まずい、まずい、まずい、
はただ大きくなる焦燥に襲われながらも、せかせかと道を急いだ
他の生徒と肩がぶつかっても、広報のチラシを配られても、そんなの気には留めていられない
異様に早い心拍数に額に汗を滲ませながらも、は足を進めた

にゅ、と突然伸びてきた手はしっかりと自身の腕を捕らえたのだからは目を見開いて振り返る
さすがにあまりに慌てていたためか、回りが見えていなかったらしい
腕を掴む少年はその形のいい眉を寄せ、をじ、と凝視していた

「…ロロ」

色素の薄い髪の毛、薄紫の瞳、幼い顔立ちの彼が一目で彼だと気付くには
まだ日も浅かった気がするが、それでも独特の雰囲気を持つ少年など少ないからであろう
のその様子を一瞥してから、ロロは静かに歩き出した

「とりあえず、こっちに来てください」

今だに速い鼓動を押さえつけながら、は大人しくロロの後を着いて行く
辿り着いた其処に、は覚えがあった
そう、確か一年前の学園祭のときにスザクと鉢合わせてしまった場所だ
あの時は偶然にもルルーシュが入ってきてしまい、気まずい空気が流れてしまったのだ
懐かしい、と素直には瞳を細めた

「なっ!!?」

が、次に鼓膜を揺すった普段ニヒルな彼から漏れた素っ頓狂な声に思わず肩を揺らす
驚いて倉庫の中に視線を投げれば制服を脱ぎ、ワイシャツ姿でじゃが芋の皮をむくルルーシュが見えた
振り返りロロを見ても、やはり状況は変わらずに、は渋々倉庫に足を踏み入れた

「なっ、なんで此処にいる!?」
「…いや、その、ひ、暇だったし」

C.Cが来ているから、などと言えばさすがに叫びだしそうな勢いのルルーシュに
曖昧に返事を返し、は倉庫の扉を閉めた

「…お前、自分の立場を分かっているのか」
「ご、ごめん、…それから、もうひとつ謝りたいことがある」

低くなるルルーシュの声色に若干苦笑を零しながら、視線を泳がせる
早く言えと言わんばかりにこちらを見つめるルルーシュにそれでも中々話し辛いものだ
訪れる耳が痛いほどの沈黙、はゆっくりと口を開いた

「…ス、ザクに会った」
「な、」
「え!?」

予測どおり、やはりというか、二人は揃って同じ反応を示した

「ごめんなさい、あたしも注意は払ってたんだけど…、アーサーが、あたしのこと見つけちゃったみたいで」

迂闊であった、あの場でスザクに会うとは思いもしなかったのだ
苦々しく語るに、一度大きくため息をついたルルーシュは、しかしナイフを手放すと静かに彼女に近づく
説教でも食らうと思ったのだろう、反射的に固く瞳を瞑ったにルルーシュは勢いよく何かをかぶせた

「ぶっ!」

幸い"それ"が柔らかかったからよかったものの、はひどく間の抜けた声を漏らした
頭に被せられた帽子のようなものに手を伸ばすにルルーシュは再び椅子に腰掛ける
可愛らしくも何処か不細工な何処かのキャラクターなのだろうか、
帽子というよりかは遊園地なんかに着けていけそうな被り物である

「それを被ってクラブハウスに行くんだ、この祭りが終わるまでは出てくるなよ」
「…え、でも」
、お前が此処にいることをスザクに悟られたらどうなるか分かってるだろ?」

そう真剣みを含んだルルーシュの声色には視線を彼に移す
が此処にいる、なんて理由はひとつしかないことくらいスザクにだって検討がつく
しかしそれはルルーシュの記憶が戻っていることを示唆する事実でもあって
皇帝によって書き換えられた記憶に、はいないのだ

「…分かった、」

が、大きな淵眼鏡にキャラクターの被り物、おまけに腰まで伸びる髪の毛を持つ
誰が不審な人間でないと気付けるだろうか
生憎ルルーシュがそういった方面のセンスに欠けているのを、ロロは知った

「ロロ、少し離れた後方からを監視してやってくれ」
「…監視って、言葉が悪いなあ」

ぶちぶちと不満を漏らすをロロが倉庫から引っ張り出す
そうしてはよいしょ、と目元が見えるか見えないかほどの位置まで被り物を深く被った
完璧に怪しい人物像ではあるが、一般人も立ち寄れるこの祭りでなら浮くこともないであろう
クラブハウスへと足を進めるの数メートル離れた位置からロロはそっと彼女の周囲に気を配ることにした

「(でもまだクラブハウスには監視カメラが幾つもついているのに)」

そこら辺はルルーシュが手を回してあるのだろう
が、さすがにお祭り好きと知られているだけあって学園内は人で溢れかえっている
を見失わないように見失わないようにと意識すればするほど彼女の後ろ姿が見えにくくなっていった
ふと、クリーム色の制服を着た彼女に視線をやった瞬間、しかしそれは彼女ではなかった

「…くそ」

顔に不釣合いな言葉を吐き捨て、ロロは人ごみを掻き分けていく
ギアスを使おうか、しかしこんな大人数に使うとなれば体力の消費も激しいもので
そこまで考え、ロロはを探すことに専念することにした

「(ロロちゃんと着いてきてくれてるかなあ)」

勿論彼と逸れたことなど露知らず、は人ごみの中を行く
この道を抜ければ屋台が並ぶ道に出るだろう
そうすれば少しは人口密度も下がると、はやや速度を速めて足を動かした
階段を僅か下り、漸く人ごみを抜けれたのだと、が小さく安堵の息をついた瞬間だった

「っ!」

お互い前方に注意を払っていなかったのもあるのだろうか、は突如後ろへと弾かれるように後ずさった
誰かとぶつかったのだと、脳が判断するよりも早く頭上から降り注ぐ声には身体を強張らせる

「悪い!大丈夫か?」

思考は完全に停止し、は思わず身体中の動きを止めた
癖のない、何処までも真っ直ぐで明るく、聞き取りやすい声
そうだ、はこの声を知っている
深く深く頭に乗るそれを被り、はゆるゆる顔を上げた

「…」

金髪蒼眼、自分より二回り以上高いその身長と襟足から伸びる三つ編み
出で立ちこそ違うものの、彼はそう、ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグであった

「…記録」

響いた今度は透き通るような少女の声には驚いてそのバカンスに来たのではないかと
思われるジノの服から視線をその後ろの、桃色の髪を持つ少女に移した
彼女が構えているのは恐らく携帯の端末だろうか
それを構え、その上記録という言葉、ああ、写真を撮られたのだ
そしてそこでは漸く自分の掛けていた淵眼鏡が外れていることに気付いた

「あ、これ、はい」

自分が拾い上げるより早く道に放り投げられた眼鏡を手に取ったジノが屈託のない笑みを浮かべてそれを手渡す
挙動不審になってはいけない、ただそれが脳内に響き渡り、は大人しくそれを受け取るとすぐさま二人の横をすり抜けた
痛いほど突き刺さる少女からの視線も無視して、はクラブハウスへの道を急ぐ
なんということだ、此処までくれば運がないのではなく運がありすぎるというのも疑えるかもしれない
一日に、しかもたった数分の間にナイトオブラウンズの人間3人に逢うなんて

「…(ロロ、何処行っちゃったの?)」

背後にすっかり感じなくなってしまったロロの気配に、は唇を噛み締めた