シュナイゼルの行動はさすがに彼らしいというか、迅速だった
あたしが思うに多分三日以内だっただろう、エリア11に送られる準備は整った
といっても時間を知る術が何一つないあたしにとってそれは体感時間でしかないが
いつも投与されている栄養剤の中に、睡眠薬が混ぜられたのが三日目だった
流れ込んでくる睡眠薬は確実にあたしの意識を暗闇に落としてていって、朦朧とする中シュナイゼルを見た
「エリア11で、会えるといいね?」
彼に、という言葉が耳に響き渡る前にあたしの意識は堕ちた
勿論それは人為的なものだったため、生理現象で眠りに着くより幾分身体には負担が掛かる
ぼんやりと、瞳を開いて見える世界は然程変わってはいなかった
だけど決定的に違うもの、それはあたしの身なりであった
「…ぅ」
頭がぐらぐらする、目も充分に開けなかったが胴回りを拘束されていた圧迫感が消えている
どうやら今拘束されているのは両腕だけらしく、本国にいたときよりもすっきりとしていた
それでも周りの兵士の数はあたしを拘束する道具に比例して多くなっているのも分かった
エリア11でもこんな白い部屋に監禁されているだけなのか、無性に虚しくなって顔を俯かせた
だけどこれで彼との距離は確実に縮まった
待っていて、ルルーシュ
「いいのかー?スザク、あの子エリア11に送られちゃったぞ」
飄々とした声色で問いかけるジノにスザクは至極面倒くさそうに眉を寄せてソファーに預けていた背中を上げた
必然的に見上げる形になっているジノに顔を向けてスザクは口を開いた
「どういう意味?」
「そのまんま、自分の監視下に置いといたほうがよかったんじゃないの?」
その言葉に僅かながらスザクの表情が厳しくなる
ナイトオブラウンズになってから、スザクの表情は減った
それは大切な人を失った悲しみからか、大切だった人を失った悲しみからか、ジノには分からない
鋭い翡翠の瞳がやや細められる
「シュナイゼル殿下のことだからエリア11でも監視は厳しいはずだ、此処でなくとも大丈夫だと思うけど?」
「…そーじゃなくてさ、」
言葉を濁らせるジノについにスザクは立ち上がった
「…君は何が言いたいんだ?敵でもあるあの実験体がそんなに気になるのか」
幾分トーンの低い声が響き渡った
立ち上がったことによって真っ青なマントが微かに靡き、アーサーは驚いて逃げ出した
スザクはいつもそうだった、の話になるとひどく表情を曇らせて一刻も早くその話を終わらせようとする
続けようものなら部屋を出て行ってしまうし、こうやって問い詰めると怒りを露にするのだ
だけどジノはそれが気になって仕方が無い
屈託の無い空色の瞳を向けられて、スザクは暫し口を閉ざした
「もう、過去に囚われるのはやめだ」
ふと諦めに似たような声が響き、スザクは視線を落とした
ジノは目を丸くして彼を見つめる
「…は敵でしかない、だからもう割り切ったことなんだ」
まるでそれは未だ過去を引きずっている自分に言い聞かせるような口調で
脳裏に晴れやかに笑顔を見せるが浮かんでは消え、浮かんでは消える
みっともない、情けないし、軍人として有るまじき感情だ
スザクが自潮気味に笑みを作った瞬間、その場に無かった少し高めの声が響く
「逃げ出したって」
淡々と筋書きをただ読んでいるかのように告げるのはアーニャだった
その薄い桃色の髪の毛を高い位置で結わった彼女は携帯を片手に扉の前で佇んでいる
ジノがアーニャの言葉にそのまま疑問符を返せば、彼女はちっとも表情を変えずに続けた
「エリア11に送られた女、…スザクの言ってる女」
「!!」
瞬間スザクが弾かれたように顔を上げた
驚きに染まる翡翠、開かれた唇は言葉を探しているのか微かに動いている
「逃げ出したって、エリア11で?今?」
「分からない、今其処で聞いただけだから…」
「はーん、やることが大胆だな!」
感心するかの如くジノは顎に手を当てる
そっとスザクを盗み見ればその表情は困惑と驚きと、微かな怒りが混じっていた
やっぱりな、とジノは隠れて苦笑いを零した
「(…あいつに、…ルルーシュの所へ…!)」
本国で微塵も行動を起こさなかったがエリア11に移された途端逃亡を図るなど理由は一つしかない
スザクは無意識のうちに黒い皮の手袋に覆われた拳を握っていた
久しぶりに手にした刀が腕の中で走るたびかちゃかちゃと音を立てる
裸足だったため、コンクリートによって切れたのか足からは所々血が滲んでいた
血の滲む足とずっと拘束されていた腕がじくじくと痛む
だけど止まってはいけない
ブリタニアの目まぐるしい進化をそのまま移したかのような近未来の街中、白昼の人だかりにはまぎれて走り続けた
「はぁ、…はぁっ」
随分と長い間監禁されていたため身体の運動機能は目に見えるほど衰えていた
ひどく息が苦しく、肩は大げさに上下する
それでも止まってはならないのだ、走り続けなければ、そう、彼の元へ
あんな恍惚に似た殺戮を感じたのは何時ぶりだろう
自身の刀を目の前に出された瞬間、身体中の血が一瞬にして沸騰したかと思った
腕を拘束していた鎖など一瞬で塵と化し、驚き一瞬ひるむ軍人を殺すなど容易いことであった
本国にいたときより僅かに整った服装に所々血が飛び散るも、刀を腕に抱いて其処を足早に去った
もうブリタニア内には逃げ出したことなど伝わっているだろう
だからこそ、立ち止まることは許されない
「…っ、(ルルーシュ!)」
こんな街中で灰色の拘束着を身に纏った少女が刀を腕に抱き裸足で走り抜けているなど、どんなに滑稽な光景だっただろう
自分を見て振り返る人間達にも気を止めずに走り続ける
どうやら自分が送られたところは運よく政庁だったらしく、其処からアッシュフォード学園までの道のりは以前ユフィと出会った時、車で送ってもらったのをは覚えているのだ
早く、一刻も早く、彼に会いたい
例え彼が自分を覚えてなくとも、その姿をこの目で確認したい
それでも身体は限界を訴えている、
は周りを気にしながら路地裏に入ってゆく
少しだけ、ほんの少しだけ、身体を休めなくては
暗い路地裏には糸が切れた人形のように倒れこんだ
呼吸が激しすぎる、酸素をまともに取り入れられない
壁に背中を預けてはゆっくりゆっくり胸に手を当てた
大きくひとつ、息を吸う
自身を落ち着かせるように、高ぶる鼓動を抑えるように、息を吐いた
「…はぁ、」
よし、これなら走れる
そう思い、立ち上がった瞬間だった
背後に人の気配を感じたかと思うと、首筋に走る鈍い痛み
頸部に手刀を入れられたのだと気づいても遅く、意識が遠のく
募る悔しさと怒り、情けなさと悲しさ
まさかこんなにも早く、あっけなく見つかってしまうとは
自分はまたあの鳥かごのような白い部屋に監禁されられるのか、せっかく、此処まで彼に近づいたのに
意思とは反して、透明な雫が頬を滑った