目の前に飛び込んできたのは青い、青い空
暫くその空を仰ぎながら、スザクはゆっくり起き上がる
「…ランスロットは」
足に絶え間なく襲う冷たさは、どうやら海からやってくる波のようだった
何処を眺めても青い海しか水平線には浮かび上がらない
ばっ、といきおいよく起き上がったスザクはようやく当初の目的を思い出す
「ゼロっ」
後ろを振り返ると、見覚えの無い島にいるようで、スザクは何も思い出せなかった
だが視界を見回す内に、自分のいる砂浜に黒のシルエットが見える
「…あれは?」
警戒心は解かないまま、それに近づく
どんどんと近づく内に、それが人だということが分かる
足音はなるべくたてないように、その人に近づくスザクは、瞬間、目を見開いた
「っ!」
倒れているその人物は黒の騎士団に所属している少女だったのだ
短いホットパンツ、真っ白な長い足を覆う漆黒のブーツ
そうして同じく濡れて色を黒くした真っ黒なコートを身に付けた彼女がそこに倒れていた
顔こそ見えなかったが、自分をあの時助けてくれた少女だということをスザクは一瞬で理解した
「…ん」
身じろいだが顔がこちらを向かないため、顔が確認できない
否、こちらを向いていても彼女は常時狐の面をつけているため、素顔は見えないかもしれないが
「えっ」
しかしそんな思考は彼女の横に落ちている狐の面で崩れ去る
そう、狐の面がとれていたのだ
一向に起きそうもない少女の素顔を見ようと、スザクは息を呑む
そっと手を彼女の肩に置いて、ぐっとこちらに押す
「…ぅ」
顔に掛かっていた栗色の髪の毛がぱさりと砂浜に落ちる
露になった白い肌、桃色の唇、閉じられた瞳
「……」
スザクは文字通り目を見開いて固まる
今目の前で倒れている少女、それは紛れもなく黒の騎士団の団員で、そして――紛れもなくだった
瞳こそ閉じられているが、見間違えるはずがない、彼女の顔を
「っ、な、んで」
情けなく、掠れた声が波の音によって消されていく
「…ぁ、…すざく?」
うっすらと瞳を開くと、真っ黒な瞳が覗く
スザクはそんなの声を耳に入れ、ばっ、と彼女の顔を覗きこんだ
は焦点の合わないまま、しばらくスザクを見つめていた
「…スザク?なんで、ここ…」
そこまで言っては言葉を詰まらせた
いきおよく飛び起きたは、ばっ、と自分の頬に触れる
面がついているか確認したようだった
「なっ、なんで…」
今の自分の格好、そしてスザクの右手に握られている狐の面
は状況を一瞬で理解したようで、濡れた頬から血の気がさっと引くのが分かった
「…、君は…」
スザクの瞳が悲しげにを映す
はぐ、と唇を噛んでから、ふっと笑みを浮かべ、口を開いた
「…はあー、もう、なんでこんな状況になってるのさ…」
「…、」
「何、スザク?それよりその面、返してくれない?」
淡々と言い放つは、がしがしと髪の毛を掻き分ける
スザクはあまりのの豹変振りについていけないようで、ただ拳を握っていた
「…、君は…黒の騎士団なのか」
スザクの声がの耳に重く響く
は、黒の瞳にその翠の揺れる瞳を移すと、もう一度ため息をついた
「その面が何よりの証拠、憶えてない?あの日スザクを助けたの」
言葉の直ぐ後、スザクの脳内には初めてゼロが民衆の前に姿を現した日のことが甦る
確かにあの時、狐の面の少女がゼロとともに自分を助けてくれた
しかし、ナリタの時、藤堂処刑の日の時、あの時の少女もだったということ
「っ、どうして君は」
スザクの表情は悲痛に歪んでいく
今にも叫びだしそうなスザクは、敵である黒の騎士団にがいることがどうしても認められなかった
それも一度とは戦っていたのだから
「どうして…?それはあたしが黒の騎士団にいるってことへの疑問?」
「…なんで、黒の騎士団なんかに…、黒の騎士団は卑劣で、卑怯で!」
