銃声が響いた
まるでそれはスローモーションのように
ルルーシュの放った銃弾は無線機を壊し、スザクの放った銃弾は彼の銃を弾き
はっとしたときにはもう遅い
一瞬の隙をついたスザクが激しい飛び蹴りをルルーシュに食らわせるとその身体の上に馬乗りになった
同様したのはカレンも同じで、だけどさっと向けられた銃に動けなくなってしまった
「ゼロっ!!」
「こいつはルルーシュだ!」
必死に抵抗するも、軍人であるスザクに勝てるはずなくルルーシュのサクラダイトは胸から剥がされそのまま投げ捨てられる
呆然と立ち尽くすあたしを尻目にスザクの声だけが響いた
「日本も!君も利用した男を守りたいのか、君は!?」
言われた言葉にカレンは返す言葉が見つからなかったのだろう
あたしの横をすり抜けるとそのまま走り去ってしまった
残されたのはあたしとスザクとルルーシュ
そうして漸く、あたしはルルーシュを守らなければ、という本来の目的に気づく
「来るなっ!」
鋭く響くスザクの声、あたしは思わずその翡翠を睨みつけた
「君も、利用されていたんじゃないのか?」
「…え?」
「この男に、ルルーシュに、利用されていただけじゃないのか?」
冷め切った翡翠の瞳が細められる
スザクの下でルルーシュがその言葉を聞き、なんともいえないような複雑そうな表情をした
しかしそのままルルーシュが何かスザクに反論するよりも早く、あたしは叫ぶ
「ふざけるなっ!」
怒りだろうか、悔しさだろうか、何かが込み上げて来る
スザクの僅かに驚いた表情が見えた
「あたしは自分の意思でルルーシュについて来た!ルルーシュと同じ思いでブリタニアを壊したいと思ってる!!」
「その考え自体がこいつに植え付けられたんじゃないのか!」
「っ!!違う!!ルルーシュについてきたのはあたし自身が出した答え!ブリタニアの狗のスザクにそんなこと言われる筋合いないっ!!」
かっと頭に血が上って思わず腰に挿してある刀に手を伸ばす
しかしすぐさまルルーシュの額に当てられたスザクの銃がかちゃりと鳴らされた
その瞳は、本気だった
「君がその刀で俺を刺し殺すのと、俺がこいつを撃ち殺すの、どちらが早いと思う」
「っ!」
確かにそうだ
こちらがどんなに素早く攻撃をしかけようとも既に額に宛がわれた銃からその攻撃を逃れられる時間などない
どう見ても、こちらが不利だ
スザクがあたしが動きを止めたのを見て、微かに口元を緩めると静かに告げる
「持っている武器全てをこちらに渡せ」
反論など言えるはずなかった
スザクの方へ刀を鞘に入れたまま投げる
それを受け取ったスザクは銃口はそのままにゆっくりと立ち上がった
「ゼロ、君を終わらせる、…そして、君も終わりだ」
何も出来ない自分が情けなくて、唇をかみ締めることしか出来なかった
「ぐっ!」
思い切り床に叩きつけられた所為で鈍い痛みが走った
目の前の王座には、憎くて憎くてたまらない、あの男
スザクは片膝をついてルルーシュを引き出した
「元第17皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、…久しいなあ、我が息子よ」
珍しく目を丸くする皇帝はその光景をまざまざと見つめる
それより離れた扉のすぐ前ではルルーシュと同じく拘束着を着せられ、鎖で繋がれている
「恐れながら申し上げます、陛下、自分を帝国最強の騎士、ナイトオブラウンズにお加えください」
スザクの淡々とした声色が許せなかった
はなんとか逃れようと動くも拘束着の上からさらに鎖で繋がれ、身動きひとつ取れない状態だ
ただ床に押し付けられ、これ以上ない屈辱を味わうルルーシュを見つめることしか出来なかった
そしてゆっくりと皇帝は立ち上がり、ナイトオブラウンズへと昇格したスザクに命じる
「では、ナイトオブラウンズに命じる、ゼロの左目を塞げ」
「イエス、ユア、マジェスティ」
皇帝の言葉通りルルーシュの左目を塞いだスザクは右目を彼に差し出すようにと手を固定する
がっちりと顔を掴まれ、且つ瞳さえ閉じれないルルーシュ
皇帝は静かに口を開きながら近づく
「皇子でありながら反旗を翻した不肖の息子よ、だが、まだ使い道はある」
ルルーシュのすぐ目の前まで歩み寄った皇帝の言葉に、も眉を顰める
そしてその瞳に見えた紋章にルルーシュは目を見開いた
「記憶を書き換える、ゼロのこと、マリアンヌのこと、ナナリーのこと」
「まさか、ギアス!?」
ルルーシュの言葉に今度はが目を見開く
拙い、拙い、拙い、
ルルーシュは左目を塞がれている
そして目の前の皇帝はギアス保持者でありながら、記憶を書き換えると告げた
の顔色はさっと青くなった
「全てを忘れ、ただ人となるがよい、勿論其処の女のこともだ」
「やめろ!また俺から奪う気が!母さんを!ナナリーまで!!」
勿論その言葉はしっかりとにも届いていた
口を覆う布をなんとか下にずり下げるとはじゃらじゃらと鎖を揺らして叫んだ
「いやあ!やめてえ!!ルルーシュ!!」
そんな叫びもただ虚しく響くだけで
