そっとをベッドに降ろしてやる
かたかたと震えていたの小さな身体は、今は疲れて寝てしまっている
しかしくっきりと残る涙の後が痛々しく、ルルーシュは眉を顰めた

「…、何があったんだ」

はね、一番大切な人を自分の手で殺しているんだ

マオの言葉は何度振り払っても彼の頭から離れてはくれない
優しく白い頬をなぞり、毛布をかけた瞬間、扉がしゅんと開く

「…寝ているのか」
「ああ」

中華連邦に行った時の格好のままC.Cは扉に寄りかかっていた

「マオは…」
「…もう片付けた」
「そうか…」

かつん、とC.Cがこちらに近づくのが分かった
正確にはに、だが
そしてルルーシュの隣まで来たC.Cは、悲しそうなそんな瞳でを見下ろす
の頬に掛かる栗色の髪の毛をそっとどけてやると、C.Cは今だ残っている涙のあとを静かに拭いた

「…大丈夫なのか、は」
「分からない、…だがマオの話によれば…」

は"大切な人"を殺めた

ルルーシュはぐっと拳を握った
それに気づいたC.Cは、くるりと身体を反転させる

「なんだ、それほどが心配か?」
「当たり前だろう、お前だって…、…」

そこまで言って視線を泳がせるルルーシュ

「お前にとっては駒、なのではないのか?そんな気を使う必要も無いだろう」
「っ、駒など…」
自身言っていたぞ、自分はルルーシュの、ゼロの駒なのだと、だからそれ以上もそれ以下の感情も抱かないとな」

ばっとC.Cに振り返ったルルーシュは、彼女の言葉で開きかけた口を閉じる
C.Cは顔にかかるエメラルドの髪を耳に掛けると、静かにルルーシュに顔を向けた
ルルーシュはただ、その金色の瞳を見つめる事しかできなかった

「お前の言葉では救われるかもしれない、しかしそれをくだらないプライドで潰しているな、お前は
…この際覚えておくといい、―いつまでもが此処にいると思うな」

ぎらり、と光った金色の瞳はC.Cが振り返ることにより、エメラルドの髪に変わる
そのまま部屋を出て行ったC.Cの言葉がマオの言葉と動揺、頭に反響していた

「…っ」

言いようの無い感情に取り巻かれ、ルルーシュは小さく舌打ちする
その時、微かではあったが、が小さく何かを発した

「…る、しゅ」
っ!?」

少し腫れた瞳から覗く黒い瞳はしっかりとルルーシュを捉えていた
すぐさま膝を折り、彼女に顔を近づけ、一字一句聞き逃さないようにルルーシュは耳を澄ませる
掠れた声は今にも消えそうな声だった

「ルルーシュ、あ、たしの傍に、いてくれる…?」

泣きそうな表情のは振り絞るように言葉を繋いだ

「あたし、…ずっと秘密にしてて、でも、知られたら怖くって…」
「ああ」
「こんなあたし、る、ルルーシュに、必要…?」

その表情があまりにも悲しそうで、悲痛なものだったから、ルルーシュは胸の奥が締め付けられるような錯覚に陥った
横になったままのの細い身体を力いっぱい抱きしめる
そしてかみ締めるように、彼女の耳元で口を開いた

「俺には、…俺にはが必要だ、今までもこれからも」

小さくがありがとう、と言うのがルルーシュの耳元で聞こえた
そっと彼女を開放してやると、小さな涙を目じりに浮かべたは、アメジストの瞳をじっと見つめる
そして思い立ったように口を開いた

