「おい、ルルーシュ」
無事フクオカ基地を潰したルルーシュは、ガウェインから下りるとさっさとメンバーのいる部屋に戻ろうとした
しかし同じくガウェインに乗っていたC.Cがそれを鋭い声で止める
怪訝そうな瞳を向けて、ルルーシュはなんだ、と歩みを止めた
「お前、に何を言ったんだ」
「…お前には関係のないことだろう」
「お前に関係なくとも私には関係ある、言え」
ぎろりと金色の瞳が光る
それでもルルーシュは口を割ろうとはしなかった
「言え、ルルーシュ」
「関係ないと言っている」
重い空気が暗闇に流れる
痺れを切らしたC.Cは、大きなためいきをひとつついてから口を開いた
「お前には必要ないのか」
その言葉にルルーシュは今まで彷徨わせていた視線をC.Cに向ける
目を細め、アメジストの瞳を睨むC.Cに、ルルーシュは眉を顰めた
ようやく発せられるルルーシュからの言葉に、C.Cは更にため息をついた
「が言っていた、自分はもうルルーシュに必要ないのだと」
「…」
「そうなのか、ルルーシュ?…―違うのなら訂正しに行け、それとも忘れているのか、私の言葉を」
―がいつまでもいると思うな
ぐっとルルーシュが拳を握ったのが分かった
それでもルルーシュはくるりと身体を反転させると、暗闇から消えていった
C.Cは暫くルルーシュの消えた出口を見つめてから、髪を掻き揚げる
「…強情なやつめ、一度身にしみないと分からないのか、あの馬鹿は」
鋭い声は、ほんの少し響いて消えていった
ルルーシュより一足はやくクラブハウスに戻っていたは、団服を脱ぎ捨て浴室に足を運ぶ
自分が知っているのと少し違う浴室は、何も縫わない身体にひんやりとしたものを感じさせた
きゅ、と蛇口を捻ると、頭上から暖かな雨が降ってくる
「ふぅ…」
髪の毛が頬や鎖骨、肩にへばり付く感覚すら気にせず、は目を細める
段々と湯気が立ち込めていく空間は、今のにとってひどく居心地の良いものとなった
「…あたしは」
言葉は出てこなかった
ただ水音が身体を打つ音と、ぱしゃり、と水が滴る音だけが響く
それがどうしようもなく寂しさを伴い、は固く瞳を閉じた
自分が満足しているだけだろう
ルルーシュの瞳は冷たかった
やっぱりあたしはもう必要ないのかな
ゼロの指示にさえ従わなかった時もある、単独行動も何度かしてしまった
やはりそれがいけなかったのだろうか、
「…」
ベッドに潜り込み、毛布を頭から被る
まだ乾ききっていない髪の毛が妙に冷たく感じた
「ごめんなさい」
ルルーシュの言う通りなのかもしれない、あたしはいらない感情を押し付けてばっかりなのだ
だからもう必要ないのか、もう用済みなのだろうか
そしたらあたしは此処でどうやって生きていけばいい?
