鳴り響く花火の音
響き渡る生徒達の声
それをバックにロロは静かに瞳を細めた

「…」

それでも首を横に振ると、兄のところへ向かうため、部屋を後にする
と、気配を感じ、ロロは勢いよく身体を反転させた
見えるのは自身の使うベッドと、一つの窓枠
人の気配など感じるにはおかしな光景に、ロロは眉を顰めながら再び扉に足を向ける

「あ、よかった、いたいた、ロロ」

と、その場にあるはずのない声が響きわたり、今度は心底驚いた表情でロロは振り返る
視界に見えたのは窓枠に足を掛け、今しがた入ってきましたと言わんばかりの少女が一人
髪を耳の下で結い、大きな淵眼鏡まで掛けているので一瞬本気で眉を寄せるロロだったが
その柔らかい笑みと、高い声色に張り詰めていた緊張は一気に解れたのだった

さん…!」
でいいってば、あ、ルルーシュいる?」

掛けられた言葉に予測はしていたがロロは僅か表情を消した
ブリタニアからの逃亡者でもある彼女がわざわざその危険を犯してでも此処へやってくるのは
勿論、総司令塔でもあるルルーシュと連絡を取るためでもあるのだろう
兄さんなら下にいます
下へ行くよう促すように言えば、はそう、と何故か嬉しそうに声を上げた

「よかった!」
「…え?」

ロロの予測を前提にするとそのよかった、はおかしい
思わず声を漏らせばはずり落ちる眼鏡を耳に掛け直し、そっと微笑んだ

「だってルルーシュに見つかったら怒られちゃうもん、ロロだけでよかった」

そういう訳か、とだけどロロは笑みを浮かべた
柄でもないと分かっていても、自分がまるで必要とされているような口ぶりの思わず頬が緩んでしまうのだ
アッシュフォード学園の制服を身に纏ったは騒動でも起こさなければ完全に此処の生徒だ
それでもナイトオブラウンズでもある枢木スザクのいる此処はリスクが高すぎる
そういった意味合いでを見ても、笑顔で返されるだけなのでロロは何も言わない

「あ、さん、僕兄さんと仕事があるんだ」
「そうなの?なら行っておいでよ、あたしは勝手にうろうろしてるからさ」
「…でも」
「大丈夫、大丈夫、ヘマはしないって」

軽々しく告げるにロロのへの字になった眉は直らない
些かそれに不服そうな表情を見せたは、急にロロの手を取ると部屋を出る

「ルルーシュ待ってるんでしょ?早く行きなよ」
「…枢木スザクがいます」
「見つからなければいい話」

へへ、と自慢げに頭一つ分下に見えた笑みに、ロロは仕方ない、といった様子で頷いた
クラブハウスを出れば、別行動だ
途端、笑みを消して如何にも大人しそうな少女を演じ始めるにロロは思わず笑みを零した
小さく手を振り、背中を見せるを見送り、ロロはルルーシュのいるであろう倉庫へと向かった





「…」

一見してみれば何処かの貴族出の少女にも見える逃亡者は静かに生徒達で賑わうテラスを歩く
とりあえず、生徒会の人間、勿論スザクを含めた人間に会わなければ一先ずは安心だ
最善の注意を払い、は歩みを進めるのだった

「…懐かしいなあ」

しかし危機感など身近に無ければ感じられないもの
はのんびりと校舎を見上げ、呟く
この学園は偽りであっても自分が通っていた、確かな幸せの在り処だった
懐かしい、というのには語弊が生じるかもしれないがはそっと瞳を細める
と、感傷に浸っていたの足元に瞬間、何かが纏わり付いた

「ひゃっ!」

視線を向ければ、擦り寄る灰色の猫
まさかまさか、見覚えの在るその猫には嫌な予感を感じた
脳内に警報が鳴り響く、灰色の猫、まさしくアーサーだった

「あ!すいません、大丈夫ですか」

身体が強張る、息を呑んだ
その聞き覚えのありすぎる声はゆっくりとしかし確実に近づいてくるのが分かった
心拍数が洒落にならないほど速さを高めている
顔を上げてはならない、それだけがの脳内に響き渡っていた

「…あの?」
「あ、大丈夫、です」

できる限り声色を変える
擦り寄るアーサーは久しぶりの再会が嬉しいのだろう、ごろごろと喉を鳴らしていた

「すいません、僕の猫なんですけど…いきなり逃げ出しちゃって」

余所余所しいその反応の少年―スザクにの正体がばれていないことを察した
それはそうだろう、後姿だけ見て彼女がだと分かるものなどC.Cの他にはいないものと思える
ゆっくりとアーサーを抱き上げ、は顔を俯かせたまま身体を反転させた

「ありがとうございます」

にっこりと微笑むスザクが視界の端に捉えられた
一瞬、ほんの一瞬だけ、の胸がちくりと痛んだ

「…アーサー?」

しかし、そのあまりにアーサーがから離れないためか、スザクは首を傾げた
途端、は血の気が引くのが分かった
成るべく早く、一刻も早くアーサーに離れてもらわなければ疑われる
だが爪を立ててまでに引っ付くアーサーにその願いは届かなかったのだ

「アーサー、早く離れてあげないと」

ふー、とまるでとは180度態度の違うアーサーは彼に向かって怒りを露にする
そうしてまたにべったりと甘えるアーサーに、妙な沈黙が訪れた

「…、」
「(…どうしよう)」

逃げなければ、逃げなければ
それだけがの脳裏に過ぎるのにアーサーも含め、身体が動かない
そっと灰色の身体に手をやった瞬間、その手を包むようにスザクの手が触れた

「っ!!」

一瞬走った緊張を感じたのか、アーサーが顔を上げた
その僅かな隙を見てはアーサーを自身から剥がすと、地面に下ろしてやる

「…かわいい猫ですね」

白々しくそう告げたはその焦燥を悟られないようにゆっくり踵を返した
背中に感じる視線をまるで無視しようと努めるはぐ、と息を呑む
このまま何事も無かったかのように去らなければ
瞬間、肩に重みを感じた

「すいません、釦取れちゃったみたいなんですけど」

言葉の後、制服を見ればアーサーが爪を立てたことによってか、釦がひとつ無くなっていた
は再び走る緊張を押し殺して振り返る

「…ありがとうございま、…っ、」

顔を彼に向けた瞬間だった
視界が急にクリアになり、そうして眼鏡を取られたのだと察した
思わずその翡翠の瞳をまじまじと見つめてしまった

「…」

光のない翡翠に心拍数が再び跳ね上がるのを感じ、急いで視線を反らす

「…何か、御用でも?」
「…いや、」
「すいません、眼鏡を返してもらえないでしょうか?何も見えないもので」

よくつらつらと言えたものだとは自身を褒め称えた
何も言わずに手渡された眼鏡を耳に掛け、今度こそ背中を向ける

…騙せたと、思った?

まるで風に乗って届いた言葉に、しかし足は止めない
果たしてスザクの発した言葉なのか、自身の焦燥から生まれた幻聴か
後者であってほしいとぎゅ、と瞳を瞑ったはようやく其処を去ったのだった