思った。こんなことされてまで、軍にいつづけるだなんて確かにおかしい。大体兄は本当にいるのだろうか、顔も見たことないのに、彼が存在しているということ自体、確証はないはずだ。そんなスザクの表情を読み取ったかのように、がぽつりと漏らした。
「兄はいます…」
「なんで分かる」
「写真があるんです、一枚だけ、兄の顔の部分は黒く塗りつぶされているんですけど…、赤ん坊の私を小さな手で抱いている写真が一枚だけ」
そのとき、スザクはまたしても初めてのを見た。一瞬だけ、が嬉しそうに表情を緩めたのだ。スザクが見るの表情といえば、泣いているもの、困惑しているもの、怯えているもの、そして快感に溺れているものだけだ。歳相応の笑みを見せたに、スザクは目を細める。
「そいつを見つけるために軍に居続けるってわけ、難儀なものだな」
「…いえ、もう私には此処以外に居場所はありませんから」
此処にさえ、もうないのかもしれない。が瞳を伏せる。
「私が生まれた家も、育った家ももうありません、帰れる場所はありません、私には兄しかいないんです、此処でしか、生きられないんです」
これこそが孤独、というものなのか。唯一が生存できる此処にさえ、彼女が心安らげる場所は恐らくないだろう。多分、スザクが奪った。スザクは其れがちっとも悪いことだとは認識しなかった。がまるで所有物にしか感じられないのだ。
「…変なお話して、申し訳ございませんでした」
衣服を身にまとったがぺこりと頭を下げた。上げられたその小さな顔にはやはりまだ青痣が残っている。身体にだって刻まれている無数の傷。女とは醜い生き物だ。スザクはそう思案してドアの横でまた頭を下げるから視線を外した。
「…失礼しました」
そうしてまたはいつものように目を赤くしたまま、スザクの部屋を後にした。