淡い恋心は醜い憎しみへ、
眩しい友情は悲しき慈悲へ

儚い祈りは、やがて真っ黒な殺意に

重い瞼をゆっくりと開ける
やはり閉じられていた瞳には痛いほど眩しい光が差し込んだ
まだ、此処にいるのだと、は僅かに肩を落とす
しかし見えた光景が自分が気を失う前と随分違うことに、開きかけてやめた瞳を大きく見開いた

「…、」

言葉も出ない、
目の前にあったはずのガラスはなく、その代わりとばかりに手足の自由を奪う鎖がより厳重なものに変わっている
しかも先ほどは密室だったため、座ったり重力に逆らうことなく横になったりも出来たが今度は違う
太く冷たい鉄の板のようなものに押し付けられた自身の身体は胴回りと首周りにも鎖が付けられていた
勿論全身を繋がれているため、今のは立っている状態である
それが足に随分と負担を掛けているのは、きっとが此処から逃げられないようにとの警戒だろう

一通り自分の状態を見てから、はゆるゆると視線をあげた
ばちり、と翡翠と視線がかち合う

「…あたしの前に現れるなんて、よくできたね」

鋭い視線を送ろうとも、の前で佇むスザクは顔色一つ変えない
密室にいたときとは鎖の厳重具合がまるで違うが、その代わりにガラスがないのでお互いの声がひどく聞き取りやすい
この鎖さえなければ、は何度そう思っただろうか
ぎり、と唇を噛んだは再びスザクを睨む

「…皇帝のギアスは完全ではなかった」
「…完全ではない?」
「そう、多少の記憶障害はあったけれど実際あたしが忘れていたのは神根島でのことと、皇帝にギアスを掛けられていたということだけ、ルルーシュもスザクもナナリーも、誰一人としてあたしは忘れてない」

はっきりと、そう告げたにスザクは眉を寄せる
やはり彼女には完全には利かなかったのだろう
しかしは何処か悲しそうに眉を寄せて、視線を落とす

「…スザク、返してよ…もう、返して」
「え…?」
「あたしを、ルルーシュの下に…返して…」

その瞳は今にも涙を零しそうで
悲痛な懇望に、スザクは複雑そうな表情を崩さない

「どうして、そこまで彼にこだわるんだ、君は」

その言葉は果たしてスザクの本心からの言葉だろうか
の視線は足元を暫くさまよってから、静かに閉じられる
いつの間にか腰近くまで伸びていた栗色の髪の毛が僅かに揺れた

「…彼が、ルルーシュが、大切だから…彼は、あたしの…、あたしの全てなんだよ」

そう、誓ったのだ
彼を護ると、彼のそばにいると
それは使命とかではなくて、自分が望んだことであって
誰になんと言われようと自分は彼の味方でいることを決めたのだ
たとえ、世界が彼を見捨てたとしても自分だけは

「…スザクにとっての幸せってなに?」

ふいにの声がスザクの思考を遮る
視線を上げれば悲しそうな黒の瞳がこちらを向いていた

「スザクは、今、幸せなの?」
「何、を」
「スザクは人を護りたくて軍に入ったんでしょう?だけどスザクは今、人を殺すことに何も感じてない」

返す言葉が見つからない、
スザクはただ降りかかるの声を耳に入れることしかできなくて
だからこそ言葉のひとつひとつが、彼自身に突き刺さる

「スザクにとっての幸せってなに?ゼロを殺すこと?あたしを、殺したい?憎くて憎くて仕方ないんでしょう?」
「…」
「規則に従って、友達を売るの?どうして…ルルーシュは」

「あいつは、ゼロだ、…だけどゼロはもういない」

スザクの声に、は僅かに目を見張る
しかしすぐには口を開く

「あたしはルルーシュを護る」
「…っ、なんで…」

あまりにも真っ直ぐなその視線を受け、スザクは微かにたじろぐ
ただのルルーシュに対する思いの純情さに汚く反論を返すことしか出来ない

「…ルルーシュは忘れた、ギアスのことも、君のことも!全部!」
「でもあたしは思い出した!ルルーシュに全てを教える!」
「教える?どうやって!君は捕らえられているんだぞ、ここから逃げ出せるとでも」
「勿論よ!そして彼に伝える、全てをね」

