其処に確かにあったのは、眩しい暗闇と、静かな希望だった


ああ、馬鹿だなと、思った
無性に自分に腹が立ってだけど結局何もできなくて
覚えてる、自分は路地裏で気絶させられたのだ、せっかく此処まで来たのに
またブリタニアの籠の中に囚われるのだろう
何故、彼がブリタニアが自分を拘束するのかは分からないけれど

だけどそんな世界だったら、目なんか開けなくとも、光を見なくともいいと思った
しかしふいに伝わった暖かさが、意に反するように瞼をこじ開ける
最初はガラスの奥にいるような曇り掛かった光景
何度か瞬きを繰り返すうちに視界は段々と鮮明さを帯びていき、そして言葉を失うのだった

「…ぁ、」

声が漏れたのは、果たして自分か、それとも目の前の彼女か
そう模索するよりも早く横になっている自分に彼女が覆いかぶさるように抱きついてきた

「よかった…!…!会いたかったっ」

抱き着いているため、顔こそ見えないものの視界の端に入る燃えるような紅蓮の髪の毛
震えている声、紅蓮の髪の毛、ああ、あたしはこの人を知っている
あたしも、会いたかった

「…カレン…、」

喉を通ったのは自分でも驚くほど弱弱しい声
それを耳にしたカレンの腕に更に力が篭った

「無事でよかった…!ずっと探してた…」
「カレンこそ無事でよかったよ、…すごく、心配してた」

漸く離れていく彼女は鼻の頭を真っ赤にして、目には溢れんばかりの涙を溜めている
懐かしい顔に、自然と頬が緩んだ
ブラックリベリオン当時よりやや大人びて見えるカレンは、そっとあたしの首筋を撫でる

「痛くない?ごめん、手荒な真似しちゃって…」
「…何を?」
「黒の騎士団のメンバーが街中で貴方を見たって言うから、卜部さんが何人かを街の中に送り込んでを連れて来る様に言ったの」
「…」
「そしたら路地裏にいたがあまりに周りを警戒していたからって仕方なく、頸部に…」

理解できた、そうか、あの時の人影は黒の騎士団のメンバーの一人だったのだ
本当に手荒な真似だとは思うが、あの時の自分だったら絶対に誰とも構わず殺していたかもしれない
そう意味ではその人に感謝するべきだ、此処まで自分を連れてきてくれたのだから

「…それより此処は?」
「仮に作られた黒の騎士団のアジトよ、でも扇さん達もまだブリタニアに…」

カレンの言葉を聞いて、漸く肝心なことに気づく
そうだ、現在の黒の騎士団はどうなっているのか
シュナイゼルは彼らが完全に消えたと言っていたが現在カレンが此処にいる時点でそれは嘘と確定される
しかし薄暗いその場に見えるメンバーは僅か数人だけ
扇も玉置も、藤堂率いる四聖剣の姿も見当たらない
それにもっと重要な、彼にとって必要な存在であり続ける彼女の姿すら見えないのだ

無意識にでも肩が落ちる
カレンに助けてもらいながら身体を起こし、するとふいに彼女以外の声が其処に響いた

「無事だったのだな」

まるで引き上げられたかのように俯いていた顔が上がる
こつこつと、ヒールが地面を叩く音が段々と此方に近づいてくるのが分かった
そして視界に入る、エメラルドの美しい髪の毛
金色の瞳が、此方を向いていた

「…C.C…っ!」

それはまさに本能的に、直感的に身体が動き出していて、自分より幾分高いC.Cに思い切り抱きついていた
零れまいと強情に堪えていた涙はぽろぽろと重力に逆らうことなく落ちていく
そっと背中に回された華奢な腕に、既にあたしは疲労も苦痛も全て全て忘れてしまったのだった

「よかった、無事だったのだな…よかったよ、
「会いたかったよ…っ、C.C…」

彼女の胸元に埋もれて子供のように泣きじゃくった
まるで聖母のようにそれを受け止めてくれるC.Cはひどく優しく微笑んでいた

「待っていたよ」











「そうか、何処か痛むところはあるか?」

ブラックリベリオンから今日までブリタニアに捕らえられていたこと、ギアスを掛けられたこと、
事の成り行きを全て話すとC.Cは特に表情を変えるわけでもなく心配の言葉を掛けてくれる
隣で複雑そうに表情を歪めるカレンは何も言わない
C.Cから受け取った黒の騎士団の団服を身につけ、あたしは彼女の言葉を待った

