唖然とした
現れた神虎に悠然と立ち向かっていった紅蓮は今その機体に自由を奪われている
黒の騎士団最大の戦力となる紅蓮が神虎に捕らえられてしまったのだ
そうしてそのまま神虎は紅蓮と縛りつけたまま、ゆっくりと中華連邦の軍隊へと戻っていく
何ができるわけでもなく、黒の騎士団の人間はそれを見つめることしか出来ない

「…うそ」

音声受信中、と表示されたディスプレイに向かい、ゼロが叫ぶ

「諦めるなっ!必ず助けてやる!下手に動くな!」

ゼロの必死の言葉に、しかしカレンの応答は無常にも途中で途切れる
カレンが捕虜になった、その事実にただ呆然とすることしかできなかった
だが弾かれたように振り向いたはゼロに向き直ると、切羽詰った声で詰め寄る

「ゼロ!カレンを!紅蓮の救出に…」
「いけません」

しかしそれは遮られた
明らかな不満を露にしたはくるりと声の主、つまりディートハルトに振り返る
その瞳には困惑と疑問と、苛立ちが宿っていた

「中華連邦という国と戦う犠牲と一人の命…、此処は兵力を温存し、インド軍との合流に備えるべきです」
「一人の命?カレンはエースパイロットなのよ!」
「エースであろうと、一人の命に変わりはない、比べるまでもありませんね」

か、と顔に熱が溜まるのを感じ、しかしはゼロを見つめその返答を待った
確かにカレンと中華連邦とは天秤に掛けるまでもないかもしれない、
しかし彼女が黒の騎士団にとって必要不可欠な人材であることは目に見えている
彼にとって、ゼロにとってもカレンはもう、必要な人間であるのだ

「…決着を着ける!」
「な、何故です!?」

だがディートハルトに掛けられた言葉はその裏をついたものだった

「インド軍が裏切っている可能性も考えられる、千葉と朝比奈に確約の陣を引かせろ、星刻に教えてやる、戦術と戦略の違いを!」

高らかに宣言したゼロに、表情を明るくさせるものと落胆させる者が別れた
そうして勿論、表情を明るくさせた一人のうちのは十六夜のキーを握り締めて彼に指示を仰ぐ

「ゼロ、あたしも前線に出るよ」
「…、お前はまだ駄目だ」
「…、いやだ、あたしはカレンを助け出す、十六夜は出します」

頭一つ分低い位置にある漆黒の瞳は最早彼の了承を得ることが目的ではないようだった
あくまで確認、はすでに十六夜を出す気なのである
無論、ゼロがはいそうですかと納得するはずもなく、鋭い光を宿す瞳を睨んだ

「駄目だ、」
「いやだっ、ゼロ、お願い、あたしにも護らせて」

縋るような視線のあと、はくるりと踵を返すと総司令室を後にした
残された総司令塔と魔女はばっちりと視線をぶつけ、少女は口元を弧に歪める

「なんだ、止めないのか?」
「無駄だ、怪我して帰ってきたら絶対許さん」
「ほう、まあいいじゃないか、此処であいつのナイトメア技術が試される」

現状が現状だが、魔女は興味深げにメインディスプレイに視線を移す
格納庫にて起動確認のとられる淡い色のナイトメア、十六夜
搭乗者は勿論、実戦経験などない少女である
しかし此処は彼女の驚異的運動能力と天才的な戦術センスが試されるところだ
仮面の少年は、表情に出さなくともその胸のうちはひどく困惑しているものだということを、C.Cだけが知っている





切って落とされた戦いの火蓋、中華連邦は神虎を、黒の騎士団は藤堂隊を前面に出しての戦いだった
神虎の中央突破は最早推測されたことで、藤堂は星刻を押さえるために前線に出ている
しかしエースパイロットがいないこの状況下では、黒の騎士団が一手遅れるのが現状だ
藤堂は僅か、表情を歪ませた

「中央部隊、突破されました!中華連邦の本陣は変わらず正面です」
「よし、条件はクリア!右翼千葉軍、左翼朝比奈軍、パターンシグマを適用する!」

中華連邦軍を囲むようにして張られる黒の騎士団の陣営
そうして応援部隊が一気に地上より中華連邦に攻め入った瞬間であった
運河が決壊し、黒の騎士団の足元に水が流れ込む
それだけならまだしも、次の瞬間、彼らの足場が一気に崩れた

「なっ!」

ナイトメアの足元が一気に土砂に吸い込まれる
そう、黒の騎士団が攻め入った其処は癒着による手抜き工事の感慨開拓地だったのだ
土砂により、地上の地面が一気に脆くなり、そして吸い込まれる
底なし沼、とはいい表現だ
ゼロがこの布陣を取ると予測した、星刻の圧倒的な戦略勝ちである

『十六夜、行きます!』

其処で司令室に響いた少女の声、前線にて足場を掬われていると思っていた彼らには予想もしないものだった

!今は行くな!」
『十六夜は飛翔翼がついてるから空中から攻めます!』

ばっ、と格納庫から飛び出す十六夜
完全に黒の騎士団の押されているこの状況で、一機単機で向かうのは自殺行為である

「(基本操作は全部マスターした…、あとは、応用)」

そう心中で呟き、は操縦桿を握った
一気に押し寄せてくる中華連邦のナイトメア、ガンルーの中に突っ込んだ十六夜は素早く廻転刃刀を抜いた
射撃の雨を信じられない速さで駆け抜けると同時に、その暗闇に光る刃が敵ナイトメアのなぎ倒していく
一度敵の輪から抜け出した十六夜は、今度は空中に高く舞い上がりスラッシュハーケンを地上に伸ばした
その先をガンルーに取り付けると、其処を軸にして空中で回るようにして連続射撃を試みる

「あらー、結構やるじゃない」

その戦いの様を見つめ、ラクシャータが呟く

明らかに十六夜よりスペックの劣る量産型のガンルーは逃げる間もなく爆音を響かせ、爆発
そうして再び低空飛行に入った十六夜はハドロン砲搭載のライフルを担いだ

「…ここも、応用」

トリガーが引かれ、開拓地一帯が赤く染まった
無論、エナジーを大量に消費するハドロン砲は現段階の十六夜で撃てて4発である
それでも絶大な被害を敵ナイトメアに与えられたのもまた事実だ

「…すごい威力、」

ガウェインやナイトオブラウンズの搭乗するモルドレッドと違い、ライフル型のハドロン砲の威力はそれらよりは
幾らか劣るものではあるが、その攻撃により星刻の注意が一気にに注がれる
瞬間、ゼロの声音が変わった

!撤退だ!今すぐ戻って来い!」
『撤退?』
「そうだ、撤退だ!」

その言葉に反語を唱えるわけでもなく、向きを変えるする斑鳩に後退する十六夜
黒の騎士団が向かうは天帝八十八陵、歴代の天子を祭るそこに安易に攻撃は仕掛けられないと推測した上での行動だ

「…ごめん、カレン」

一度呟き、中華連邦を睨んだは早々と斑鳩の後を追った