「…何」

ふとは俯かせていた顔を上げた
勿論ただ上げたわけではなくて、何の拍子も無しに此処に訪れた彼への軽蔑の意も込められている
相変わらず鋭い視線で、しかし身体は痩せ細り、顔色も優れないに迫力は無い
それも含めてか、僅かに眉間に皺を寄せて口を開いた

「随分と、痩せてしまったね」
「…、あんたなんかに関係ない」
「関係はあるだろう、君に死なれて困るのは私だからね」

薄紫の瞳がす、と細められる
はその視線に更に目つきを鋭くして彼を睨み上げた

「まあ、いい、今日は君に伝えたいことがあってね」

作られた笑みを口元にわざとらしく浮かべるシュナイゼルに、は眉を顰める
珍しく護衛一人も連れずにふらり、と此処に現れたシュナイゼルは変わらずまるでを自身のもののような言い方で続けた
勿論それが気に食わないはその瞳から視線を外した

「これから私はドイツ侵攻の最前線で指揮をとることになった、此処を離れる」
「…」

は何も言わない
だからどうしろと、とその視線に込めて再びシュナイゼルを見る
その後に続けられる言葉に、は思わず驚きに表情を染めた

「君はエリア11に送られることが決まった」
「…!!」

目を見張るに、シュナイゼルは淡々と言ってのける

「勿論、そちらでも君の監視は続けられる、エリア11には最もな戦力が向かうことになっているからね」
「エリア11に…」
「喜ぶべきことだろう?それとも悲しむべきことかな?ゼロはもういないのだからね」

き、とシュナイゼルを睨む
最もな戦力、という言葉に若干疑問を感じつつも自分が僅かでもルルーシュの傍に近づけることが嬉しくて仕方が無い
此処で舞い上がるべきではないのだろうが、は素直にブリタニア本国を抜けられることを喜んだ

「だけどどうして…」
「君が気にすることは無い、エリア11に移ったとしても今の状況は変わりはしないのだからね」

相変わらず棘のある物言いな男だ、しかし今となってはもうそんなことどうでもいい
の頭の中にはエリア11に向かうと、それだけだった



思わず気を緩めていたせいか、視線を落としていたの目の前にシュナイゼルはいた

「…っ」

その彼と同じような瞳から視線を逸らせなかった
薄紫の、奥底に何かを秘めているかのような、だからはシュナイゼルの瞳が嫌いだった

、君は大きな勘違いをしている、」
「…」
「私がただ興味を示した、との理由だけで君をこんなところに拘束しておくと思うかい?それもいつまでも」

何を言い出すのだと、は困惑した表情でいつもより随分と至近距離にあるシュナイゼルを見つめる
端正な顔立ち、金色の髪の毛が視界の端に見えた
ぐ、と顔を近づけられて、それでも自分を拘束する鎖達が抵抗を邪魔する
彼独特の高貴な香りが鼻を掠めた

「もう一度だけ言っておこう、君がブリタニアに協力すると言うのならば私は喜んでそれを受け入れよう」

それだけ言うと白の手袋をそのままにの頬に指を滑らせた
その行為に思わず背中がぞくりと総毛立った

「…っ、何を今更、あたしは絶対にブリタニアなんかには寝返らない」

揺るぎそうになった意を掘り起こし、しっかりとシュナイゼルを見据える
満足げに微笑む彼が何処か憎らしくて、漸く視線を逸らすことに成功した
そのまま部屋を出て行くシュナイゼルに、は何故か肩を撫で下ろした











しかしそれを見計らっていたかのように、彼が出て行ったすぐ後に入れ違いのように一人の青年が入ってくる
何故だろうか、今日は来客が多いようだ
見たことも無い青年は、しかしスザクと同じような出で立ちをしていた
それを見て、彼もまたスザクと同じ地位の人間、ナイトオブラウンズだと察することができる

「…、」

態々自分から口を開くこともないだろうと、は青年の行動を伺う
彼は何をするわけでもなく、それでも他の軍人よりも晴れやかな表情をしていた
笑顔がひどく似合うだろうと、はぼんやりと考えた

