「なあ、俺達いつまで此処にいりゃあいいんだよ」
ビ、と無線で玉置の緊張のない声が届く
遠くに見える行政特区ニッポンには先ほどゼロがガウェインと共に降り立ったはずだ
は待機状態の紅蓮の隣で其処を目を細めて見つめる
「ゼロがここで待てって言ったの、信じられないの」
カレンの鋭い声で玉置はだってよ、と言葉を濁らせる
「それより、ゼロから何か聞いてない?」
「え?」
「行政特区に参加するかしない、かよ」
言われてつい数時間前のルルーシュの言葉が頭をよぎる
―…結局、どうするの?
特区ニッポンか、
参加しないわけにはいかないでしょ?
俺に考えがある、お前は明日カレン達と共に待機してればいい
「ゼロなりの答えがあるんだと思う」
言いながらはす、と懐に手を差し込んだ
しかし差し込んでもいつも指先にあたる面の感覚は伝わってこず、はようやく思い出す
「(お面、もうないんだよね)」
スザクに正体がばれたあの時から、彼に面は返してもらっていない
もう軍にも顔が知れているのだし、スザクがロイドに嘘まで言ったのには悪いがはそのまま待機していることにした
「…どう出るのかな」
ぽつりとが呟いた瞬間だった
の目の前が一瞬だけ赤く染まる
そして見えるのは鳥が飛び立つようなマーク
それがなんなのか、と考える間もなくは頭を何かに刺されるかのような痛みに襲われた
「っ!」
思わずその場にしゃがみ込む
勿論すぐ隣で待機していたカレンも、その後ろにいた玉置もの異変に気づいた
「!?どうしたの?」
カレンの声にもすぐには応答できない
は暫く目を固く瞑って痛みに耐える
ぎゅ、と拳を握っていれば段々と和らぐ頭痛にが安息の息をはこうとした瞬間、再び目の前が真っ赤に染まる
「…な、」
今度は一瞬のことではなく、きょろきょろと周りを見渡せるほどの時間だった
紅く染まるその空間には見覚えのあるピンク色の女性
「…ゆ、フィ」
美しい桃色の髪を靡かせ、其処にいたのは紛れもなくユフィだった
彼女は何処か悲しそうな顔をしていて、俯いている
は思わず近寄ろうとしたが身体が言うことを聞かない
前に進めないと思えば、身動きひとつできなかった
「ルルーシュもナナリーも幸せになってほしいの」
ユフィの声をただ聞くことしかできないはそのまま耳を傾けた
「、貴方のことは何も知らないけれど、だけど私、貴方に出会えてよかった」
あたしもだよ、ユフィ
「貴方にだって勿論幸せを掴んでほしいの、この特区ニッポンならみんな幸せになれると思う」
だけど、特区ニッポンは…
「私のすることが全て正しいってわけはないことは知ってる、だけど一瞬でもみんなが幸せになってほしいの」
―だからね、、大好きな貴方にも
「!」
カレンの声ではようやくは、として顔をあげた
目の前には心配そうなカレンの顔
「大丈夫?」
「え、あ、うん…」
紅蓮弐式がら態々下りたらしいカレンはしゃがみ込むに合わせ、自分の身体を屈め彼女の肩を掴んでいた
「これから作戦が始まるんだから、何か辛いのなら言って?」
「うん、ごめんね?大丈夫だから」
気づけば耳から届く無線の声も心配しているようで、は眉をへの字にした
の腕を持って彼女を立たせたカレンは、最後にもう一度本当に大丈夫、と念を押したがそのまま紅蓮へと戻っていく
『大丈夫なのか、君』
「大丈夫です、心配かけちゃってすいません」
藤堂までもが心配しているのだから、はぺちぺちと頬を叩いて意気込む
ユフィは最後何を言いたかったのだろうか、
はそれを考えることさえもやめ、目の前でそろそろ始まるであろう騒動に身構える
「…」
しかし先ほどからうるさいほど暴れる鼓動だけは落ち着いてはくれなかった
何かが起こる、とてもよくないことが、それだけは分かる
鼓動は落ち着くどころか更に数を増していくのだからは胸を押さえつけた
胸を押さえつければ、懐にユフィからもらったそれが自分を主張しているかのように固くあたった
「(落ち着け、あたし、大丈夫…ルルーシュならきっと、きっと大丈夫、ユフィとだって…)」