ルルーシュが僅かにこちらを向いた気がした
「シャルル・ヴィ・ブリタニアが刻む、新たなる偽りの記憶を!」
「やめろおおお!!」
ルルーシュの悲痛な叫びが響いた
そして糸の切れた操り人形の如く、ルルーシュの身体は床に崩れる
は目を見開いたまま、言葉を失った
「ル、…ルルっ、シュ…!」
声が震える、視界がぼやけてしまって赤い絨毯すらよく見えない
だからこそ、目の前に近づいていたスザクの気配にすら気づけなかったのだろう
スザクの鋭い声が響いた
「陛下、この女はどういたしましょう」
「…こちらへ連れて来い」
は困惑した瞳のまま、スザクを見上げる
スザクは鎖を外すと、躊躇もせずに拘束着の肩の辺りを掴んでを引きずった
ただ引きずられるがままには悔しさに唇をかみ締める
やがてその大きな威圧が上から圧し掛かってくるのが分かった
「ほう、こやつがゼロの仲間、最後までゼロに仕えていたやつか、よもやこんな小娘だったとはな」
どさりと床に落とされて、肩と顔に痛みを覚える
それでも怒りと悔しさで、は思い切り皇帝を睨み付けた
「貴様の働き、一度目にしたことがあるぞ、どうもおかしな能力を使う」
「…お前が、ブリタニア皇帝」
しかし皇帝の言葉など耳に入らず、はただただ目の前の男を睨み付けるだけ
この男が、ルルーシュの最大の敵であって、ルルーシュの父親
神聖ブリタニア帝国の皇帝なのだ
ああ、此処で、此処でこの男を殺せばルルーシュは
「うあっ…!」
突然走った痛みには思わず声を漏らす
どうやらスザクがの髪の毛を掴み上げているようだった
ルルーシュと同じような、柔らかくて細い髪の毛
しかしそれ以上に長く妖艶な髪の毛は、が床に突っ伏しているため美しく絨毯の上に散らばる
その幼い顔に見合わずひどく憎しみに満ちた光を宿す瞳に、皇帝は薄く笑みを浮かべた
「枢木、この女の名前は」
「です」
「ほう、イレブンとな…、残念だったな、ゼロはもういなくなった」
皇帝の余裕を見せ付ける笑みに、は眉間の皺の数を増やす
「奴は忘れた、何もかも、そして貴様のこともな」
「ルルーシュが忘れてもあたしは忘れない、彼のお前に対する怒りも憎しみも全て!」
言葉を紡いですぐにまた床に顔を叩きつけられる
皇帝への侮辱に対する仕置き、ナイトオブラウンズとしての全うな仕事だろう
それでもは続けた
「黒の騎士団は絶対に消えない!だからゼロも消えない!」
「はっ!馬鹿なことを口走る小娘よ!貴様など既に用済みよ、今すぐにでも処刑できるのだぞ?」
「殺すなら殺せばいい!!だけどあたしが一人消えたところで状況は何も変わらないわ!」
一般のものなら皇帝のその凄まじい威圧と声色に気がおかしくなっても変ではないというのに、は負けじと叫んだ
ぎりぎりとスザクの手に力が篭るもが口を閉じることはない
「殺して満足なら殺せ!お前なんか!お前なんかに動じるものか!」
「貴様のその命、いらないと見るぞ?」
皇帝の瞳が細められる
其処で終始沈黙を守っていたスザクが口を開いた
「お言葉ですが陛下、シュナイゼル殿下がまだ彼女を必要としています」
「シュナイゼルが?何故だ」
「陛下も仰っていた特殊な能力に興味をお持ちになったようです」
「…なるほどな」
何かを考えるような仕草の後、皇帝は僅かに声色を落として声を漏らす
そして先ほどのようにの目の前に立つと、その瞳を真っ直ぐ見つめて自身の瞳にギアスの紋章を浮かび上がらせた
だが浮かび上がらせた瞬間、がひどく声をあげて笑った
微かに皇帝の表情が曇る
「ギアスね?ギアスであたしの記憶も消そうとしてるんでしょう?」
「やはりギアスのことは知っているのか」
「残念だったねえ?あたしにギアスは効かないのよ!」
言葉のあと、皇帝だけではなくスザクも驚きに顔を染める
は勝ち誇ったように笑みを見せつけ、にやりと口元を緩めた
しかし皇帝は顔色ひとつ変えずに口を開く
「ほう、証拠は」
「あたしは今までルルーシュを含めギアス保持者に2人会った、そのどちらのギアスもあたしには効かなかった!」
「なるほど、そやつらのギアスは同じであったのだろう?」
「…何?」
「ギアスを与えた人物が」
瞬間、の表情がさっと強張る
それを見逃さずに皇帝はを見下ろした
「ならば我が力の前で試すといい!貴様に本当にギアスが利かないのかをな!」
そしてルルーシュにやったと同じようにスザクがの顔を強く掴む
瞼の上と頬をつかまれ、は瞬きすらできない
ギアスの紋章がくっきりと浮かび上がった
「くっ、やめっ!離せっ!!スザクっ!!」
「、君が最初に間違いに気づいていればよかったんだ」
何度首を横に振ろうとしてもできない
は絶対の危機を感じ、必死に抵抗を試みるも、全て無駄に終わる
ただ少しだけ、スザクの表情が見えた気がした
「シャルル・ヴィ・ブリタニアが刻む、」
悲しそうな、翡翠の瞳だった
「偽りの、記憶を」
忘れたくない
この記憶だけは絶対に
忘れたくなかったのに
「いやあああああああっ!!!」
目の前が真っ赤に染まった