「ナナリーが…!」

つい今しがた、正面の仮面を剥いだ少年から告げられた言葉には驚きを隠せない
勿論それは、少年、ルルーシュとて同じことで長い睫毛で影を作りながら視線を落とした

「来週、エリア11の、新総督として此方に来るらしい」
「…ナナリーが、総督」

まず、喜ぶべきなのは、彼女が無事だったということ
だがそれは同時にナナリーが皇帝の支配下にあるということで、下手なことをすれば彼女の命の保障はないのだ
しかも盲目な上に足も不自由な皇女など、政治の道具に成り下がる可能性だって幾らでもある
はただ、そういった事実を示唆した上で眉を顰める彼を見つめた

「…今日の奇襲は総督の捕虜、だったよね」
「そうだ、…ナナリーを、助け出す!」

『愛してるっ!ナナリー!』

昨晩の彼の声が、重なって聞こえる
ルルーシュにとってナナリーはただ一人の血を分けた妹であるし、彼の生きる理由とも言える
だから、ルルーシュが彼女を助けたいと、護りたい、と思うのは、当たり前のことであるはずなのだ
当たり前のことであったはずなのだ、には
それでも、だ、目の前で向けられた無償の愛に、は唇を噛み締めた

「ナナリーの乗る旗艦にナイトメア部隊が取り付き、航空戦力を削ぎつつ、俺がナナリーを連れ出す」
「分かった、…あたしは、どうすれば」
「…、今日の作戦、お前は参加するな」

仮面被ってしまったため、その表情は見えないものの確かにルルーシュは苦渋の表情をしていた
しかしにはただ、作戦に参加するなという言葉が脳裏を駆け巡っていて
マントを翻し、踵を返すルルーシュを思わず引き止める

「まっ、待ってよ!大丈夫だよ、ナイトメアなくったって、あたし戦えるから、ね?
あたしにも参加許可を頂戴、扇さんにでも旗艦まで送ってもらえれば…」


此方を向かない、総司令官には困惑の瞳を向けた

「…今回の作戦は主に空中戦となる、ナイトメアなしでどうにかなる相手でもないんだ」
「で、も…」
「下にラクシャータやC.Cを待機させている、お前も其処にいるんだ」

それは命令であった
今度こそ去ってゆくその背中をただ見つめ、は呆然としていた
ブラックリベリオン以前は、ナイトメア無しだっては団員の一員として戦ってきた
だが、そんな生温い戦法は、最早許されぬという事か
しかしあくまでも、彼は黒の騎士団総司令官、
反語を唱えるのがどれほど迷惑な行為に値するか、重々知っているは再びゼロを呼び止めることはしなかった










「まあさん!お久しぶりですこと!」

戦艦に入って、まず鼓膜を揺すったその甲高い声には目を丸くした
見ればブラックリベリオンのあの日目にした少女が嬉しそうに此方に駆け寄ってくるではないか
確か、名は皇神楽那、キョウト六家の生き残り、自称ゼロの妻である少女だったか
あまり使わないような思考回路をフルに作動させて彼女を見やったの手が、ふいに握られた

「ご無事だったんですね、ブリタニアに捕まったと聞いて心配していたんです!」
「おかげさまで」
「ふふ、丁度一年ぶりくらいですね」

の手を包み込んでいる小さな手は、紛れもなく神楽那のものであって
自身と然程変わらない身長の彼女は最後に見たときとは随分違った出で立ちをしていた
そうしてその奥に見える、褐色の肌をした長身の女性

「ラクシャータさん!」
「久しぶりー、元気だったあ?」

どうも、某眼鏡の研究者もそうであったが、研究者という人間はみな、こういったしゃべり方なのであろうか
飄々とした口調とは裏腹に興味深げな笑みを湛えるラクシャータには苦笑を零した

「あら、もう旗艦には取り付いたみたいねえ、じゃ作戦開始い」

ぴっ、と回線の繋がる音が聞こえて、眼下のディスプレイにブリタニア軍と黒の騎士団の位置関係の地図が表示された
生憎フロートシステムの装備されていない黒の騎士団のナイトメアは全て航空機器で旗艦まで運ばれることになっている
そうしてゼロがナナリーを捕虜という肩書きで助け出すまでの時間稼ぎ
しかしは小さな拳を白くなるまで握り締め、ただそのディスプレイを食い入るように見つめた

