嫌われてもいいから、この想いをぶつけてしまえばよかった

パイロットスーツに身を包んだスザクはそっと腰を下ろした
そして始まるであろう、これからの戦争に唇を噛む

「(…)」

敵同士であるのことをこんなに想うなんて、スザク自身おかしいと認知していた
これから始まる戦いにだって、彼女は勿論出るだろう
だけど自分の中から決して消えてはくれない彼女
先ほどは、何をしようとしたのだろう、あんな血だらけの姿で

『うるさいっ!無理じゃない、ユフィは必ず助かる!』

スザクにも聞こえたあの声に、は泣きながら叫んだ
そう、彼女にだってユフィは大切な大切な存在だったのだ
たとえ自分の主がユフィを殺そうとも、は彼女を助けたかったのだ

「…」

好きだった、スザクはのことが純粋に好きだった
さり気なく自分を気にしてくれているところも、無邪気に笑うところも
そして時折見せる涙も、全部好きだった

『スザクとは、もっと別のところで会いたかったね』

神根島のとき、泣きそうなが言った言葉
今でも鮮明にスザクの脳裏に焼きついている

「…くそっ!」

無意味に壁を殴っても、真実なんて出やしない
あの日から少しずつ変わっていったへの見方、彼女の態度
どうして誰も壊れた歯車を元に戻せなかったのだろう
そのの主、ユフィを殺したゼロが、紫の瞳の少年だと、どうして気づいてしまったのだろう

悲しすぎる、
こんなにも自分が大切だと思っていた存在が、敵だなんて
虚しすぎる、
それでものことが好きな自分がいることが

「(嫌われてもいいから、にこの想いをぶつけてしまえばよかった)」

嫌われてもよかった、こんなことになるくらいなら
に想いの全てをぶつけて、彼女の全てを奪ってしまえばよかった
既にの瞳がルルーシュを捉えていても、この腕に収めたかった
独りよがりでいいから、満足したかったのだ

「(醜いな、本当)」

最後に白の手袋を身に着けたスザクは静かに立ち上がる

もう、自分には後戻りする選択肢なんて残されていない
あんなに大切だった彼の瞳が、今は憎くてしょうがない
だからもう、進むしかないのだ

「…、好きだったよ」

誰もいなくなった暗い部屋に、スザクの最後の愛の言葉が響いた





「…

ゼロがいるであろう、総司令室に向かうに声が掛かる
そっと顔をあげてみれば、そこにはゼロとC.Cの姿
もう、ガウェインに乗り込むのだろう

「気をつけてね」
「それはお前もだろう、やはりナイトメアには乗らないんだろう?」
「勿論、ナイトメアの操縦なんて分からないしね」

へらり、といつもの調子で笑ってみる
幾分、彼の雰囲気やC.Cの表情が和らいだのが分かった

「しかし戦場はお前のような生身の人間はそうそういないだろう、みなナイトメアに乗っているからな」

C.Cの鋭い指摘で、は少しだけ視線を宙に泳がせる
自分がまた負傷したら、迷惑を掛けるのは分かりきったことだ
するとゼロは一瞬考えるような素振りを見せて、口を開く

「ならお前は紅蓮弐式とともにいろ」
「え?」
「紅蓮弐式となら安全だしな、敵を発見したらカレンとともに攻撃を仕掛けるんだ」

それはゼロなりの配慮なのだろうか、
小さく笑みを零したは静かに頷いた

「午前零時を回ったら攻撃を開始する、それまでは待機していろ」
「分かった、二人とも、気をつけてね」

最後に念を押すように二人に言い聞かせ、はその奥にある総司令室に向かった
そこには勿論、司令官の姿はなく、ディートハルトや騎士団のメンバーが数人いるだけだった
しかし一人、明らかに場違いな少女が目に入る
少女はに気づくと、不思議そうな顔でやってきては、自分との身長差を測り始めた

「あら、貴方はあんまり私と変わらないんですのね」
「あの…?」
「そちらは皇神楽耶様、キョウト六家の当主様だ」

すかさず説明をいれてくれたディートハルトから視線を移せば、神楽耶はじっとを見つめている

「貴方、名前は?」
「、ですけど」
さんねっ、貴方いつもゼロの隣にいる方でしょう?私いつも見てましたのよ?」

意気揚々と話す神楽耶と対照的に、は冷静を保ったまま
否、不安で仕方ないのだろう、この戦いが
だから明るく振舞う気力さえ出ないのだった

「いずれゼロの妻となる女です、憶えておいてくださいまし?」
「妻、ですか」

はい、と元気よく答える神楽耶に、はそっと笑みを零した
無邪気な笑顔が今は少しでも心を支えている
不安に飲まれそうな今、は彼女と出会い、少しだけ気持ちが軽くなったかもしれないとそっと思った

、君はナイトメアには乗らず、前線に出るのか」

そんな中、ディートハルトの声がそれを遮る
彼のほうに視線を移してから、は真剣な面持ちになった

「勿論、今までもそうやって戦ってきたもの、今更…」
「しかし危険すぎるとは思わないのか」
「思わない、少しくらい危険な立場にならないと、誰も守れないからね」

そう小さくぼやいたは、神楽耶に軽く頭を下げて其処を出て行った











秒針は一時も狂わずして、時を刻んでいく
それは今のこの状況とて同じことで、午前零時まであとほんの少し
確実に時は刻まれていた

「何を、したいんだろうね」

ぽつりと気味の悪い色に染まった空を見上げ、呟く
靡く栗色の髪の毛を一撫でして、は懐に触れた
其処にはごつごつとした固いもの、
しかしそれは確かに暖かいものだった

「(ユフィ…)」

後ろを振り返れば、其処にはきっと悲しみしか残っていない
ルルーシュが歩んだ道はきっと間違っていたわけではない
あたしもそれを信じて彼の後をついてきたのだから
きっと足りなかったのは、世界の在り方、真実、協和
今更何を言っても、言い訳にしか聞こえないだろう
だけどこの戦いだって、これまでの戦いだって、その根源は小さな儚い願いに過ぎない
ルルーシュが、ナナリーを護りたいという儚い願い
暖かい血も、冷たい涙も、何度も見てきた
だからたったひとつしかない選択肢を選んだあたしは、もう進むしかないのだ

憎しみに支配されたスザクを
儚い願いをもつルルーシュを
誰よりも平和を願ったユフィを

誰が彼らは間違っていたと言えるだろう

そして秒針が最後の時を刻み、午前零時となった

執行猶予はもう終わり、全ては終わりへと進んでいく
終わりを迎えた穏やかな日々
もう戻らない優しい時間
希望は既に断ち切られたのだから、あとは自分が信じるものを真実に変えていくしかない


そうして、終わりが始まっていく