弱弱しかったの態度は何時しかスザクと太刀打ちできるほど強いものに変わっていた
ぎ、とこちらを睨み上げる黒の瞳
未だに持ち合わせていたへの儚い想いが、彼女のルルーシュに対しての思いによってがらがらと音を立てて崩れていく
知っている、この感情は
偽りの平和の中で、何度胸に抱いた感情だろうか

「絶対に、ブリタニアなんかに屈しない」

一言、いやに部屋に響いた
訪れた沈黙は、まるで殺意をゆるやかに二人の間を通っていくかのように
それでもの瞳は煌々と光を放っていた

「スザク、貴方にもね」











「(ゼロ、馬鹿な男だ)」

雑誌を手にとってもどれもこの男、ゼロの特集ばかりで
彼はもう死んだと報道されたのに何処のマスコミもゼロの特集をやめたりはしない
本当に、マスコミも、そしてこのゼロ自身も馬鹿な人間だと思う

「…ふぅ」

投げ捨てるように雑誌を置き、そしてひとつ息をついた
言葉になりもしない苛立ちが募る毎日、ルルーシュは無意識に眉間に皺を刻んでいた

「…っち」

理由が分からない、だから更に苛立ちは募る
先ほど机の上に放り投げた雑誌は、しかし丁度彼のページを開いていた
やることもなく、泳いでいた視線が自然とページの上を踊る
大きくバツを書かれたゼロの写真、そしてその隣にはブリタニアに捕らえられたイレブン達の写真
こいつらもそうだ、ゼロなんかいたってブリタニアに敵うはずもないのに

「(馬鹿なやつら…、)」

そう、幾度呟いても苛立ちは消えない
そして極めつけは、この女

写真はないのだろう、代わりにノーピクチャーと書かれ、その下に名前が載っている
、恐らく少女のことだろう
名前からしてブリタニア人ではないのだろうが、妙にその名前が突っ掛かって仕方ない
それこそ、苛立ちを逆撫でしているかのように

「…()」

何故、こんな女、イレブンで、しかも黒の騎士団の女なんか
何故、こんなに気に留める?
何故、何故、どうして

何があった?


「兄さん?」

ふと声が掛かる
はっとして後ろを振り向けば、其処にはただ一人の弟の姿が

「ぼーっとしちゃって、どうしたの?」
「いや、別に?それより会長達は?」
「んー、まだ帰ってきてないみたいだね、買出しから」

ロロの色素の薄い髪が首をかしげることによって少しだけ揺れる
その仕草、何処かで、
遠い何処かで、目にした気がする

「電話してみる?」
「…あ、いや、大丈夫だろう」

気のせいだろう、きっと
そう、

「(俺は知らない、…こんな女)」

知らない、知らない、何も、知らないのだ





涙がゆっくりと頬を伝った
暖かいそれは顔の輪郭をなぞって、そしてぽたりと落ちて床にしみを作った

「…ルルーシュ」

スザクは出て行った
何か言いたげな、複雑そうな表情を見せてスザクは部屋を出て行った
そしてすぐに目頭が熱くなって、躊躇することなく涙が零れたのだ
なんのための涙なのか、それすらも分からなくってただ零れ落ちる涙を感じていた

「…スザク、どうして」

胸の中に渦巻く感情にまるで身体が引き千切られそうになる
それはきっと、スザクの言葉があまりに重くって、あまりに冷たくって

『ルルーシュは忘れた!ギアスのことも、君のことも!』
「…そんなこと知ってるよ」

ねえ、スザク、スザクにとってルルーシュはもう敵でしかないの?
ただ一人の友達ではなかったの?

スザクの、幸せって、なに?


貴方の幸せに、彼は、いませんか?