「…パラノイア?」
「あたしはそう聞いてるわ」

復唱し、仮面越しに眉を寄せるゼロを一瞥しラクシャータは宙を睨む
C.Cによって部屋へ運ばれたの、先ほどの異常行動
既にその核心を突いているのだろう、ラクシャータは絶対的な確信を持って言い切った

「多分シュナイゼルかプリン伯爵が完成させたんでしょ」
「…何だ其れは、」
「薬よ、精神と肉体を蝕む、素敵な薬、実験体を見たのは初めてだけど」

皮肉っぽくそう言って見せたラクシャータはソファーから上体を起こし、座りなおす
部屋内に見えるのはゼロ、藤堂、ディートハルト、玉置や扇、それから千葉と朝比奈だ
それぞれ一度眉を寄せてから、再びラクシャータの言葉を待つかのように彼女を見る
肩を一度すくめて、ラクシャータは大きなため息を漏らした

「効用は一定のある電波を流し続けることで被験体の心身を乗っ取ることが出来るってところかしら」
「被験体の心身…、そんなことが在りえるのか」
「現にあんたたちだって見たでしょ、あの子の暴走」

信じられない、と反語を口にした藤堂をぴしゃりと言いくるめるラクシャータ
ゼロは仮面の奥でただ唇を噛み締めた

「これはあたしが知ってる限りの情報だけどね、開発者は知らない、いつ完成したのかも
パラノイアは長期間に渡ってその薬を体内に取り込むことで効果を発揮するの
まあパラノイアを自ら投与されに行く人間なんていないけど…自らパラノイアを取り込むことは即ち
自身の身体を電波を発信させる人間に捧げるようなものだからねえ、」

つまりの体内にはパラノイアという薬品が投与されていて
その電波を流し、彼女の心身を乗っ取っているのがシュナイゼルで
粗方の事情は理解できたのか、玉置が怒鳴るように声を荒げた

「じゃあ、なんだってんだ、そのパラ…?なんとかっていう薬がに投与されてんのかよ!」
「そういうことでしょ、あんたが破壊したあのナイトメアが電波を流していた所謂、核よ」

唖然とした、ゼロは、ルルーシュは目を見開いた
少女の体内には今もパラノイアが充満していて、電波が流れればいつ心身を乗っ取られるかも分からない
何故、何故彼女の体内にそんな薬が取り込まれているのか、
いつ、どうやって、どうして。

「(ああ)」

ああ、そうだ、彼女にパラノイアを投与する機会なんて、時間なんて幾らでもあった
一年の月日があれば、効果を発揮するまでの許容量になるだろう
そう、投与されたのはがブリタニアに監禁されていたときだ
シュナイゼルとの接触など、その時意外考えられない

「…薬を、どうにかすることはできないのか」
「…あたしはそういうの分野じゃないんだけどねえ、できないことはないわ」
「できるんですか…?」
「今あの子の体内にあるパラノイアがマイナスであればね」

再びラクシャータが瞳を細める
疑問を口にした朝比奈は先ほど処置されたばかりの腕の傷を摩りながら返答を待った

「パラノイアには種類が二つある、マイナスと、プラス」
「…、」
「今仮にあの子の体内にあるパラノイアがマイナスの方であって此方でもう一度マイナスのパラノイアを
投与すれば、マイナスとマイナス、つまりプラスの物質に変異するからパラノイアの効果は消えるわ」
「…シュナイゼルが気付いてプラスのパラノイアの電波を流したらどうするんです?」
「無駄よ、変異したプラスの物質と元々のプラスのパラノイアとは全てが違う
粒子、原子、性質や効用が全て違うからね」

一気にそうまくし立てたラクシャータは背もたれに背中を預け、足を組む
正面で彼女を見つめるゼロは、静かに口を開いた

「マイナスのパラノイアを作れるのか?」
「時間は掛かるけど、できないことはないでしょ」

にやり、不敵に微笑む研究者にゼロは告げたのだった









ぽろぽろと大粒の涙を零したまま震える少女を見つめ、C.Cは眉を寄せた
握り締められた小さな掌は血の巡りが悪いのか、白く染まっている
ただその薄い背中を撫でてやることしかできないC.Cは兎に角彼女が落ち着くまでは部屋を後にできなかった

「…大丈夫か、
「…、」

こくり、と頷くが漸くC.Cを見る
大きな瞳に涙が溜まっているその様はまるで漆黒のガラス玉を見ているようだと、C.Cは思案した
は小さく深呼吸を繰り返し、C.Cの手を握る

「…、ごめ、ん…、もう大丈夫」
「気にするな」
「…ありがと」

指先で涙を掬ってやればはそっと瞳を伏せる
そうして開かれた先で、彼女は小さく呟いた

「C.C、怪我してない?」
「してないよ、わたしを誰だと思っている」
「ふふ、そうだよね、C.Cだもんね」

幾らか落ち着いたのか、は初めて笑みを見せた
幼さの残る少女、ちくりとC.Cは罪悪感に苛まされた
ああ、この子はきっとわたしの所為で。
しかしそれも彼女が再び口を開いたことでその思考はかき消された

「カレン、は…、大丈夫かな」
「中華連邦がブリタニアに引き渡したらしいが、あいつらがそう簡単にカレンを殺すとも思えん」
「そうだと、…いいけど」

魔女は自身の心配などせず、ただ友人の心配をする少女の手をそっと握った
きっとそろそろときは来る
金色の瞳がしっかりを捉えた

「…、お前は、覚えているか?」
「なにを?」
「あのときのことだ」
「あのときって…、」
「…お前が、嚮団に売られたあの日だ」瞬間、の表情が一変した
目を見開き、C.Cを見つめる様は動揺しているようにも見えた
きょうだん、C.Cが促した質問を復唱しては眉を寄せる

「ああ、あたし」

の脳内にノイズ掛かった映像が流れる
泣き叫ぶ少女と、微笑む人々
誰、あの子は、だれ、泣いてる、
少女の胸に押される灼熱の刻印、喉が張り裂けるのではないかと思うほどの、悲鳴
やめてやめてやめて。いたいよいたいよ。やめて。あれは。あたし。

映像がぶつり、と消えた
変わりに広がる暗闇、ここはどこ?あたしは、なんで。あたしは、だれ

あなたは、  「見 つ け た」  だれ?

「分からないよ、C.C、どうしよう、あたし何も分からない」

はぎゅう、とC.Cの指先を握って訴える

「どうして?あたし、何も分からない、なんで、此処にいるの?なんで?ってだれ?あ、あたしっ…!」

見えたのは、少年、金色の髪の毛の少年
手を引っ張ってくれてる、だれ?あなたはだれ?

「あああっ、どうしてっ!あたし、なんで…っ!此処、に」

錯乱するを押さえ込み、C.Cはをベッドに押し倒した
白いシーツに散らばる栗色の髪の毛を撫で、ゆっくり告げる

「…、疲れているだろう、もう寝ていいんだぞ」

見開かれた瞼が、徐々に落ちてゆく
目の上に手をかざしてそのあと、前髪を優しく撫でてやりC.Cは寝ろ、と促した

「し、つ…」

閉ざされた瞳、極度の精神の疲れと身体の疲れが重なったのだろう、は小さく寝息を立てて寝入った
それを確認してC.Cは苦しげに表情を歪ませる
その表情は、数百年生き続け、感情を時の中へと忘れてしまった魔女がするようなものではなかった
まるで、母親が子供に見せるような、そんな

「…、

金色の瞳は、涙が似合うようなものだった