「…

いつの間にかすぐ後方まで歩み寄っていたC.Cがそっとの肩に触れる
黒の団服に包まれた小さな肢体が、その自責の念に肩を震わせていたのだ
すぐ隣に佇む神楽那はきっとの様子に気付いているのだろう、そっと視線を絡める

さんは、今日の作戦には参加しないんですの?」
「え、ええ…生憎あたしはナイトメア騎乗できませんから」

僅か、ラクシャータの視線を感じるも、神楽那に微笑みかける
自身と対して変わらぬ位置の日本人らしいその瞳は、何処までも真っ直ぐであった

「あっ、朝比奈さんが!」

突如団員の一人が声を荒げてディスプレイを指差した
慌ててディスプレイに視線を投げれば彼の搭乗する月下が海へと吸い込まれるように落ちてきたのだ
しかし同時にその機体とは別に、既にコックピットだけ非難した彼がゆるゆると空から舞い降りてくる
思わずほっと息をついたのも束の間、戦艦に耳障りな警報が響き渡った

『ナイトオブラウンズの姿を確認!機体は三機です!』
「ふうん、ナイトオブラウンズが三人も…面倒なことになったわね」
「…それにしても応援が早すぎる、早くゼロにナナリー総督を…!」

そう言ったところで、自身が何か出来るわけでもなかった
ただ主力ともいえる紅蓮、藤堂の搭乗する月下に祈りを捧げるしかない
固く瞳を瞑った

『こちら、藤堂、…仙波がやられたっ!それから旗艦が墜落しかけている!早くゼロとの連絡を!』
「仙波が…くそ、やはり厄介だな、ラウンズは」
「あらあ、本当、2番フロートは停止してるし3番4番フロートも相互連動してるわねえ、」

このままじゃ揃って海かしらね、と陽気に話すラクシャータには目の色を変える
まだあの旗艦にはナナリーだってルルーシュだっているのだ、それにカレンや藤堂も今だ機上だ

『紅蓮がやられた!』
「なにっ!」

そうして入ってきた連絡に最早呆然とするしかない
主力であった紅蓮が、やられた
確かにディスプレイ上でも紅蓮のマークが機上から海へと落ちていっているのが見て取れる
が固唾を呑んで見つめる中、一人呑気に肩を竦めるラクシャータ

「ベストポジションじゃなーい」

いつの間にか回線の繋がれた無線、カレンの素っ頓狂な声が聞こえた

「お待たせ、黒の騎士団専用の飛翔滑走翼、教本の予習はちゃんとやってた?」
『はい!大丈夫ですっ』
「じゃ、本番行ってみよっか」
「基本誘導は此方でやりますね、ゼロ様救出を頼みます」

もとより神楽那も聞かされていたのだろう、よりずっと冷静に対処している
そのまま戦艦の後ろ部分が開いたことにより、僅かな揺れが襲った

「舞い上がりな!飛翔滑走翼ー」

勢いよく戦艦から紅蓮に装備される飛翔滑走翼と徹甲砲撃右腕部が発射され、
そして無事装備が完了した紅蓮は再び大空へと舞い戻っていく
ただ祈るようにそれを見つめることしか出来ないのが、どれほど悔しいだろうか
見事トリスタン、モルドレッドの足止めに成功した紅蓮はそのままランスロットへと突っ込む
しかしゼロの乗る旗艦の墜落も時間の問題
ランスロットに続いて、紅蓮も旗艦の中へと消えた

「…ゼロ」

そうして海へと堕ち行く旗艦から、無事ゼロを救出した紅蓮に喝采が沸き起こった

「やりましたわねっ!」
「ふん、紅蓮可翔式はこんなもんじゃないわよー」

しかし報告はゼロを救出したと、それのみだった
それが意味するのは、ナナリーの捕虜が失敗に終わったということだ
総司令官の少年は一体どんな心境なのか、が知る由もなかった