合衆国憲章批准の式典も終わった
無事に、とは言えないだろう
消息を絶っていたブリタニア皇帝が突然現れ、宣戦布告とも取れる言葉を残したのだ
ゼロはどう出るつもりなのだろう、少年は一人、自身の搭乗するナイトメアに手を当てた

「…兄さん」

ギアス嚮団で、ギアスの殲滅を行って以来まともに顔を合わせていない
彼はまた、ナナリーを助けるために策を練っているのだろうか
無意識に、眉を寄せた

「っ、…、ぅ」

ふいに自分しかナイトメア収容庫に第三者の声が聞こえてロロは息を呑む
仮にも黒の騎士団内にいてもロロはその幼い頃からの習慣で思わず殺気だった
声がしたのはすぐ傍だった
足音を立てないで、そっとうす紫色のナイトメアの後ろを見た

「…、」

蹲っている、少女が一人、必死に嗚咽を殺しながら
長い栗色の髪の毛に彼女が誰かだなんてすぐに分かった
だけど何故泣いているのかなんて、ロロが知る由もない
ロロがが泣いているところを目撃するのはこれが初めてである
いつも愉快そうに笑っているだけの少女は、小さく小さく蹲って、一人、泣いていた

「…」

声をかけるべきか、迷った
ロロにとっては危険人物の一人である
ギアスが聞かない、身元の分からない怪しい少女
ルルーシュがをこれほど大切にしていなかったら彼女は今頃ロロの手によって殺されている
それでも時折見せる優しい笑みに、ロロは警戒心を解いていたのは事実だ

「…何してるんですか」

ぽつり、と呟くように告げれば、の嗚咽は一瞬止んだ
それから震えた息を一度飲み込んで目元を強く擦った

「…あたし、間違ってるよね」
「は?」

言い聞かせるように呟いたに、ロロが眉を寄せる
顔は見えない、けれど声は震えていた

「…どうしたら、いいのかなあ」

見上げたに、ロロは言葉を飲み込んだ
泣いているのに、笑ったような、の瞳は涙でいっぱいだった
は困ったように笑ってから、また大粒の涙をぼろぼろと零して表情をゆがめる
思わず屈んで彼女の身体を支えようとすれば、ゆっくりとはロロにもたれかかった

「ふっ、…ぅえええ、う、…っ、ふええぇ」

今まで声を殺した分、は素直に声を出して泣いた
ひっくひっくと、自分の胸の中で揺れる少女にロロは困惑して、それを払い退けることも擦ってやることもできない
ロロには、どうすればいいか分からなかったのである

「うぇえ、ふぅ、…っ」

ロロは初めて、自らに触れた





「…、ごめんね、ロロ」

ずび、と鼻を啜ったは真っ赤に腫れた瞳で小さく笑って見せた
痛々しいその笑顔に、ロロは何も言わない
結局誰に会うかも分からないあそこでを泣かしておくこともできずこうして自室へ招き入れたロロ
この行動には誰よりロロ自身が驚いていた

「ん、…駄目なんだよね、あたし、泣いてすぐ誰かに縋って…」

泣いて縋ることなんて、ロロにできるはずもないことだった
はすん、と肩を揺らしてから自身の手に視線を落とす

「本当、馬鹿みたい、情けないよね」

の言葉はロロの心を急激に冷やしていく
誰の手も借りず、たった一人で血塗れて生きてきたロロにの言葉はあまりに幸せすぎたのである
少しだけ穏やかになったと思って自室に入れたがすぐに追い出そうと、ロロは奥歯を噛んだ

「ルルーシュに会って、初めて人の暖かさを知って、だから、頼りたくなる」

ぽつりと呟いたに、ロロは初めて彼女の言葉に興味を示した
彼女は言った、初めて人の暖かさを知ったと
ロロも同じだ、ルルーシュに初めて人の温かみを教えてもらったのだ
知らないだけでロロはてっきりはこれまでどんなに幸せな日々を送ってきたと思っていた
少しだけ、ロロはの過去に触れてみたいと、思った

「…初めて?」
「初めて…、人なんて、あたしが知ってる人なんて、全部あたしの、この手で…」

殺してきたもの。

の黒の瞳が、一瞬冷えたものに変わる

「…V.Vは色々あたしに教えたらしいけど、覚えていない、身体は無意識に覚えているから人の殺し方を知ってる」
「…」
「ロロには、特別に教えてあげるね」

は静かにそう言って身体をロロに向けた
ロロの瞳が、困惑しているようにも見えた

「あたしもギアスを持ってるんだ」
「なっ、」
「ただ、ルルーシュとも、ロロとも、全然違うギアス」

小さく微笑んだ

「生きるというギアス」

このギアスはV.Vから貰った、今はもう彼は死んだがそのコードはシャルルが受け継いだ
彼が生きている限りが死ぬことは許されない
シャルルがの全てを知れば、V.V同様彼女の生存理由を書き換えることは可能だ
だがルルーシュには言わなかった
これ以上彼を混乱させたくなかったからである

「あたしのギアスは命と直結してる、だから誰のギアスもかかることはないの」
「…命と直結してる、なん、て」

ロロが混乱するには十分過ぎる話
は小さく自嘲気味に笑みを浮かべてロロの手に触れた
温かい手、ロロもも、二人とも、生きているのだから

「あたし、生きてるよね、V.Vに生かされてるわけじゃない、生きてるよね」
「…」
「本当は死にたかった、こんな命…、だけど今は感謝してるよ、この命は誰かを護るためにあるんだ」

ロロがを見た

「ロロが思うように、あたしもルルーシュを護りたい、大切だから、誰も失いたくない」

には勝てないと、ロロは思った
あまりに真っ直ぐすぎる瞳と、そしてのその過去は自分に類似していた
しかしそれでもはロロにさえ、手を差し伸ばしてくれた
眩しく生きている彼女は、自分の過去から逃げようとはしなかったのだ

「ルルーシュに、謝らなくちゃ…、」
「喧嘩したんですか?」
「…喧嘩っていうかあたしが一方的にね」

あれだけ高ぶっていた感情も、関係のないロロに、関係のない話をしているだけで落ち着いた
馬鹿げたことをしていたのだ、自分は、ロロが何も言わずに聞いてくれているおかげで気づくことが出来た

「なんか、ロロと居たら落ち着いた、ありがとう」

いや、自分は何もしていなかった
ロロは人に感謝されることに慣れてはいない
何も言えずにいると、がにっこり微笑む

「こういうときはどういたしまして、って言うんだよ」
「…ど、どういたしまして」
「うん、ありがと」



「もうすぐ大きな戦いが始まる、ロロも気を付けてね」

帰り際、がそう言ってロロを見る
ロロは感謝されることと同時に心配されることにも慣れていない
自分ひとりの身体に、何故他の人間が干渉するのか分からなかったのだ
でも今なら、なんとなくだけど、判る気がした

「あたしはロロも、大切だから」

微笑んだに、ロロは小さくありがとう、と呟いた