ルルーシュの蜃気楼が捉えた生体反応は、初めV.Vがいたポイントからであった
まさかあのポイントに戻っていたのは露知らず、ルルーシュは割れた岩の間から機体を滑り込ませる
見えたのは、見知った紫色のナイトメア、
目を見開いた
「っ!」
静かに、ナイトメアが此方を向いた
そうして浮き上がった十六夜は、右手にライフル、左手には廻転刃刀を構えて一気に蜃気楼に飛びかかってきたのである
あまりの突然なことに防御がうまく使えない、蜃気楼は十六夜に押されたままそのポイントを弾き出された
「!!」
まさかまたあのパラノイア、とでもいうのだろうか
しかし今此処に電波を発するというナイトメアは見つからないし、第一シュナイゼルは関与していない
ならば十六夜にV.Vか他の人間が搭乗している、という線もあった
ふ、とルルーシュの眼前にあるモニターに良く見慣れた少女が映る
『ゼロ、貴方を排除する』
だがその声はきき慣れた、あの柔らかく高いソプラノではなかった
抑揚のないまるで機械のような淡々とした口調、真ん丸い黒の瞳は淀んで、僅か朱を指していた
「!何をしている!やめろ!」
『貴方はV.Vの邪魔となる、排除する』
長いスラッシュハーケンが蜃気楼の腕を捕らえた
かと思うとハーケンは縮み、一気に十六夜がその距離を詰めて廻転刃刀を振り上げる
絶対守護領域によって弾かれた廻転刃刀は鈍い音を立てて地面へ吸い込まれるも、ライフルの銃口はが蜃気楼へ
躊躇することなくトリガーは引かれ、なんとか軌道をずらそうとしたが左肩を損傷する
そのまま十六夜の脚部は蜃気楼に幾度となく打ち込まれていき、機体ダメージは加算していった
「…っく、」
に何があったかは知らないが、このままでは本当に彼女に殺されてしまう
何度も何度も撃たれるライフルから逃れることで手一杯の状態ではV.Vさえ捕らえられない
長いスラッシュハーケンが再び蜃気楼と捕らえると、少女は不気味な笑みを浮かべた
『終わりだ』
兎に角十六夜の動きは早い、機能性を重視したラクシャータの自信作とは頷けるものである
勿論デヴァイザーの腕も関係するナイトメアの動きはまったく不規則で、分析のしようがない
ルルーシュはいたしかない様子で至近距離にある十六夜の飛翔滑走翼目掛けてハドロンショットを撃ち込んだ
『っ、』
自身で目一杯近づいて続けた攻撃が仇となり、十六夜の飛翔滑走翼は見事に撃ち落されたのだった
右翼がまるで使い物にならない十六夜はそれでも諦めないとでもいうかのように腰に装備されていた
輻射破動砲を構え蜃気楼に撃ち込むも、それは絶対守護領域により僅か脚部を掠っただけに終わる
「、悪いが今はそこで大人しくしていてくれ…!」
『貴様!』
地面へ吸い込まれた十六夜から悲痛なまでのルルーシュを蔑む声が響く
何があったのというのか、が自分に銃口を向けるなど、ありえてはいけないことが、どうして
ルルーシュは崩れた十六夜を苦しそうに見つめ、今度こそV.Vを追い詰めるべくポイントへ入った
V.Vはやはりポイント内にいた、紅い絨毯に這い蹲るようにそこにいた
しかし瞬間、神根島のあのときのように、ショックイメージが蜃気楼を包んだ
「しまった…!これは神根島の!」
ふと、十六夜のコックピット内にいた少女の意識の糸が、ぷっつりと切れた
ふらりと、見慣れたはずの其処を歩く
見たことがあるこの光景、あたしは全てを強いられ、人間としてではなくいい材料としてここにいた
一度送られたあの施設では何人もの同い年の人間が死んでいった
それは辛すぎる訓練の元で、寂しさに泣き、愛に飢え、みんなみんな、あたしを置いて死んでいった
気付いたらあたしは一人しかいなかった、そうしてまた、此処に戻ってきたのだ
