ぐらぐらと視界が揺れる
頭の奥がぼう、と熱くなるのを何処か遠くで感じていた

「おめでとう、さようなら」

いつもより嫌味を含んだC.Cの声が前方から聞こえ、あたしはそっと顔をあげる
珍しく私服姿のC.Cはあたしに気づくと、少しだけ驚いたような表情をした
訳が分からず、近寄ってくるC.Cが歪んだ景色に一人寂しく笑みを浮かべているようにも見えた

「悪いな

それだけ言うと、あたしの横をするりとすり抜けてこつこつと歩みを進めるC.C
彼女を追う気力も出ず、とりあえずルルーシュに訳を聞こうと目の前に迫った扉に歩み寄る
やっとの思いで扉を抜けた瞬間、あたしの身体が空中に浮いた

!?」

奥にいたルルーシュはあたしに気づくと驚いた表情をして素早く駆け寄ってきた
しかしそれより早く、あたしの身体は豪勢な床と正面衝突した
幸い倒れる寸前、膝から崩れたあたしは顔から床に当たる事はなかった

!?どうしたんだ?大丈夫か?」
「…ルルーシュ、C.Cが、」

其処まで言って意識がぷつりと途切れた





「…ん」

大きな黒い瞳がまず最初に捉えたものは、最近よく見るクラブハウスの白い天井
焦点が暫く合わなかったが、その内やっと光を取り戻してくる

「…あれ」

ぽつりと呟いた言葉は、窓から差し込む月明かりしかない部屋に響く事も無く消えていった
ようやく自分がベッドに寝かされている事に気づいたは、ずきりと痛んだ頭をぐっと押さえ込む
やはり風邪を引いたのだろうか、思考回路の働かないが唯一出した考え
あの時、いきなりキスをしたスザクの所為と決め付けたは、重くなる瞼に逆らうことなく瞳を閉じた










「起きたか」

低く響く声に、は再び薄く瞳を開いた
今度は眠りが浅かったようで、すぐに視界が広がった

「ルルーシュ?」
「ああ、熱は大丈夫か」

言って近づいてくるルルーシュを見れば、しっかり制服を着込んでいた
そっと冷たく白い掌が額に当てられ、は思わず気持ちよさに瞳を閉じる
そんなにルルーシュは早くなる鼓動を抑え、やはりまだ熱い額に眉を顰めた

「とりあえず今日は大人しくしていろよ」
「うん、ごめんねルルーシュ」
「何を…、それと今日はC.Cがいないからな」

そうなの?と言いたそうな瞳に、ルルーシュは首もとのボタンをぷちりと付けると、静かに立ち上がる

「今日は使者として中華連邦に行ってもらっている」
「そうなんだ、よかった」
「え?」
「昨日ね、ルルーシュとC.C喧嘩してるみたいだったから…」

にこりと笑みを浮かべたは、それと、言葉を付け足す

「シャーリーの記憶…ルルーシュがしたんでしょう?」

読み取れない悲しそうな笑みに、ルルーシュはただ頷くしかなかった
それを見たは、そっか、と呟くと、口元まで布団を被る

「あと、…いや、」
「何?」
「一応話しておこう、マオのことなんだが」

もう会うことも無いだろうが、シャーリーを悲しませた奴だ
ルルーシュは簡潔的に彼のことについて話した
はそれを小さく頷きながら、時折悲しそうに目を伏せる

「そいつが…」

そこまで言って言葉を途切らせたは、数回瞬きをしてからにっこり微笑んだ

「うん、いってらっしゃい」

思わず抱きしめそうになる衝動を必死に押し殺し、ルルーシュはそっと部屋を出る
扉の直ぐ横に腰を下ろしたルルーシュは、紅く染まる顔をぱち、と叩いた

「何をしているんだ、俺は…!」

ふるふる、と首を振って、ルルーシュはいきおいよく立ち上がる
今だ熱を持っている頬に、軽く掌を当てたルルーシュは扉の奥から聞こえる布団の擦れる音を聞いて口元が緩むのに気づいた
もう一度今度は強く頬を叩き、ルルーシュは立ち上がった

扉の前から気配が遠くなっていくのを感じたは、薄く瞳を開く
複雑な気持ちが絡み合う中、は唇をぎゅっと噛んだ

「やっぱりルルーシュが…」

シャーリーのあの純粋な表情がを更に苦しませている事に、ルルーシュは気づかない
再び毛布に包まれば、瞼が自然と重くなってくる
なんとなく感じる倦怠感に軽く舌打ちして、はそっと瞳を閉じた




いやだあ!たすけっ!やだああ!

名誉なんだ、嫌がることは無い

神様はよっぽどわたしのことが、嫌いなんだね

僕は君のこと好きだよ




「…っ!!」

がばり、と自分でも驚くくらい、いきおいよく起き上がる
肩で息をしながら、汗ばんだ額を拭う

「…なんでっ、今更…」

昔の記憶ほど思い出して気持ちいいと思わないものは無い
今だ微かに脳内に響く声が、ひどく吐き気を伴った
あたしはとりあえず呼吸を整え、そっとベッドから起き上がる
先ほどより熱い身体に、また熱が上がったのだろう、と机に置いてある体温計を取ろうとした瞬間だった

「…なに」

感じた事のない気配を感じる
それは確実に今あたしのいるクラブハウスに近づいていた
そして何よりその気配が憎悪に満ちたものだと、あたしは感じ取った

「ナナリー…」

リビングにいるであろうナナリーを心配し、あたしは重い足取りで部屋を出る

「…さん?」

しゅん、と扉を抜ければ折り紙の鶴を大事そうに持っているナナリーは反応した
困ったような、そんな表情の彼女は静かに車椅子をこちらに持ってくる

「あの、お身体は大丈夫なんですか?お兄様がさんが風邪をひいたと…」
「ん、大丈夫だよ」

言ってみてから、独特のだるさが襲う
しかし此処で心配を掛けまいと、あたしは必死に明るい声でナナリーに返答していく
それでもどこか心配そうなナナリーは、そっと椅子を勧めてくれた
ありがとう、と座ろうとした瞬間、あの気配が扉のすぐそこまで迫っている事に、あたしはようやく気づいた

「誰…!?」

鋭い声色で扉に向かって叫ぶ
ナナリーが困惑した顔をしているのが視界の端で見えた

「おーすごい、すごい、よく僕がいるのに気づいたねえ?」
「…お前は…?」

ぱちぱちと手を叩きながら扉を抜けてきたのは、身体中包帯を巻かれ、大きなサングラスを掛けた男だった
にっ、と笑みを深くした男に、あたしは小さく構える

「用は君じゃなくて後ろのナナリーにあるんだけどなあ」
「…、ナナリーに近づいてみろ、ただじゃおかない」
「ふーん、威勢だけはいいねえ、そんなに足ふらふらしてるのに」

飄々とした口調は変わらず、しかし棘を感じる
あたしは時折ぼやける視界を、精一杯開いて男を見構えた

「だけど…っ?」

男の表情が一気に固くなる
警戒は解かないまま、あたしは眉を顰めた
暫く固かった男の表情は、あたしが机に手を付いたのを合図に笑みに変わった