暗い、暗い、真っ暗で、真っ暗で
目の前に色がる黒に、あたしは確かに見覚えがあった
今更、こんな暗闇が広がったって
もう、悲しむことさえできないのに

瞳を開いても、広がるのは同じ黒だった
だけどそれが人為的なものだと、目を覆うようにして感じる布の感触で分かった
瞬時に身体が強張る
目隠しをされているのだ
そして動かなくても伝わる手首と足首からの冷たい鉄はすぐさま鎖だと気づく
恐る恐る腕を胸の少し上まで持ち上げてみた
しかし不自然にぐん、と腕が引っ張られるようにそれ以上言うことを聞かない
足も同様だった
目隠しをされて、足も腕も鎖で繋がれて
まるでこれは

「(…そん、な)」

どうやらあたしは監禁されているらしい
理由も無く監禁されるような状況ではなかったのだが、だけど理由なんて並べればいくつでもある
それこそどんな無知な人間でも気づくだろう
ブリタニア軍に捕らえられたのだと

確かにあたしは神聖ブリタニア帝国に反逆活動を繰り返した黒の騎士団のメンバーでもある
だからって捕らえられてしまうだなんて、最早自分の愚かさに涙さえ零れない
しかし何故、どうしてあたしはこんな場所に
捕らえられてしまうほどの失敗をした覚えもないし、襲われた記憶も無い
否、というより逆に此処にいる前の記憶がどうも思い出せなかった

「…スザクとルルーシュは…、」

自分を居合わせてしまった、最悪の悲劇のステージに
だけどそれ以降、何が起きたのかまったく覚えていないのだ
あの後ブリタニア軍に捕らえられてしまったのか、それなら彼は?

「(ルルーシュ…)」

何よりも彼が心配だった、無事でいるか、何処にいるのか
響いた銃声がどちらのものだったかも、覚えていなかった
ただ脳裏に焼きついた、二人の憎しみにあふれた表情、向き合う銃口
あたしはまた、何も出来なかったのだろうか

ふと、足音が聞こえた
三人ほどだろうか、その音は確実にこちらへと近づいてきているのが分かる
誰だ、誰だ、誰だ
この場に来るということはブリタニア軍人か誰かか、それとも
視界が塞がれている所為で余計に不安と緊張が身体を支配した
早まる鼓動、溢れ出す汗
唇をぎゅ、と噛んで不思議と溢れる恍惚に耐えた
この場に来た暁には殺してやろうか
ぞわり、とあたしの奥に眠っていた殺戮本能が僅かに騒ぎ出す
足音はすぐ近くで止まった

「なんだ、目が覚めたのか」

聞こえるのは男の声
ぴくりと顔をあげて、声のするほうに同じように声を発する

「誰だ、お前は」
「はっ、大層な口を利く、人間のカスが、今この場で撃ち殺してやってもいいというのに」

男は優越に満ちた声だった
視界が塞がれている上に身動きも取れない今の状態であたしは決定的に不利である
だけどどうしても弱いように見られたくなくて強い口調をとった

「カス…、ね、それは貴方達のことじゃないの?こんなことしたって…阿呆らしいにもほどが…っ!」

急に目の前に気配があると思った瞬間、右頬に鋭い痛み
間を置いて、頬を殴られたのだと察知した
口の中に広がる鉄の味に、それでもあたしは続ける

「…はっ!殴れば気が済むの?下等生物はすぐに殴りたがる…ぐ、」
「イレブンというのは口だけは達者なんだな!馬鹿が、この状態で我々に勝てるとでも?」
「まったくお前など殿下が申し上げなければ即刻死刑にでもするというのにな!」
「ほらほら、どうした?なんか言ってみろ!」

馬鹿みたいに奇声をあげながら男達は次々に手を上げてきた
腹を蹴られたのだと気づいた時にはひどい嘔吐感に襲われる
最初は平手だったのに、今は拳で顔を殴られていた
だけど確定だ、イレブン、と言う言葉を使った瞬間に彼らがブリタニア軍人だということが分かった
そして引っかかる単語は、殿下、というもの
殴られながらもあたしはぼう、と考えていた

「(…殿下…?殿下ってまさか…)」

ぐ、と前髪を鷲づかみにされて顔を上に向かされる

「まったく綺麗な顔だったのに勿体無いなあ?」

降りかかる罵声が悔しくて思い切り唾を吐いてやった
すると目の前の男の雰囲気ががらりと変わる

「…貴様っ!」

そして来るであろう衝撃を予測して、あたしは固く瞳を瞑る
しかしそれよりも早く、彼らとは対照的な穏やかな声が響いた

「何をしているのかな」

穏やかで、だけど怒りに満ち溢れた声
場の空気が急に冷たくなるのが分かった
ひ、と男達の消え入りそうな悲鳴が耳に届く

「シュ、シュナイゼル殿下…!」

シュナイゼル、聞いたことのある名前だ
一体何処で、誰に聞いた名前だったのか、頭の中では物凄い勢いで記憶が振り返らされる
シュナイゼル、殿下

『そう、あの方はシュナイゼル殿下、ブリタニア帝国の第2皇子だ』

今はもう隣に並ぶことも叶わないのだろう、スザクの言葉が脳裏に木霊した

『黒の騎士団の活動とともに君を捕らえる計画が進められている』

ああ、あの時の
驚いて目を丸くするロイドさんの隣にいたあの男性のことか
じんじんと痛む身体をぐったりと後ろの壁に任せて息を一つ吐く

「彼女の目隠しをとれ」

威厳のある態度、それは何処かルルーシュのもっているものに似ていたがそれよりも冷たい声色で、落ち着いた声
するりと頬の横を布が滑り落ち、視界に急に光が戻った
久しぶりに光を感じたためか、暫し瞳を開けられなかった
しかし無理にでも瞼をこじ開けると見えた光景に愕然とした

「初めまして、だろうね」
「…此処、は…、」

眩いほどの蛍光灯の光、近代的な真っ白な一室
特派のラボと似たような雰囲気だった
そして扉の奥に見える、金色の髪の毛、彼を思い出す紫の瞳

、といったかな」

口元だけ緩められた笑み
答える気など更々なかったけど、怪訝そうな目つきに彼がふと笑う

「まあ、いい、実験体に名前など必要ないだろう」

冷たい、軽蔑する目つきに、無意識のうちに身体が震えた
そして感づく

ああ、わたしは、
逃げられない