「みなさーん!今日が最後の生徒会長、ミレイ・アッシュフォードでーす!」

陽気な声をと共に放送されるスタートの合図、
生徒は皆、思い思い帽子をゲットしたい生徒を捕獲するべく戦闘態勢に入っていた
ルルーシュ・ランペルージも例外ではなく、寧ろ教室中の人間が彼を狙っていたりする
ターゲットから最低2メートルは離れるというルールの下、シャーリーも同様にルルーシュを狙っていた

「では、スタートの前に私から一言、」

簡単にルール説明を放送したミレイは、一度瞳を閉じてマイクを握る

「3年D組ルルーシュ・ランペルージの帽子を私のところに持ってきた者は部費を10倍にします!」

早口で告げられたその追加ルールに目を見開くことしか出来ない、当のターゲットルルーシュ
教室中、否、学園中がざわめき、女子だけではなく男子までもがルルーシュをターゲットに絞った
これには引きつる表情を隠せないルルーシュに、無常にもスタートの合図が響き渡ることになる

「それではっ、スタート!」

ぱんぱん、と青空に放たれる花火と同時に一斉に生徒がロッカーに追い詰められたルルーシュの元へ、走った

「ん」

瞬間、その学園中の生徒の動きが止まった、不自然に
は顔のサイズに合わない大きな眼鏡のブリッジを指先で支え、屋上から動きの無くなった生徒を見下ろした

「…ロロか」

随分と広範囲なギアスだと思った
半ば無理やりこのイベントの参加許可を貰ったは、愉快そうに生徒達を眺め、笑んだ
ぴん、と張り詰めた糸が解けたような感覚の後、再び騒然とする学園内
はいちどに、と微笑むと軽い足取りで其処を後にした



ルルーシュが影武者の咲世子と入れ替わってから、運動音痴とされていた少年は人外的な能力を見せ始めた
飛んで、回って、走り去って、彼を知る学園の生徒は目を白黒させて次々とトラップを抜けていくルルーシュを見た
はっきり言えば、やり過ぎである
ルルーシュ、というよりもあれは人間の域を超えかけている
科学部や水着姿の妖艶部隊をあっさり抜けたルルーシュの後姿を、ロロが安堵したように見つめた

「これなら僕の援護はいらないか、」
「それじゃその帽子、貰っていい?」

ふと、独り言を呟いたロロの元に降ってくる返答
驚いて声の出所を見上げる少年の下へ、少女が軽い足取りで降ってきた

「よいしょっと、」

なんで、と眉を寄せるロロににっこり微笑んだがその青い帽子に手を伸ばした
慌ててその帽子を死守しようとするも、いつの間にか青のそれはの手中にあって
少年の瞳が鋭く光る

「どういうつもりですか」
「あたしも一応このイベントに参加してるしさ、」

ぎゅう、と帽子を大事そうに抱えたに、あからさまに表情を歪めるロロ
何を考えてるんだ、とか、何がしたいんだ、とかそういったロロの思考は残念ながらその表情からに読み取られていた

「返してほしい?」
「…当たり前です、貴方と恋人同士になってしまいますからね」

言えば寂しそうに眉尻を下げる少女に、う、と言葉を詰まらせる
もしに犬のような耳があればきっとしゅん、と垂れているだろう
ロロはぐ、と更に眉を寄せての言葉を待った

「返すからさ、前みたいに名前で呼んでほしい、な」

珍しく控えめに告げたは、そっと上目でロロの様子を伺った
一方帽子を勢い良く剥ぎ取られたせいでやや髪型の崩れた少年は、目を丸くしてを見る
何を言い出すのかと思いきや、どこぞの純情少女のようなことを言い出すのだから対応に困るものだ
があからさまに自分の様子を伺っているように見えるに、ロロはひどく大きなため息をついた

「…分かりました」
「…本当?」

大きな黒目が一瞬、不安げに揺らいだのを少年は見逃さなかった
ふいに緩んだその手中から帽子を奪い取ると、そのままそれを頭に乗せる
がぱたぱたと後ろから駆けて来るのが分かった

「ちょ、あんまり顔見せないようにしてください」
「…名前」
「…、さん」

音がするほどにっこりと微笑んだが小さく頷いた

「それじゃ、あたしも少し楽しんでくるね」

ばちん、とウィンクを飛ばしは軽い足取りで背中を見せる
確かに腰まである長い髪に、あの不自然な眼鏡であるならば彼女がであるこということは分からないであろう
が、どうみても変装しています、といわんばかりのあの格好はどうにかならないものか
というより、毎回毎回、彼女の変装は誰かの指示なのかと疑ってしまうほどである
ロロは呆れたように瞳を伏せて、踵を返した