「…マオの言葉に偽りはない、あたしは、殺したの、大切な人を…っ」
「…」

の話しを声も出さず、じっと彼女の瞳を見つめながら聞くルルーシュ
零れそうな涙を必死に堪え、は拳を握った

「…ごめんね、今は何も言えない、だけどその時がきたらルルーシュには全てを話すから、今はもう何も聞かないで」

その言葉に小さく頷くと、ルルーシュは乱れた毛布を整える
そして栗色の柔らかい髪の毛を優しく撫で、これまでにないくらい優しい笑みを零した

「分かった、その時まで、俺は待ってる…だから今は何もかも忘れて休むんだ」
「うん、ありがとう…ごめんねルルーシュ」
「…何に謝ってるんだ?ほら、早く寝ておけ」

小さく笑みを浮かべたはそのまま瞳を閉じる
すう、と寝息が聞こえ始めたのを確認すると、ルルーシュも部屋を後にした











目覚めはバッチリ、重かった身体もいつものように軽くなっている
腫れていた瞼も、今は腫れも引いて黒い瞳を覗かせていた

「よっし、」

久しぶりに制服に身を包んだは、机の上にある鞄を手に取ると扉に向かった
しかしそれより早く、扉は音を立てて開いた

「もういいのか、身体のほうは」
「あ、おはようC.C、早いね」
「…質問に答えようとはしないのか」

怪訝そうな金色の瞳に睨まれ、は慌ててごめんごめん、と手を振る

「うん、もう全然大丈夫、心配掛けてごめんね」
「そんなことはない、それより…」
「大丈夫、いつまでもサボってるわけにはいかないしね」

一瞬宙に彷徨ったC.Cの瞳だが、は明るく締めくくった
にっこり微笑むと、扉に寄りかかったままのC.Cの手を引いて部屋を出る

「学校行くの久しぶりだなあ」
「たまには休めばいいものを、病み上がりという言葉を知らないのか」
「知ってますー、だってもう大丈夫なのに休むわけにはいかないもん」

しゅん、とリビングの扉が開いた
鼻を刺激するコーヒーの匂いと、テレビから漏れる音がリビングを支配していた
そしてテーブルには既に着替え終わっているナナリーとルルーシュの姿
ナナリーはに気づくと、慌てた様子で持っていたカップを机に置く

さん、もうお身体は大丈夫なのですか?」
「うん、バッチリ、心配掛けてごめんね」

の手から抜けたC.Cはとっととダイニングに消える
ピザはないと思うけど、と呟くは、ルルーシュの言葉で視線を戻した

「もう学校行けるのか」
「…うん、大丈夫」

微かにナナリーのときとは違う笑みを零したは、彼女の横の椅子に腰を下ろす

「随分身体動かしてないから、動きづらいなあ」
「スポーツの秋ですからね、運動なら授業でたくさんできると思いますけれど」
「ははっ、そっか、でもできれば長距離走はいやだな」

笑いが零れる朝の風景
日常が戻ったな、とルルーシュは頭の隅で呑気なことを考えていた





なんの問題もなく、授業を全て終えたは中庭に来ていた
一限目の美術には思わず笑いを誘ったが、それ以上に自分を心配してくれていた友人には感謝した
しかし遠くで何処か居心地の悪そうなスザクだけが気がかりだった

「たしかここら辺だと思うんだけど…」

放課後になりすぐ、スザクの気配は中庭に消えた
はまさか、と思いながらもいつかもスザクと一緒に体操着を洗った場所を目指した

「…」

水音が絶えず流れている、日光の遮断された場所に彼はいた
じゃぶじゃぶと、自らの体操着に水をかけ、スザクは手を動かしていた
そんなスザクを少しだけ寂しそうに目を細めたは、極力彼に気づかれないように後ろまで迫る

「スザク」

声を掛けるとびくりと揺れる肩を見て、自分に気づいていなかったことを悟る
恐る恐る振るかえるスザクに、は笑みを浮かべた

「久しぶり」
「ひ、さしぶり、もう身体大丈夫なの?」
「うん、おかげさまで」

はスザクに色々と聞きたい事があった
キスの事もそうだし、マオの言葉のこともある
朦朧とした意識の隅で、が捕らえた言葉
―離せよ、この父親殺し!
だがこみ上げる言葉とは裏腹に、の口から出たのは簡潔なもので

「手伝うよ」

その言葉に驚いたスザクもスザクで、に言いたい事はたくさんあった
キスの事、そして昨日のこと

「あ、のさ」
「うん?」

自分の腕から体操着をとったは、袖を捲くり、先ほどの自分と同じように水に腕を沈ませている

「この間はいきなりごめん」

それに一瞬だけ反応しただが、すぐに笑みを戻す
スザクはの様子を伺っているかのように見えた

「…別に気にしてないから大丈夫」
「そっか」
「…―嘘、ちょっとびっくりした」

ばっ、とスザクはを見やった
はいつものような笑みを零して、水に濡れた人差し指でスザクの額を小突く
反応の遅れたスザクは、額から一筋の水を伝わせることになる

「あれはどういう意味なの?」
「…え、どういう意味って…」
「軽はずみ?面白がって?意識がボーっとしてて思わずしちゃった?」

桃色の唇を見つめていると、思い返してしまうのかスザクはさっと視線をそらす
しかしその唇から漏れる言葉に、スザクは反論を零した

「違う、そんなわけじゃ…!」
「じゃ、どんなわけ?」
「…そ、れは…」

黒の瞳がじっと翠の瞳を見つめる
唇をかみ締めたスザクだが、真剣な眼差しをに向けた

「そのままの意味だよ」
「そのまま…?」

首を傾げるに、スザクは静かに言葉を繋いでいく

は僕があんなこと、軽はずみでやると思うの?」
「…思わないけど」

それが意味するのを理解しているは、恥ずかしさから少しだけ視線を彷徨わせる
スザクはきゅ、と水道を捻りで続けていた水を止めた
周りには静粛が戻る

「…ごめん、いきなりこんなこと言われても困るよね?」
「へ?」