しかし神は悲しいほどに期待を裏切るものだと、は涙さえ流さずして悟る
「っ!!」
今度は先ほどとは違う頭痛がを襲う
そう、この痛みはルルーシュがギアスを発動した時、または彼自身に危機が迫っている時に襲うものだった
「カレン!あたし少し見てくる!他のみんなはこのまま此処で待機させてて!」
「え?ちょ、どうしたの?」
カレンの言葉も最後まで聞かず、は其処から高く飛び上がる
顔をさらけ出して戦いに行くなど初めてのことだったが、そんなの気にも留められない
はただ額を伝った冷たい汗にいやな予感しか抱けなかった
*
何が起きているのだろう
何が起きてしまったのだろう
は目の前の光景にその二つの疑問しか浮かんでこなかった
「…どう、して」
気品高く飾り付けられた入り口を抜ければたくさんの人と転がる椅子と、そして
「何、が…」
真っ赤な血だった
紫色の大きな気品に溢れた壁も、列と列を区切るための灰色の壁も、夥しい数の銃弾の痕が刻まれている
そして会場、だったはずの広間にはブリタニア軍のナイトメアと血だらけの日本人が倒れていた
辺りをどれだけ見回しても見えるのはその景色だけ
逃げ回る子供さえも、ブリタニア軍は容赦なく発砲していた
「はっ、…は」
息がうまくできない
舞い上る煙も、耳を引き裂くような銃声も、何も分からなかった
「助けてえっ!!」
突如すぐ近くでそんな女性の声が響く
固まっていた身体がゆるゆるとそちらに視線を移す
逃げ回る黒髪の女性の足元を撃っているナイトメア
悲痛に歪んだ彼女の表情からは、溢れんばかりの困惑と恐怖の色が入り混じっていた
「助けてっ!!」
彼女がもう一度叫ぶ
そこでようやくは我に返り、身体の四肢を取り戻した
困惑だけではない、ただ言い表せないような感情が渦巻くも、は我武者羅に手を振りかざした
そして爆発音の後、ナイトメアは原型を留めてはいなかった
「…はぁっ!はぁ」
女性はようやく足を止め、呼吸を落ち着かせようと胸を押さえた
「ぐっ!」
しかしその寸でで彼女の胸から大量の血が溢れる
胸を貫く無数の弾丸、目を見開きゆっくりと倒れていく彼女に、は動くことすら忘れた
「…え」
漏れた声と同時に彼女に身体が地に落ちた
遠目でも分かるほどだった
彼女の息は既に無かった
目の前で人が死んでいって、自分は何も出来なくて、回りでもたくさんの人が死んでいく
悲鳴をあげる前に胸を銃弾が貫いて、誰とも無く血を溢れさせて其処に崩れているのだ
全身を走る冷たいもの
身体の中心が何かに縛られているかのように動かなくなる
「ぁ、…」
もう一度、ゆっくりと周りを見回した
「やだ、どうして、何が起きて…っ!」
混乱する自身の脳にはついていけない
しかし少し高い位置にある舞台上に、場違いな桃色の髪の毛が視界に入る
その桃色の彼女自身もまた、紅く染まっていて
「ユフィ!!」
叫んでも彼女は周りの騒音に消されていくの声には気づかない
腕の中の使ったことも無いような機関銃をただただ周りに発砲していた
「ユフィ!」
周りのナイトメアなんか気にもせず、はふらつく足取りで彼女の元へ向かう
どうしたのだろう、何故彼女が銃を持っている?真っ赤に染まっている?
何が起きてしまったの?
「ユフィ!!」
彼女のすぐ後ろまで来ては叫んだ
するとゆっくりと振り返られるユフィの白い頬にも血は飛び散っていた
は混乱する脳から必死に言葉を探し出し、口にする
「ユフィっ、何が起きてるの?なんで銃なんか持って…」
ユフィは何も言わない
腕の中の機関銃もとりあえず沈黙を守っている
は困惑する表情を露にして、震える手足をそのままにもう一度問うた
「ユフィっ…どうして」
「ではありませんか」
にこやかに送られる笑み
いつもの笑みも、この場ではひどく浮いていた
「そんな顔してどうしたんですか?」
「ゆ、ふぃ…?」
「…あれ?そういえば、も日本人なんでしたっけ?」
無垢な表情で、無垢な口調で、しかし言葉の内容が理解できない
「も、日本人なんですよね」