「!」

ふいに大空を遮ったその物体にはレンズ越しに目を見開いた
確か、モルドレッドといったか
ナイトオブラウンズの一人が搭乗するナイトメアが突如、平和な学園の上空に現れたのだ
思わず臨戦体制に入っただがそのまま図書室に向かっていく機体を見つめ、あれのデヴァイザーを思い返す
アーニャ・アールストレイム、寡黙で何を考えているか分からない少女だ
彼女ならばルルーシュを捕まえるためにナイトメアまで出しそうであった
尤も、会長命令でルルーシュを捕獲しようと試みているように見えるが

小さく感嘆の声を漏らして、は図書室方面からくるりと進路を変えた
みすみすナイトオブラウンズの人間がいるであろう場所に行くのは自殺行為に等しい
今頃泣いているであろう、リヴァルの様子でも覗いてこようか
は鼻歌交じりでグランドを横断した、

「いない、なあ」

どったん、ばったん、恐らく図書室の方向から聞こえる雑音は最早無視したは眉を顰めた
自分の顔見知りの生徒が誰一人としていないのだ
ルルーシュやミレイはまだしも、シャーリーもリヴァルも見かけない
一体何処で頑張っているのだろうか、は肩を大袈裟に落として裏庭へ足を運ぶ、

「…え、」

瞬間だった、
目の前が真っ暗になる、否、目の前を何か大きなものが遮ったのだ
それが何かと確認するより早くの身体は衝撃をそのまま受けて背中から地面へと、吸い込まれる
受身を取ることもままならず、は派手な音を立ててその場に尻から落ちた

「った、」

じいん、と広がっていく鈍い痛みに思わず眉を寄せれば降ってくる少年の声、
は耳を疑った

「悪い、大丈夫か?」

手を差し伸べてきたのは、金髪の大柄な青年だった
あれ、と目の前の青年が漏らした言葉にははっとした
この顔、この髪、この姿、見覚えがあった
ジノ・ヴァインベルグ、ナイトオブラウンズの一人でトリスタンのデヴァイザーである
彼もアーニャ同様、アッシュフォード学園に入学したことは知っていた
だがこんな形で遭遇するとは、まさか誰も予想していなかっただろう
呆然と彼を見上げるに、目を丸くするジノ、不自然な沈黙が訪れた

「あ、の」

見事に尻餅をついた状態では声を漏らした
やばい、気付かれた、の脳裏にはさっと最悪の状況が浮かぶ
差し出された手を振り払って立ち上がると、はしっかりと眼鏡のブリッジを上げた

「ごめんなさい、前を見てなく、て」

痛いほどの視線を頭上から感じ取る
穴が開くほど、見られているのは認知していた
早くこの場を去らなければ、ざり、とは僅かに後退した

「あのさ、どっかで会ったこと、ある?」

どっかで見たことある、と控えめに告げられた質問に、は足元を睨んで首を横に振った
この男はそう鋭い人間ではないはずだ、曖昧に誤魔化せばきっと大丈夫だろう、はそう踏んでにっこり微笑んだ

「そんなことないですよ、人違いです」

くるりと踵を返せば見えた彼を追いかける女子生徒が目に入った
彼女達に紛れてしまえばもうあの青年が自分を見つけることは不可能だ
は背中に突き刺さる視線を無視してその場から立ち去った





結局恐らく学園で一番の被害者となったルルーシュは見事シャーリーと帽子を交換、キューピッドの日は終了した
やはりというか、それでもシャーリーの嬉しそうな表情は可愛らしくては物陰からそっと微笑んだ
ロロのあの複雑そうな表情はぜひとも保存しておきたいものではあるが
本当の本当に卒業してしまうミレイに、その場の全員が彼女に感謝を述べる
にっこりと、最後まで彼女らしく微笑んだミレイは明るくその帽子を空へ、投げたのだった

「…、」

あの輪の中に、いれたらどんなに幸せなことだろう
それでも反逆者として彼らを裏切ったにそれは叶わぬことであって
は頭に乗っていた帽子を取ると、静かに足元に置いた


「あら?」

興奮さめやらぬ校内で、ぽつんとその場に置かれただけのピンク色の帽子を見つけた
物陰に、こちらを見ているような帽子を手に取ってそれにまだ体温がほんのり残っていることに気付く
誰のだろう、見る限り生徒達はまだ各自の帽子を頭に乗っけているままだ
ミレイは穏やかな笑みを浮かべて、空を仰いだ