漸く掴んでくれた手は暖かく、真っ黒な絶望を塗り替えてくれた


「…どうして、此処に?」

涙で濡れた瞳をそっとルルーシュに向けては確かめるような口ぶりで告げた
こうして再び出会えたことはそれこそ言葉にならない幸せだ
しかし何故、今此処に彼がいるのだろうか
ゼロはたった今ディスプレイの奥で演説中のはずだ

「…今のゼロはC.Cが演じている、声は録音しておいたものだ」
「C.Cが…?…そっか、C.Cが」

背中と腰に回された、男にしては華奢な腕に更に力が篭った
校舎裏の物陰で、二人は暫く抱き合っていたのだった

「…記憶は、戻ったんだね」

ふいに漏れたの言葉に、ルルーシュは大きく反応した
もルルーシュも同じように皇帝に記憶を削り取られるギアスを掛けられていた
それでも彼女は自身のルルーシュへの想いでその記憶を取り戻したのだった
ルルーシュは暫し口を閉ざしてから耳元で囁く

「俺はお前を忘れていた、ずっと…だけどもう全て思い出した、
を愛していたことも、ブリタニアへの憎しみも全て…!」

怒りからか、虚しさからか、声の震えるルルーシュには涙腺が緩むのを感じていた
一字一句、蓋に閉じられていた思いを、その感情を入り混ぜてルルーシュは静かに告げた

「…俺に、ついてきてくれるか」

まるで身体中の神経という神経が痙攣してしまうのではないか、というあられもない恐怖に似た恍惚を感じた
何も言わずに、そっとルルーシュの肩に手を置いて密着していた身体を離す
返答がないことに不安を感じるのか、幾分ルルーシュの表情は固い
はしっかりとその黒の瞳をルルーシュに向けて口を開く

「…ルルーシュ、あたしはずっとルルーシュを待っていたよ、ずっと、だからあたしはもう決めたんだ」

息を吸う、ひとつ、小さく
口元に笑みを湛えて、それから言ってやったのだ
ずっと、ずっと、ルルーシュに伝えたかったことを

「あたしはルルーシュを護るためにこの世界にいるよ」

戻ってきた孤独な黒の皇子を、反旗を翻したこの少年を
喩えどんな未来が待っていようとも、誰が敵に回ろうとも、自分だけはルルーシュを護る
あの悲しき惨劇を過去という名の檻へ閉じ込め、待つべき未来へと手を伸ばすのだ
悲しむことも、立ち止まることも許されない
もういない、血塗られた皇女に代わって。この世界を、変える

「誓おう、決してルルーシュを一人にしないと」











「そうか、あの時の女子生徒が…」

注意すれば分かったかもしれない、あの時の生徒にギアスが掛かっていたことなど
しかしその注意不足のおかげでこうしてルルーシュと会えたのだから、不可抗力かもしれない

場所は変わってルルーシュの自室、
監視カメラについては事前に撮っておいたものを流しているという
だがそれも何時までもバレずに続けられるわけではないので、が此処にいれるのも短時間のみだ
見慣れた部屋、座りなれたベッド、腰を下ろせばぎしり、とスプリングが音を立てる

「それで、ブリタニアには何時まで捕らえられていたんだ」
「つい最近までだよ、…なんでか分からないけど突然本国からエリア11送られることになって…
エリア11に来てすぐに逃げ出した、それでカレン達に捕まえてもらったってわけ」

言えばルルーシュは至極表情を歪めての隣に腰を下ろす
そっと骨ばった小さな手を取り、口付けた

「…ごめん、俺が不甲斐ないばかりに…、辛い思いさせた」
「ん、大丈夫、こうしてルルーシュに会えたんだし、もういいんだ」

それでもルルーシュの表情は晴れない
だけどいつまでもこうしてのんびりとしているわけにもいかないのだ
柔らかく微笑んでみせて、それから話を核心に戻すために彼の手を握り返す

「それよりあたしはルルーシュの話を聞きたい、あの後どうなったの?」

途端、ルルーシュの様子ががらりと変わった
憎しみに溢れるような、ひどく険しい表情を見せて

「俺はルルーシュ・ランペルージとして学園に戻った、…あの偽りの弟を監視につけてな」

偽りの弟、忌々しそうにそれを告げたルルーシュには首を傾げる
そういえば、ナナリーの姿が見えない
いや、それよりナナリーはどうしたのだろうか、確かブラックリベリオンの日に、

「…(…あれ)」

思い出せない、あの日、何があったのだろうか
生徒会室に戻った自分とナナリーの元に誰かがやってきて、それから
―――思い出せない

?」
「え?あ、ごめん、続けて」

ぼう、と物思いに浸っていた所為か、ルルーシュが声を掛ける
いや、それよりも今はこれからのことが優先だ

「ロロ・ランペルージ、それが俺の弟になっている」
「ロロ?じゃあナナリーは?」
「…分からないんだ、何処にいるのか、何をしているのか…何も」

視線を落とせば長い睫毛が影を落とす
消息不明の妹、偽りの弟ロロ、いや彼は自分よりも辛い立場にあったのかもしれない
手に込める力を更に強めて、は続けた

「…大丈夫ルルーシュ、ナナリーは絶対に見つけ出せる、
それよりも今はこの状態を立て直さなきゃ、そうじゃなきゃナナリーの消息は掴めない」

確かな物言いで言い聞かせれば、ルルーシュは崩れそうな笑みを見せた
それにひどく胸を締め付けられて、は唇を噛み締めるのだった

「…分かった、それからお前はとりあえず中華の領事館へ向かえ」
「領事館?」
「今、黒の騎士団が其処にいる、入り口には多少の見張り兵がいるだろうが
ゼロの関係者だといえば大丈夫だろう」

此処にはいれない、ということだろう
せっかく会えたのだが仕方の無いことだ、は小さく頷いた
安心したように微笑むルルーシュにつられて笑みを零す
と、和やかな雰囲気が漂った瞬間だった

「兄さん?いい?」

聞きなれない、トーンの高い少年の声
兄さん、というところ、扉の奥にいるであろう少年がロロという人間だろう
しかしこれは俗に言う絶体絶命のピンチというやつだ
ロロは監視の身であるのだから、かつて黒の騎士団にいた自分の顔ぐらい知っているだろう、
そんな女がこの部屋にいればルルーシュの記憶が戻ったことなどすぐに分かってしまう
となればルルーシュと、それからナナリーの安否は確保できないだろう

「…ルルーシュ、あたし行くね」

耳元で囁く様に告げ、立ち上がる
窓から飛び降りればクラブハウスの裏、誰にも見つからずに領事館に向かえるだろう

「待っ、…!」
「しっ、気付かれるよ?じゃあ領事館で待ってる」

窓枠に手をつき、振り返る
困惑したような、不安そうな、普段のニヒルな彼からは見れない表情だ
小さく笑みを浮かべ、静かに窓枠を蹴った

「どうしたの、兄さん?」

ロロが部屋へ入って来たのと、が飛び降りたのはほぼ同時だった

「いや、ロロこそどうしたんだ?補修は受けたのか?」
「うん、一応ね、ヴィレッタ先生からは逃げれないよ」
「そうか、」

は人工ともとれるその整った芝生を握り締め、そして駆け出した