彼は別人のようだった
あの太陽みたいに暖かく、柔らかく微笑む彼はもういなかった
見下ろされた瞳がただ冷たくて、それを見つめ返すことしか出来なかった

「…なんだ、起きていたのか」

後ろに着く軍人が不愉快そうにそう呟く
依然、スザクは眉一つ動かさない
そんな中あたしはスザクに対する疑問をひとつひとつ思い返してみる
まず最初の疑問は何故此処に訪れたのか
次の疑問はルルーシュのこと
だけどそれを口にするより早く、あたしの身体の中に何かが駆け巡った

「っ!?」

ふつふつとこみ上げて来る彼に対する怒りと憎しみだった
どうしてあたしはこんなにも彼を憎んでいるのだろうか
勿論彼が軍人であたしの敵ではあるが、あたしは彼にこれほどの憎しみを抱いたことは無い
では何故、
まさかスザクはルルーシュを撃ち、そしてルルーシュは

「(…そんなはず…!)」

不自然に途切れている自身の記憶に苛立ちが募る
だがもぎ取られたように無くなっている記憶、スザクに対する尋常ではない憎しみにあたしはそちらに疑問を抱いた
何故あたしは神根島のことを覚えていない?
何故あたしはこんなにもスザクを憎んでいる?
何故、何故、どうして

何があった?


ひとつ、静かだった水溜りに雫が落ち波紋を作る
広がる波紋は確実に大きくなっていき、そして


「…あ」

「また俺から奪うのか!?母さんを!ナナリーまで!」

「シャルル・ジ・ブリタニアが刻む、」

「いやあ!やめてえっ!!ルルーシュっ!!」

「奴は忘れた、何もかも、そしてお前のこともな」

「残念だったね?あたしにギアスは効かないのよっ!」

「いえ、お言葉ですが皇帝陛下、シュナイゼル殿下がまだ彼女を必要としています」

「ならば我が力の前で試すといい!貴様に本当にギアスが利かないのかをな!」

「…スザ、ク」



止まっていたあたしの中の時間が音を立てて再び時を刻み始める
波紋は静かに染み渡り、そして次から次へと大きな波紋を生み出していく
ああ、そうだ、

おもいだした



ゆらり、と眠っていた何かが動き始める
高まる鼓動、溢れる憎しみ
そう、思い出した、何もかも
スザクは、スザクは
あたしとルルーシュを皇帝の前に突き出し、其処でルルーシュは

「…!」

自分をただ呆然と見上げていたはずのがいつの間にかしっかりとこちらに怒りで溢れた瞳を向けていることに気づき、スザクは僅かながら反応を示す
静かに立ち上がったは瞳に揺らめく光を宿し、スザクを睨んだ
そして黒の瞳を細め、翡翠を見つめる
スザクは目を見開いた

「よくも、あたし達の記憶を消してくれたね、スザク」

言い終わると同時にの手足を繋いでいた鎖が勢いよく破壊される
驚き、目を丸くしている暇など無い
次の瞬間、ブリタニアの最新技術を施した最強の強化ガラスが一瞬で砕け散った
ガラスの砕け散る物凄い轟音と共にがそれこそ目で終えないほどの早さでスザクに向かっていく

「よくも!!」

の手に武器は無い
だが確実に今のには人が殺せる勢いであった
だからこそ、スザクは思わず手渡されていた剣に手を伸ばす
栗色の髪の毛が靡いた、そのとき

「…っ!」

がスザクの目の前で大きく目を見開いた
そして辛そうに、悲しそうに瞳を細め、その身体は崩れる
自身の方にゆっくりと倒れこむをスザクは反射的にその身体を受け止めた
見れば普通の銃とは違う銃を構えた軍人

