急にへらりと笑みを浮かべるスザクに、は思わず間抜けな声を出してしまった
「…今のナシ、取り消してくれる?」
「え、スザク?」
顔をぱっと背け、再び体操着を洗い始めるスザクに、はハテナマークを浮かべる
しかしその横顔がほんのり紅いことに、は気づいた
それをスザクは必死に隠し続けるものだから、は小さく笑みを零す
「…ごめん、僕すごいかっこ悪いね」
ぽつりと呟くスザクは、水に濡れる自分の体操着をじっと見つめたまま動かない
は大きな黒い瞳でそんなスザクを見ると、そっと彼の制服を裾を掴んだ
「僕さ、のこと好きなのかもしれない」
「うん」
「でもあんないきなりのキスでこんなこと言いたくなかったんだ、…どさくさに紛れてる感じがして…」
俯くスザクの表情は読み取れないが、十分その縮こまった肩が彼の心境を表している
はひとつひとつの言葉に小さく頷きながら彼の話を聞いた
「こんなの僕の片思いでいいから、君を好きでいてもいいかな…?」
そっと翠の瞳がの黒い瞳を捉えた
揺らぐ瞳は、軍にいるときとは大違いだ
しかしスザクは、ルルーシュも恐らくに同じ気持ちを抱いているであろうことを知っている
だからあえて"片思い"という言葉を使ったのだ
「……あたし、」
「今は何も言わないで、別に答えに期待してるわけじゃないから」
ぱっぱ、と体操着を広げ、水気をきる
まだ湿り気のある体操着を丸め、スザクは身体を反転させた
「本当いきなりごめん」
「…」
「じゃ、また明日」
足早にその場を去ったスザクは、がどんなに驚いた表情をしていたか知らない
「…う、そ」
口に手を当て、拍子抜ける
混乱する頭をとりあえず冷やそうと、水道に顔を近づけ、水を被る
ひんやりとした水が心地よく顔に広がった
「…はぁ、」
溜まった息の塊を吐き出し、は水道の淵に腰を掛けた
そしてゆっくりと過ぎてゆく青空に広がる雲を見上げていた
*
「もっと丁寧に扱いなさいよ!あんたらの100倍はデリケートに生んだんだから」
青かった空も、今は太陽が傾きかけ、橙色がそこを支配していた
団服姿のは、階段に腰掛けたまま、聞き覚えの無い声に視線をそちらに移す
「誰だ、あんた!」
「…その子の母親」
柔らかそうな金色の髪の毛を腰まで伸ばし、白衣姿のその女性は、紅蓮弐式の整備にあたっていた玉置をぎろりと睨む
ちょうどその時、こつこつと気持ちのいい音を鳴らしたゼロが、その女性の前までやってきた
「間に合ったようだな、」
「…、あんたがゼロ?よろしく、噂は色々聞いてるわ」
「こちらこそラクシャータ、君のニュースはよく聞いているよ」
ゼロと握手を交わしたラクシャータという女性は、ちゃり、と鍵を目の前まで出し、足元に置いてある
アタッシュケースから、キョウト土産、と言って何かを見せる
「あの、本当にこんなので連動性あがるんですか?」
後方からアタッシュケースに入っているものと似たような服を着たカレンがやってくる
赤をモチーフとしたその服は、いかにもパイロットスーツぽいものだった
「生存率があがるの」
にやり、と笑みを浮かべるラクシャータ
は座っていた階段からぱっと立つと、後ろにいた四人に声を掛けた
「初めまして、ですよね?です」
にっこりと微笑めば、は懐から狐の面を取り出す
はっとした四人は、その面を見て声を上げた
「その面…、君があの狐の女性だったのか」
「…こんな子供が、…いや戦いに年齢なんか関係ないわね、失礼」
日本解放戦線に属する彼らは今回、彼らのリーダーでもある藤堂中佐が捕虜にされてしまい、黒の騎士団に助けに求めたという
それをつい先ほど聞いたは、上の空の頭にそれを叩き込み、今確認したというわけだ
「貴方達のリーダー、藤堂中佐だっけ?捕虜にされたんでしょう?」
