「…ぁ」
声が掠れる
確かにそうだ、シュナイゼルがあたしに偽りを教えたところで彼にメリットなど生まれない
そしたら信じるのか?
ゼロの、ルルーシュの死を
「…いや、…いや」
肩を抱え込んで縮こまる
かたかたと無意識に震えているのが自分でも分かった
こみ上げる、最早絶望というには重過ぎる現実、残酷すぎる真実
「…っ、いやああああああ!!」
ルルーシュ、あたしは此処にいるよ
「黒の騎士団もゼロももういない、どうする?君は」
シュナイゼルの言葉など既に脳に伝わっていないのか、まったく反応を見せない
完全に光を失った瞳は白いタイルの上を彷徨っている
薄く開かれた唇もいつもの桃色のような発色はなく、色を失っていた
垂れる栗色の髪の毛だけがを象徴するものとなっていた
「君が望むのなら私は喜んでブリタニアに向かい入れるけどね?」
「…」
「どうだ?既にいなくなった主を捨てブリタニアの狗になるのは」
ぴくり、と微塵も動かなかったの肩が僅かに揺れる
ゆっくりと上げられた顔は恐ろしいほど白く染まっていた
そしてそれに相反するような黒い瞳がゆるゆるとシュナイゼルを捉えた
宿るのは、怒りと憎しみだけ
「…ふざ、けるな」
ゆらり、とが立ち上がった
音をたて自分を支配する鎖さえ忘れ、は静かにガラスに近づく
シュナイゼルとはガラスを取り除けば僅かも距離を置いていない状態になった
「…貴様らブリタニアが腐ってるから、ゼロは…!」
「まだゼロにこだわるのかい?いい加減に負けを認め…」
ゴン、という鈍い音が響き渡る
即座に扉の向こうで見張っていた軍人が驚いて部屋内に入って来たのが視界に端に見えた
「黙れ!貴様に何が分かる!ゼロは!ゼロは生きているに決まっている!」
「ほう、証拠も何も無いのに自分の妄想に頼るのか」
「ゼロが死んだという証拠も無い!あたしは絶対に貴様らなんかに堕ちたりはしないっ!!」
鈍い音の根源はがガラスに思い切り拳を振り上げたことにあった
ぎりぎりと白くなるまで握り締められた拳が何度も何度もガラスに当てられる
そしての瞳からは透明な粒が断続的に零れ落ちた
「…あたしはっ、あたしは自分を信じる!だから…だからゼロは…」
其処まで言って、の身体はガラスを伝ってずるずると崩れ落ちた
しゃくりと上げ、はシュナイゼルの足元で小さくなって肩を震わせる
初めて見るの泣く姿、そのあまりに小さい身体にシュナイゼルは微かに眉を顰めた
「…ぅ、っく…、っ」
白い拳には血が滲んでいた
「…(ルルーシュ、ルルーシュ、ルルーシュ)」
どうして貴方は、勝手にあたしの前からいなくなるの?
約束してくれたのに、あたしはもう必要ないですか?
死んだなんてくだらない嘘、微塵も信じてないから
だからどうかルルーシュ、
「…生きてて…っ!」
シュナイゼルはそんなの姿を見下ろし、静かに其処を後にした
*
腕から伸びるチューブの先には少しだけ色の着いた液体
生きるためだけに必要な栄養分を此処から補給させているらしい
ふとそれを見上げて、腕に突き刺さる注射を反射的に抜いた
「…っ」
ちろり、という痛みのあと其処から僅かに血が滲み出す
初めて目覚めてから一体どれくらい経っているのだろう
唯一時間を知れるのは交代の見張りがやってきたときだけ
彼らは多分3時間置きぐらいに交代をしている
だが今が夜なのか、昼なのか、それすらも分からなかった
「…(たすけて)」
無駄な助けを祈るくらいなら、どうか彼の無事を祈りたかった
あれからシュナイゼルは一度も此処を訪れない
でもそれはあたしにとっては都合がよかった
シュナイゼルを目の前にして、正気を保っていれる自信がないのだ
「ルルーシュ」
響きもしない自身の声
そんなときだった
ふいに扉の開く音が耳に届く
ここに入ってくるのは栄養剤を取替えに来る医師達ぐらいなのだが、栄養剤はまだ残っている
では誰だ、そう考えたところでその考え自体が無駄なことに気づき、瞳を閉じる
横になったままガラスの方に背を向けた
「(…早くどっか行け)」
誰とも分からない人物に僅かながら怒りを感じる
態々こんなところに訪れるだなんてよっぽど暇な人間なのだろう
シュナイゼルが興味を持った黒の騎士団の残存をそんなに見たいのか
くだらない、本当に、馬鹿じゃないのか
そう勝手に解釈してあたしは唇を噛んだ
「…起きていないようです」
低い男性の声
身動きひとつ取らずにあたしはその言葉に耳を傾ける
お願いだから一人にしておいて欲しい
どうせ時間の分からないこの空間、何時まで感傷に浸ってようと誰もなんとも言うまい
実際栄養剤を注入され、ただ睡眠を繰り返すだけのあたしは既に人とはとらえられていないのだろうか
どうでもいい、早く此処から消えろ
「…」
どうやら足音からしてここに訪れたのは一人ではないらしい
二人、三人、いや四人か
こつり、と一人の足音が一層あたしに近づいたのが分かった
何をする気だ、またどうせただの様子見にすぎないのだろう
あたしは逃げ出したりなんかしないんだから、無駄な行為だと思う、本当に
奴等が一刻でも早く此処から消えるのを待って、あたしは更に硬く目を閉じた
「…」
聞き間違えでは無かった
確かにガラスの前に佇む人物はそう言った
それはいやに聞き覚えのある声で
「っ!」
それは反射的だったのかもしれない
だるくて動かない身体をそれでも俊敏に起き上がらせ、振り返る
ガラス越しに見えた光景に、言葉を失う
「…、なん、で」
やはり其処にいたのは四人だった
だけど一番ガラス寄りに立つ彼だけは他の軍人と違う格好で、そして見覚えのある顔で
「…スザク」
茶色の四方に跳ねた髪の毛、あの温かみは消え、冷たい色を放つ翡翠の瞳
こみ上げ、溢れる疑問を口に出来るほどあたしは器用ではなかった
「…なんで、…」
「…」
スザクは何も言わない
ただ冷たく重いその翡翠をこちらに向けているだけであって、あたしの知っているスザクは其処にいなかった