ルルーシュのために、ゼロのために戦ってきたあたしは此処で生きていく意味がなくなってしまう
生きていく意味がなくなる、それがどんなに辛く悲しいものかあたしはよく知っている
ぎゅっと毛布の端を掴んで更に身体を丸めた
何処か遠くで布の擦れる音を感じながら、あたしはドアがこんこん、と気持ちのいい音を立てるのを聞いた
「…入るぞ」
面白いくらい、身体がびくりと跳ねる
声の主は知れている
「…る、ルルーシュ」
ぽつりと呟くと同時に、しゅん、と扉が開く音がした
顔は勿論、全て毛布に包まっているため、彼の気配しか感じられない
こつ、と彼が近づくのが、どうしてか怖かった
「」
名前を呼ばれても顔はあげない
こういうことが彼にとって不快感を与えるのだと、分かっていても顔はあげられない
今あのアメジストの瞳にまた見下ろされたら、また迷惑だと言われたら
「…っ」
怖いのだ
ルルーシュの気配がベッドのすぐ横まで来ていた
どくどくと早い鼓動を刻む胸を、ぎゅっと押さえつける
「寝て、いるのか?」
返事の変わりに、もぞりと動く
元々電気はつけていなかったため、毛布の隙間から差し込んだのは、月明かりだけだった
「その…さっきは、」
「C.Cになんか言われたの?」
自分の意思ではないような声だった
気づけば声を発していて、彼が息を呑むのが分かった
「だから来たの?…別に何も言わないでいいよ、あたしが悪いんだから…」
「そいうんじゃ…」
「分かってる、ごめんね、あたしのいらない感情がルルーシュの重荷だったんだよね」
言ってから、急激に寂しさがこみ上げる
それを必死に押し殺して、それでもルルーシュにはばれているんだろうけど
だけどあたしは続けた
「…だから、ごめんね」
しばしの沈黙が訪れた
こんなこと言って、ルルーシュはどんな顔をしているのだろう
やはり呆れているのだろうか、それとも迷惑そうに顔を歪めているのだろうか
どちらにせよ、好ましいことじゃないことには変わらなかった
「…お前は、元いた世界に帰りたいとは思わないのか?」
ふいにルルーシュが沈黙を破った
それよりもその内容が内容だったから、あたしは思わず目を見開く
それは、あたしに早く元いた世界に帰ってほしい、ということなのだろうか
「俺は気づかない内に、何度も何度もに助けてもらっていた、ゼロとしてもルルーシュとしても」
「……」
「だけど俺はそんなことにさえ気づかずに、がいることが当たり前だとさえ思ってた」
ふっとルルーシュが鼻で笑ったのが分かった
「馬鹿だな、俺は、
だから…―ごめん」
言葉通り、あたしは毛布の中で固まってしまった
ごめん?彼はそう言ったの?あたしに、謝ったの?
謝られることなどしていないのに、寧ろあたしが謝らなければいけない立場なのに
感謝さえしなければいけないのに
「る、るしゅ…」
居たたまれなくなって、あたしは身体を起こして顔を向ける
辛そうに歪められていたルルーシュの整った顔が、胸をぎゅっと締め付けた
「違う、謝らないで…」
「…」
何故か瞳の奥が熱くなった気がした
「あたし…迷惑かけて、だけどルルーシュの傍にいたくって…っ、…あたし、ルルーシュに必要ないみたい」
言葉のすぐ後、暖かい腕にぎゅっと抱き締められる
首筋にあるルルーシュの顔は見えないけれどだけど声はかすかに震えていた
「前にも言った、俺にはが必要だ」
「だってあたし、ルルーシュに言わないことだってあるし、じ、…自己満足って」
「そんなわけないだろう、本当に必要なんだ…!」
そっと顔をあげたルルーシュ
ばちりといつもより近い距離でアメジストの瞳を捉えた
「…手放さないで」
「手放さない」
「…必要として」
「必要とする」
「…傍に、いさせて…?」
返事の代わりは優しい優しいキスだった
労わるように、想うように、優しく、暖かいキス
いつの間にか頬に添えられたルルーシュの手が少し冷たかった
「…ん」
だけどあたしの頬は焼けるように熱くって
視線を合わせられない
「…ルルーシュ」
いつもより温かみのある瞳をじっと見つめる
愛おしそうにその瞳にはあたしが映し出されていて
同時にその姿がスザクとリンクした
「…?」
「あたしは、ルルーシュがいればいい、ルルーシュが好き」
まるで記憶を打ち消すかのように呟く
そうだ、彼はあたしの敵、彼はあたしの主
あたしが想いを伝えるのを許されるのは、目の前の彼のみだから
「…好きだよ、…ごめんね」
ぎゅっとルルーシュの胸に抱きついた
愛の言葉は黒の皇子に
謝罪の言葉は白の皇子に
どうか、あたしを許してください
「…ああ、俺もだ」
この愛の言葉をあたしのものだけにしてください
「(もう何も望まないから)」
だから忘れて、白の騎士よ、あたしに言った愛の言葉を、全て、思い出せないように
貴方の主は、もういるのだから