生きるということを知らないあたしに、V.Vは生きる意味を与えてくれた
此処にいい思い出はない、毎日毎日得体の知れない点滴を打たれ、限られた食事と睡眠に縛られて
だけど苦しいと、感じる機能すらないあたしに、それを苦だと知らせる術はなかった
「…」
あたしはいつしか知った、人の生きるという儚さの下で、願いとか祈りがあることを
呼吸をして物を食べて寝るだけの、お人形
あたしは願いを欲しかった、祈りとかそういうものが、欲しくなっていた
V.Vがあたしの中の全てを消したあの日、あたしは此処を逃げ出した
本能的だったのだと思う、そして逃げているうちにあたしはその力を知った
見えるもの全てを捻じ曲げてしまう、人外というべきに等しいその力を
落ちたって死なない、脚に意識を集中すれば地面はまるで綿のように柔らかくなり衝撃は訪れない
銃弾だって跳ね返せる、鉈で腕を切られようとも腕はまるで鉄のように硬くなって切れることはない
あたしはV.Vからの生きるというギアスに、生きながらえるというギアスを母親に貰ったんだと思う
「お母さん…」
貴方は何をしようとして、どうしてあたしを産んで、死んでいったの?
あたしに生きろと、言うのですか、悪魔のようなこの人間に。生きろと
「る、ルルーシュ、」
祭壇の奥に見えたのは、見慣れた黒髪、ああルルーシュだ、唯一あたしを知ってくれる、ルルーシュ
彼はあたしに気が付くと驚きに目を見開いて、叫んだ
「やめろ、!!」
そのときあたしは初めて銃を構えていることに気が付いた
銃口のその先には、ルルーシュが、身体は言うことを聞いてくれずに指先がトリガーに掛かる
「や、やだっ!やめてよ!いやだ!」
必死に自由な右腕でそれを押さえ込む、ルルーシュが信じられないといった表情を浮かべてあたしを見る
やめて、あたしは、ルルーシュを護るために生きるんだ、彼を殺したくはない!
いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!…いやだ!
殺したくない!ルルーシュを、護りたいだけなのに!いやだ!やめて!V.V!!
「いやあっ!!」
弾かれた左腕、がちゃん、と地面に転がった銃が鈍い音を立てた
「…」
静かに此方に近づくルルーシュに、涙が溢れた
ああ、あたしの存在理由が、まだ、彼を護る事にあるんだ、その事実が、暖かくて
「るっ、る、しゅ…!」
倒れ込むように抱きついたあたしをルルーシュがやんわりと抱きとめてくれる
暖かい、ルルーシュだ、ぎゅうぎゅうと抱きつくのだからきっと痛いはずなのに
背伸びして届いた彼の薄い胸板に顔を埋める、泣きじゃくる
「るる、しゅ!…うえっ、ああっ、…ルルーシュ!」
よかった、あたしはまだ貴方のために生きられるんだね、貴方のために死ねるんだね、貴方の傍にいられるんだね
そっと顔を上げればルルーシュは優しく微笑んで、頭を撫でてくれる
もう一度だけ、強く強く抱きついて彼から離れた
「…ごめん、ルルーシュ、あとで、全部、話す、ね」
「ああ、分かった…それと、」
そこで初めて祭壇上にC.Cがへたり込むように座っているのに気が付いた
彼女なら何か知ってる、もう全部話してもらってもいい頃のはずだ、C.Cに全部話そう
そう思案して近づいた瞬間、C.Cはその金色の瞳を目一杯見開いてあたしから後ずさった
それから怯えるように身体を縮こませてかたかたと震え始める
目を疑うとは、このことだろうか
「し、…C.C?」
「…恐らくC.Cは記憶を失っている」
苦々しく告げたルルーシュに、眉を寄せた
何があったのだろう、V.Vは、何故C.Cの記憶が、ただ混乱した思考回路は何も考えられない
眼前に見えるあたしとルルーシュの存在に怯えるだけの少女に、唇を噛んだ