タイミングが悪すぎたのかもしれない
あんな夢を見た直ぐその後にこんな厄介な男に遭遇してしまうなんて
ぼう、と重い頭の隅でそう思った
ぐらりと視界が歪んで、は思わず隣の机に手を付いた
その瞬間、目の前の男は更に笑みを深くして手を叩いた
「いいねえ、すごくいいよ、――」
「なっ」
まさかが名乗るはずも無いのに、男は彼女の名前を呼んだ
眉を顰め、敵意を剥き出しにしただが、身体のだるさは一向に抜けなかった
しかし次の瞬間の出来事に、息を呑む
「さんには…触れないで下さいっ」
「ナナリーっ!?」
「ふーん、庇うんだを、足も目も使えないくせに?」
その言葉に、全身の血が上るのを感じ、思わず目の前に出てきたナナリーを避けようとしただが、それも敵わなかった
両手を広げ、を必死に庇うナナリー
その腕は、彼女の決意のように強かった
「私に用があるのでしょう?さんは今万全ではないんです、そんなさんに手出しはやめてください」
きっぱりと言い切ると、男は一瞬笑みを消す
だが嘲笑うかのように口角をあげると、の目の前のナナリーをいきおいよく自分の方に引っ張る
そんな動作にさえ反応できなかったは、ナナリーが部屋から出されるのをただ見ている事しかできなかった
「二人っきりになれたねえ、」
「……」
何故、自分の名前を知っているのだろうか
その疑問しか浮かばない
―マオは相手の思考を読める、厄介な奴だ
瞬間、ルルーシュの言葉が脳裏をよぎった
「お前がマオか…?」
言えば、表情をぱっと明るくさせ、大きく頷く
「嬉しいなあ、僕のこと知ってるの?あ、ルルに聞いたんだね?」
「(やっぱり…)」
しかしそうだとすると、一つおかしな点があることには気が付いた
何故、今の自分の思考は読めないのだろうか
否、読めているのかもしれないが、態度に出さなさ過ぎる
あのルルーシュが苦戦した相手だ、次から次へとルルーシュの思考を口にして彼を混乱させていたに違いない
「…なんで」
まさか読めていないのだろうか
その疑問はマオの次の言葉で確信に変わる
「C.C以来だよ、君みたいな人は!」
「…C.C以来?」
「そう!、僕と友達になろう」
唐突な申し込みをとりあえず無視して、はC.Cの名前があがったことに着目する
C.Cはルルーシュのギアスも効かない、もしそれがマオのギアスにも同じだとしたら
「お前はあたしの思考が読めないんだな…」
「そうだよ?」
だが以前笑顔のマオは、そっとサングラスを外す
その瞳に独特のマークが浮かび上がっているから、は少しだけ目を見開いた
しかし再び襲う目眩にも似た症状に、必死に耐えた
「辛そうだねえ、」
「…黙れっ、…はっ、」
「…、僕と一緒においでよ」
優しい声色だった
「C.Cは僕を見放してしまったんだ、だから君しかいない、僕と一緒にいてくれる人は」
―マオはギアスをオフにできない、だから常に周りの思考が読めてしまうんだ
こういうことか、とは眉間に皺を寄せてマオを睨む
マオは笑みのまま、静かにに近づいてきた
ばっ、と素早く距離をとっただが、その所為でぐらりと視界が傾く
そのまま膝が折れ、崩れてしまったは、床に手を付いて近づいてくるマオの気配に固く瞳を閉じる事しかできなかった
「ねえ、、僕と一緒においで?」
「…何を言ってっ、お前なんかとっ」
ぎろり、と睨むとマオはを見下ろして言い放った
「いいのかなあ?僕にそんな口聞いて…」
「…?」
訳の分からないはいやに強気なマオに不信感を持つ
その後すぐに降りかかる言葉に、はさっと血の気が引いたのを感じた
「…ルルとかC.Cに言っちゃうよ?――…君がずうっと、罪を償わないまま生き延びている事とか」
「!!?」
驚くほど肩が揺れる
何故、何を言っている、この男は
「僕ね、知ってるんだ、今のの思考は読むことはできないけど、君の頭の奥に眠っている一番強い記憶
それだけはあまりにも強いからかね、自然と僕に流れ込んできたんだ」
優越そうに話すマオの瞳には、目を見開いているがしっかり映っている
「…例えばね、対価のこととか、あの日の罪のこととか」
の脳裏に浮かぶ、暗闇
辺りは真っ赤なもので埋め尽くされていて、ひどい鉄の匂いが鼻をさした
そして中心には、大好きだったあの笑顔
―ごめん
その笑顔さえも真っ赤に染まっていた
「っいやあ!」
自分の身体を抱え込むようにうずくまる
その小さな肩は小刻みに震えていた
それを満足そうに見下ろすマオは、そっとしゃがみ込んでに声を掛ける
「ねえ、、もっと教えてあげようか?君がイエスと言うまで」
マオの声も、にはほとんど届いてはいなかった
ただ黒の瞳は宙を彷徨いながら、あの日のさえも彷徨っていた
「…いいのかな?あんなにも君を大事にしてくれていた彼ににあんな仕打ち」
やめて、
「君はずっと独りのはずだったんだよ?」
やめて、
「その罪さえも償わないまま、対価と言う口実で生き延びてるんでしょ?」
「やめてえっ!!!」
叫ぶはぱたぱたと床にシミを作る
震える肩は更に大きく震え始めた
「、聞いて、このこと秘密にしてほしいと思わないの」
「…」
「僕ならの苦しみも全部全部分かってあげられる、秘密にもしてあげられるんだよ?」
大粒の涙を伝わせながら、はそっと顔をあげて至近距離にあるマオの瞳を見つめる
光を失った真っ黒の瞳は助けを求めているように、マオに映った
この暗闇から、絶望から、苦しみから、
涙は止まる事を知らなかった
「いやだよね?知られるのはさ、…だから僕とおいで、」
差し伸べられた手を視界の端で捕らえると、の意識は其処で途切れた
の小さな身体を大事そうに抱えあげたマオは、白い頬に残る涙の痕を優しく拭いてやる
にっ、と笑みを浮かべたマオは部屋をあとにした
*
だん、と強く机を叩く
その所為で折鶴が数羽床に落ちた
「っくそ!」
ナナリーは愚か、までもクラブハウスから消えている
熱で寝込んでいる彼女が自分から何処かへ消えるはずがない、
しかしそれが意味するのはマオが関与しているということだった
「くそっ!」
もう一度机を叩く
拳に残る僅かな痛みさえも、今のルルーシュには届かなかった
『はね、僕といる事を望んだんだ』
マオの電話の最後の言葉
それが脳内に響いては消え、響いては消えていく
ナナリーも勿論心配だ、だがのことも気がかりでしょうがなかった
「(がマオといることを…?そんなはずはない、…が)」
今は一刻を争う事態だ
ルルーシュは深く考える事を止め、僅かな手がかりを元に部屋を出た