「スザク」
冷静なの言葉が、感情的なスザクの言葉を遮る
「前にも言った、ブリタニアから見れば黒の騎士団はそう見えるかもしれない
だけど日本人から見れば、ブリタニアほど卑怯で、卑劣で、傲慢なことはないのよ」
「それでもっ」
「それでもあたしは黒の騎士団にいるの」
濡れて黒のコートがより深く、重い黒色になり、が動くたびに水を滴らせた
は伏せ目がちに視線を宙に彷徨わせると、小さく言葉を繋ぐ
「スザク、スザクは人の命を護りたいから軍にいるんだよね?…あたしも同じなの
あたしは別に黒の騎士団の見方をするわけでも、ブリタニアの見方をするわけでもない
だけどあたしはゼロを護りたい、だから黒の騎士団にいる」
しっかりとスザクを見据えるの表情に、迷いというものはなかった
しかしそれはより一層、スザクを傷つけていく
「…でも、そしたら君は、は僕の敵なのかい!?」
「…そうなるね、ブリタニアがこのままなら」
悲しみの混じるスザクの声色は、確実に震えている
「黒の騎士団は武器を持たない者の全ての見方、だから今此処で武器の持たないスザクに攻撃はしない
けど忘れないで、次、あたし達が戦場であったら、あたし達は敵同士、」
「…そんな」
「それがあたし達が歩んでる道の違いだから」
今まで煌々と光っていた黒い瞳は、言い終わると静かに閉じられる
一瞬の沈黙の後、開かれたの瞳はいつもの学園で見せるものだった
「…あたしね、スザクの気持ち嬉しかったんだと思う」
「え?」
先ほどと違う声色に、スザクの揺れる瞳が一点に止まる
微かに笑みを浮かべているようにも見えるの表情は、しかし何処か悲しげで
眉毛をへの字にさせ、にっこりとは微笑む
「スザクとは、もっと別のところで出逢いたかったね」
やっとの目じりに水滴が溜まっているのをスザクは気づいた
「っ…」
「もっと別のところで出逢ってれば、こんなことにはならなかった、普通に…普通にあたしもスザクが好きだったのにね」
最後は絞るように出た声
は首を横に振ると、目じりの涙を飛ばした
そしてきっとスザクを見据え、息を呑んだ
「それじゃ、」
「……」
「…学校で逢ったら、またいつもみたいにしてくれる?」
スザクが声のした方を見ても、そこにの姿は既になかった
*
がさりと揺れる草むら
まだ湿り気があるものの、服を着替え終わったユフィの前にルルーシュはばっと立ちはだかる
「誰だ!」
ルルーシュの鋭い声が響く
すると、音のした草むらからは、きょとん、とした表情のが顔を覗かせていた
「る、るーしゅ?」
「!」
濡れた羽織を草むらに引っ付かせながら、はそっと草陰から出てくる
時折ぽたりと髪の毛から雫が落ちていった
ルルーシュは付けかけていた仮面を外し、に歩み寄る
「、お前もここに流れ着いていたのか」
「…うん、それより…」
「じゃありませんか!」
の声を遮った明るいユフィの声がルルーシュの視線を彼女に戻す
え、と声を漏らしてルルーシュの背後を見れば、ピンク色のお姫様がそこにいた
ユフィは嬉しそうにに近づくが、その格好を見て目を丸くする
「、まさかその格好…貴女も黒の騎士団のメンバーだったのですか…?」
「…うん、」
申し訳なさそうに視線を泳がせる
しかし話が読めないルルーシュは、何故とユフィが面識があるのかが不思議だった
「とユフィは知り合いだったのか?」
「え、、話してないのですか?この間の特派にいたこととか…」
「…う、うん」
冷汗をたらりと流し、は至近距離でのルルーシュの視線が痛くてしょうがない
ユフィとルルーシュは皇族の家柄なので、面識があるのは当たり前かもしれないが
一般人の、しかも隠れ身のが彼女と面識があるのは、普通ではありえないことだ
「どういうことだ?」
歩き出しかけたのを止め、三人は再び腰をおろすことになった