「ああ、藤堂さんは僕達を逃がすために一人犠牲になったんだ、絶対に助け出す」
レンズの奥で強い意志を持った彼は、ぐっと拳を握った
はそれをそっと盗み見ると、不適な笑みを浮かべる
「大丈夫だよ、」
「…と、いうとどういうことかしら?」
「黒の騎士団は必ず藤堂中佐を助け出す、…ゼロにできないことなんかないもの」
激しい爆音が戦いの始まりの合図となる
次々とブリタニア軍のナイトメアを破壊していく日本解放戦線の新しいナイトメア
月下、と称されたナイトメアは以前の無頼とは性能も全て違うが、ラクシャータは満足していない様子だった
「よし、」
小さく息を吸い込んだは、面をもう一度しっかり付け直す
そしてコートの羽ばたく音を直ぐ後ろで聞きながら、地上へと静かに舞い降りた
周りはナイトメアばかりで生身のはあまり目立たなかったが、ある一騎は目敏くの姿を見つける
「貴様、黒の騎士団の!」
真正面に突っ込んでくるナイトメアに、すっと掌を翳す
そのまま右から左へ掌を軽く動かすと、彼女の掌から生じたそれは一直線にナイトメアに向かっていった
そして1秒としない内に、ナイトメアはの攻撃により、爆音を発して鉄の塊に変わる
「ふっ、脆いもんだね」
小さな呟きは周りの爆音に飲まれて消えていく
しかしその爆音により、の周りには更に多くのナイトメアが集まってきた
「撃て!!」
六台のナイトメアから一気に銃弾が降ってくる
それを見上げたは、素早く刀を抜き出し、その場に屈みこむ
刀を地面に突き刺し、は掌をつけた
そうして突き刺さった刀を軸にじわりじわりと地面が熱を持つ
瞬間、の周りを囲んだナイトメアが一斉に動きを止めた
というのも機能が停止したためだ
懐からラクシャータ特製のサクラダイトが混ぜ込められた火薬入りの手榴弾を一斉に投げつける
耳が劈けるような激しい爆音のあと、サザーランドは塵と化した
「!白兜だ!」
一息ついたの耳元から、ゼロの声が届く
無線機の奥の彼の声を聞き、はばっと後方に視線を移した
そこには白と黄色のボディを持ったランスロット、つまりスザクがいた
「残っている問題が自ら出てきてくれるとは…、丁度いい、、白兜を破壊しろ」
静かに言い放たれた言葉に、は反応ができない
応答がないを不審に思ったゼロは、再び言葉を繋ぐ
「?聞こえているか?白兜を破壊するんだ、お前なら簡単だろう」
「…で、できない」
月下に囲まれながら必死に応戦するランスロットを見つめたまま、は拳を握る
「何を言っているんだ、早く月下に続け」
「あたしはできない…!」
「何を…、っち、もういい…藤堂、ここからは私の指示に従ってもらいたいのだが」
ぷつりと途切れる無線
月下に苦戦しているランスロットのデータを全て知っているゼロに、スザクは打つ手がない
後方に大きく距離を取った瞬間、その後ろから藤堂の乗っている月下が飛び出してきた
「スザク!」
思わず叫んでしまうが、幸い周りに人気はない
だが藤堂の刀がランスロットのコックピット部分に攻撃をしかけた
そのまま刀を横に引くと、コックピットの上部分ががたん、と地面に落ちる
「…す、ざく」
きっと前を見据えるランスロットの中の人物
ゼロの乗っている無頼も、彼からの指令が無い紅蓮弐式も時が止まったかのように動かなくなった
「っ!ゼロ!…ゼロ、」
はっとしたは、無線をゼロに繋ぐ
しかし震えた吐息しか無線からは届かない
「ゼロ!」
「…ルート3を使い、直ちに撤収する!!」
ようやく震えた声が無線に響いた
周りの騎士団員は、政庁の奥から見える新たなナイトメアにこれ以上の戦は意味が無い、と悟ったのか、攻撃をやめる
しかしは彼が戦いをやめた本当の理由が分かっていた
「着スモック展開!」
周りは一気にスモックに包まれる
もそれに同じて、その場から高く飛び上がり、紅蓮弐式の後を追った