「名前何ていうんだっけ、えっと、そうだだっけか?」

突然口を開いたかと思えば名前を呼ばれる
思わず目を丸くして彼を見やった

「そんな驚いた顔しないでくれよ、別にとって食うわけじゃないんだからさ」
「…」

怪訝そうな目つきで彼を見やれば、眉をへの字にさせて手を顔の前で振った
派手な金髪の髪の毛は後ろで小さな三つ編みにされている
躊躇することも無く、の目の前までやってきた彼はずい、と顔を覗き込んできた

「ふうん、君がねえ」
「…誰」
「あ、悪い悪い、ジノ・ヴァインベルグって言うんだ」

ジノ、と呼ばれる青年はそう言ってにかっと笑みを見せた
仮にも敵のに此処まで友好的で果たしていいのだろうか
そのくらい、逆にこちらが心配してしまうほど彼はに緊張を持たせなかったのだ

「何をしにきたの、ラウンズでしょう貴方、…こんなところに」
「ほう、よく俺がラウンズだって分かったなあ、ああ、この服か、スザクも此処に来たんだろ?」

スザクの名前が出たことに、僅かながら反応を示す
やはり彼もまたラウンズの一人らしく、それもスザクとはその呼び方からして仲がいいらしい

「スザクの友達だったんだろ?君」
「…もう、過去のことでしょ、今スザクの中であたしは敵でしかないんだから」

落とした視線によって伏せ目がちになったところに、そっと伸びた前髪がずり落ちる
白い頬に長い睫毛が影を作り、それを隠すように栗色の髪の毛が僅かに垂れる光景
ジノはそれを素直に綺麗だと感じた

「(スザクが骨抜きにされるわけだな)」

拘束こそされているものの、人目を惹く彼女の容姿、そして何処か儚げな印象
彼女が笑っているところを見てみたい、と一瞬本気で思ってしまった自分は不謹慎にあたるのだろうか
基本的にマイペースなジノはそっとそんなことを考えた
は変わらず息を一つ吐くと、静かに口を開く

「スザクは、笑ってる?」
「え?」

先ほどとは打って変わり穏やかなの声色、表情にジノは目を丸くした
勿論、その言葉の内容についてもだ

「あたしはもう敵でしかないからもう見れないかもしれないけど…スザク、ちゃんと笑ってる?」
「え、あ、ああ…」
「…そっか、よかった、もう笑えない人間になっちゃったら嫌だったから」

どうして彼女はそこまでスザクを気に留めるのか
どうして彼女はそんな表情を見せるのか
ジノは不思議でたまらなかった

じ、とを凝視していると急に鋭さを持つ黒の瞳

「…そんなことより、返答を貰ってなかった、なんでこんなところ来たの?」
「来て欲しくなかった?」
「当たり前」
「ふうん」

つまらなそうに唇を尖らせるジノは出て行く気配を見せない
何をこんな囚人とも呼べる自分の下に来たのだろうと、彼の思考を疑いたくなる

「スザクはまだ君を気に留めてる」

ふと口にした言葉に、は目を丸くしてジノを見つめた

「…何をそんな、」
「これは本当さ、信じまいと信じようとそれは自分の判断に委ねるけど、」

ジノの瞳は嘘なんかついていなかった
だけどスザクにとって自分はもう敵でしかないのに、気に留める必要性など何処あるだろうか
この間だってそうだ、顔を見せたかと思いきや浴びせられるのはゼロの死、という言葉
明らかに自分に敵意をむき出しにしているようにしか思えない

「スザクがそんなに未練たらたらになるような人を見てみたくってさ、じゃあな」

くるりと踵を返してジノは扉へ向かってゆく
それを呆然と見つめることしかできないに、突如ジノが顔だけ此方に向けた

「エリア11に送られるんだってな?」
「…」
「まあ、また会えると思うよ」

金髪の髪の毛が揺れたのが視界に入った