「麻酔薬を含んだ精神安定剤、少々手荒なものを使用しましたが」
「…」

がちゃり、と銃を肩にかける軍人に、スザクは小さく頷く
倒れこみ、動かなくなった彼女を駆けつけた専属の軍人に受け渡そうとの身体を持ち上げた瞬間だった

「っ」

スザクは言葉を失った、
そのあまりの軽さと、あまりの細さに
元から身体付きの細い彼女ではあったが、だが今の身体つきは異常としか言いようが無かった
薄い肩、細い腕、白い頬、紫の唇
ガラス越しでは分からなかった、の衰弱しきった身体にスザクは愕然とした

「…なんで」

ふと粉々になったガラスの散りばめられた奥に視線をやる
栄養剤の入った点滴が無残にも其処にぐちゃぐちゃになって落ちていた

「実験体をこちらに」

言われてスザクは、はっとして我に返る
そして実験体、と呼ばれたをゆっくりと抱き上げた
無意識のうちに表情が強張る
スザクにとっては今は敵であっても、かつての想い人でもあるのだ
心が痛まないはずなどなかった

「…」

下手すれば片手で担げてしまえそうな小さな細い身体
硬く閉じられた瞳の下に、長い睫毛が影を作っている
それがひどく美しく、そして儚いものに見えてしまい、スザクの心が揺さぶられた

「彼女はどうするんだ」
「シュナイゼル殿下には後報告し、今は特別監禁牢に入れておこうと」
「特別監禁牢?あそこじゃ栄養剤の投与ができないだろう、それに衛生的にも」
「しかしあそこは地下故に鎖も此処より頑丈な上、完全な密室ですから、栄養剤など少しばかり与えなくとも死にはしないでしょう」

軍人の言っていることは尤もで、だからこそスザクは眉を顰めた
しかし思いもよらない響いた声に、其処にいた全員の視線が扉に集まった

「いや、特別監禁牢には入れなくていい、場所ならあるんでね、そちらに移してもらえるかな」

金色の髪の毛を僅かに揺らし、部屋内の状態を見ても眉一通動かさずにシュナイゼルは告げた
即座にスザクを覗く軍人は僅かに眉を顰めるものの、すぐさまその手配をするべく部屋を出て行く
残ったのは、シュナイゼルとスザクと、その腕の中のだけだった

「手間を掛けさせてしまってすまないね、」
「いえ、滅相もございません」

久しぶりに顔を合わせるシュナイゼルに、スザクはをそのままに頭を下げる
すると何を思ったのかスザクの腕の中のを視線を落としたシュナイゼルはそのまま自らの手でを抱き上げた

「シュナイゼル殿下、危険です、彼女が目覚めたら…」
「大丈夫だよ、先ほど使った精神安定剤の中の麻酔薬は随分と強いものだから」

確信のある笑みで言われ、スザクは引き下がることしか出来ない
体格のいいシュナイゼルの腕の中、は更に小さく見える
シュナイゼルは白い手袋の上からの頬を一撫ですると、スザクに視線を投げた

「君とは、友達だったらしいね、は」
「…は、しかし今、彼女は黒の騎士団、我々の敵でございます、友人という関係だったことを恥じるべきだと後悔しています」
「ほう」

しかしスザクの言葉は本心ではなかった
今でもどうしてが黒の騎士団なんかにいるのだろう、と絶望に似た後悔に襲われることがある
それでも今の自分はナイトオブラウンズ、ブリタニア皇族直属の騎士でもある自分がに情けをかけているなどと知れたら大変な騒ぎになるであろう
シュナイゼルが意味深な笑みを濃くした

「…殿下、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「何故敵である彼女を危険を犯してでも此処に捕らえておくのです?」

す、とスザクを一瞥したシュナイゼルはすぐに視線を外し、扉へと向かっていく

「興味を持ったんだ」
「彼女の能力にですか?」
「まあ、色々とだ」

曖昧な返事が癇に障る
しかし仮にも相手は皇族のひとり、スザクは複雑な表情のまま口をつぐんだ

「(…くそっ)」

わけも分からない感情に、一人苛立ちを感じた