「今の、見ましたよね」
失態であった、いくらギアスを発動していたとはいえ、後方の人間の気配にも気付けなかっただなんて
しかし少女は特別驚いた様子も見せず、ただロロを見つめているだけである
暗闇に浮かぶ漆黒の瞳はまるで全てを見透かしているように、射抜くようにロロを見つめていた
「…驚かないよ、そういう、ギアスなんでしょう」
「…そうです、今のが僕のギアス、対象の人間の体感時間を止めることができる」
「そう」
ギアスの内容を告白したことで、しかしからの反応は乏しい
無意識に眉を寄せていたロロは薄く口元に笑みを浮かべた
「警戒、しないんですね」
「どうして?」
「今僕が此処でギアスを使って貴方を殺せるんですよ」
そう、ギアスの能力を知っているとしてもロロのギアスは回避不可能なものだ
ルルーシュの光情報のギアスとは違い、包囲的に掛かるそれはロロにとっての判断次第
それでも依然、表情を変えずにじっと此方を見つめるは、ふと、視線を落とした
「…ギアスは、悪魔の力」
「…」
「だけどね、ロロ、あたしに、ギアスは効かないのよ」
何処までも真っ直ぐな視線に今度はロロが視線を反らす
ギアスが効かない、そんなはずはない、ロロは直感的にそう判断する
有り得ない、V.VやC.Cでもなければこんな一般人の人間にギアスが効かないはずなんて
「貴方にあたしは殺せない」
透き通るような声は僅か響き、それから暗闇に溶けていった
*
「ラクシャータ、さん」
紅蓮とゼロが無事帰還したその騒ぎの一角、はそっと褐色色の女性に声を掛けた
大袈裟に首を傾げる彼女は、自分より幾分低い位置にある黒の瞳を見つめる
「なあに?」
「…あの、ちょっとお話が」
改まった口調、その真剣な面持ちからラクシャータは静かに席を外すと部屋を出て行く
それに続いて、も部屋を後にした
「…あたしに、ナイトメアをください」
「は?」
思っても見ない言葉だったのだろう、ラクシャータが素っ頓狂な声を上げた
だが、当の本人は至って真剣な表情を崩さずに、その蒼とも緑とも取れる瞳を見つめる
薄暗いナイトメアの格納庫でラクシャータは暫し顎に手を当てた
「貴方ナイトメアの搭乗経験は、あるわけないわよねえ」
「…はい、だけど、あたしも戦いたいんです…、ゼロを護れるように」
もう生身では赦されぬ戦いにナイトメアは必須である
無論、搭乗経験などあるはずもないが、それでもナイトメアに乗ってゼロのために戦いたい
傍観者でいることが、どれほど辛いのか、その瞳は悟っている
ラクシャータはその瞳をじ、と見つめ返し、長らく息を吐き出した
「んーまあ、別に量産型の暁ならたくさんあると思うからいいと思うけど…」
「ほ、んとうですか!」
「まあ、でもさあ、せっかく乗るんならあれに乗りなさいよね」
あれ、と首を傾げるにラクシャータは積まれているダンボールの中からひとつ本を手に取った
本、というよりかは紙束を綺麗に束ねただけのようなものにも見える
手渡されたそれに迷わず視線を落とすと、並べられた言葉をそのまま読み上げた
「…十六夜?」
「そ!一応試作品として作ってみたんだけどどうもスペックを追求しすぎちゃってねえ、
量産型の暁と違って操縦者が限られるのよ、だから製作はしちゃったけどインド軍区でお留守番してんの」
薄暗い部屋で、柔らかそうな色素の薄い髪の毛が靡いたのが分かった
成る程、ラクシャータはそれをに献上するというわけか
「あ、あたしにも、乗れるでしょうか…」
「まあその気になったら乗れるんじゃなあい?ちゃんと教本見とくのよ」
そう言ってひらひら手を振って格納庫を後にするラクシャータ
が、突如足を止めて顔だけ顔だけに向けたラクシャータは僅かに表情を曇らせている
「ゼロは、あんたがナイトメア乗ること、許可してるの?」
「…いえ、でも乗ります、あたしは」
意思のしっかりとした声色と瞳に満足げに微笑んだラクシャータは今度こそ姿を消す
はただ、教本を手にぐ、と拳を握り締めた
翌日、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは正式にエリア11の新総督として此処にやってきた
そして始まる彼女の演説、は戦艦の中で一人部屋の隅でテレビの画面を見つめている
『早々ではありますが、皆さんにお願いがあります』
自己紹介を終え、そうしてナナリーが改まって演説を開始する
ミルクティーのような髪の毛、閉じられたままの瞼、それでも芯のしっかりとした少女
ルルーシュの、ゼロの、生きる意味であり目的、はそっと瞳を細めた
『わたくしは、行政特区ニッポンを再建したいと考えております』
瞬間、脳裏に走る紅い記憶
微笑む彼女、耳を劈く銃声音、鉄の匂いの会場、紅い赤い
真っ赤に染まった綺麗な笑みと桃色の髪の毛、ふいに左肩が鈍い痛みを持ったような感覚に襲われた
『嘗て、特区ニッポンでは不幸な行き違いがありましたが、目指すところは間違っていないと思います』
等しく、優しい世界を
学園内でこの演説を聴いているであろう少年は一体何を思うのか
テレビの目の前に立つ団員がナナリーの言葉に口々に批判を漏らした
「ナナリー…」
彼女もそうだった
誰にでも平等で優しい世界を造ろうとしたんだ
ただ、平和を願っただけなんだ
それでも全身を襲う寒気、訪れる嘔吐感、今だ、悪夢は傷を大きく残したまま
否きっとこの傷跡は決して消えることはないだろうけど、
ごめんなさい、
さっと部屋を後にする
駄目だ、もう、封印したんだ
あんな過ちは二度と繰り返してはならない
「…ユフィ…っ、」
歴史にその名を血で残した愛しい彼女のためにも。
立ち止まることは赦されない、振り返ることも赦されない
彼女の掴めなかった平和を、ゼロが、ルルーシュが、自分が、掴まなければならない
道はもう、ひとつしかない
「…分かってるよ、そんなこと」
溶けて消え行く呟きに、は自嘲気味に笑みを浮かべた