「ブリタニアが何故を捕らえておくのかは分からない、が、皇帝のそれは間違いなくギアスだろうな」
「…うん、それで、ルルーシュは今何処にいるの?」
「アッシュフォード学園でルルーシュ・ランペルージとして生きている、今のあいつは何も知らない」

分かりきっていたことだ、それでも視線が下がった
早く会いたいという期待と、彼が自分を忘れているという現実
カレンと視線がかち合った

「…、ごめんなさい」

ふいに漏れるカレンの言葉に眉を顰めた

「私、思わず逃げちゃって…だけどは最後までゼロ…ルルーシュの元にいて、今日までブリタニアに捕らえられていた」
「…カレン、…カレンはまだ、ルルーシュに着いてきてくれるの?」
「…」

脳裏に鮮明に焼きついている、あの日のカレンの悲痛な表情
裏切りと、悲しみと、悔しさと、ゼロがルルーシュであったことへの全ての絶望
カレンはそれでもまだ、ルルーシュに着いてきてくれるのだろうか
勿論、彼が再びゼロとして動き出すことを前提にしてだ

「…私は、それでも…ゼロを信じていたい、世界を変えてくれるって…だから」

カレンの淡い青色の瞳が此方を向いた
その瞳に不安はあっても迷いは無かった

「…ありがとう」
「…が、言うことじゃないわ」

自然と頬が緩んでしまうのは仕方の無いことだろうか
C.Cの鋭い声がそんな雰囲気を遮った

「カレン、そろそろ準備したほうがいい」
「…分かった」

暫し唇をかみ締めたカレンが急に立ち上がったかと思うと柔らかな笑みを見せた

「それじゃ、また後で会おう…」
「え?カレン、何処に行くの?」
「バベルタワーでバニーガールをしてもらう、これは任務だ」

簡潔に説明を加えたC.C、カレンと視線を移して驚愕に表情を染めた
バニーガール?任務?言っている意味が理解できなかった
それでも暗闇の中へ消えていくカレンを止める言葉も見つからない
C.Cを見れば美しいエメラルドの髪を耳に掛けながら口を開いた

「後は、お前だな」

金色の瞳がやや細められ、思わず掛かる言葉に身構える
そうしてC.Cが手にしたものを見て、言葉を失った

「…なんで、」
「任務だといったら、拒否しないだろう?」
「…」

C.Cの華奢な腕の先にある見慣れた服に言葉を忘れ、ただ呆然とそれを見つめる
これを見れば何をすればいいのかなんて誰にでも察しがつくだろう
唇をかみ締めて、それをそっと受け取った

「…あたしに、どうしろと…」
「それを着るとなれば行くところは決まっている」

立ち上がったC.Cを座りながらに見上げた
鼓動が幾分早くなった気がする

「あいつの監視、とでも言っておこう、だがこれは唯の肩書きだけだ」
「…肩書きだけ?」
「会いたいのだろう?」

びくりと肩が揺れたのを、C.Cは勿論気づいているのだろう
これは彼女なりの気遣いなのか、言葉にならない思いが胸に込み上げてきた
手中の服をぎゅ、と握り締めて静かに立ち上がる

「ありがとう、C.C」
「…礼など言うな、これは任務なのだからな」
にやり、と不敵な笑みを浮かべたC.Cににっこりと微笑みかけた





大きく、それでいて豪勢な門
それを音を立てて開き、潜り抜けると見慣れた光景が眼下に広がった
風がひとつ大きく吹いて、耳の下で結わった髪の毛を靡かせる
一つ、歩みを進めれば短い丈のスカートが微かに揺れた

「…(…ルルーシュ)」

クリーム色のブレザーに、濃紺のスカートを身につけ、あたしは歩みを進める
あと少し、あと少しで、彼に会えるのだ

待っていて、ルルーシュ
紅蓮の騎士も、灰色の魔女も、みんな貴方を待ってる