ナナリー新総督が口にした行政特区ニッポン
ちょうど一年前、同じように平和を望んだ皇女が設立しかけた仮初の平和の地、
しかしあれは心優しい少女の名を血で歴史に刻みつけた悪魔のステージに成り代わってしまった
政治的策略の道具と成り下がることを承知で、しかしゼロは特区ニッポンに参加することを表明
何の思惑か、どんな作戦なのか
はただ無意識に刻まれた眉間の皺をそのままに唇を噛んだ

「…」

しゅん、と空気の切れる音、は勢い良く顔を上げると扉に視線を投げた
見えたのは総司令塔のゼロ、即ちルルーシュ
は静かにただ、彼が言葉を発するのを伺うように現れたアメジストを見つめる

「…聞いたよな」
「…特区ニッポンに、参加するんでしょう」
「そうだ」

間髪いれずに返って来た答えに、ふいに過ぎる紅い記憶
知っている、あれは、ギアスの暴走による悲劇である
しかし今回、同じような悲劇を繰り返さないという保障はどこにもないのが現実だ
それもナナリーの口から告げられた言葉に、一体少年は何を思うのか

「…ルルーシュ、どうして特区ニッポンに参加するの?」
「…」
「ナナリーが言ったから?今度こそ特区ニッポンを潰す?…ユフィの、ため?」

つん、と鼻の奥が熱くなるのを感じつつもは決してそのアメジストから視線を外すことは無かった
ふと、ルルーシュの白い手がの栗色の髪の毛を撫でる
ゆっくりゆっくり、そうしていつの間にかの小さな身体は華奢なルルーシュの腕の中にあった

「…もう、悲劇は繰り返さない、ユフィのためにもナナリーのためにも」
「なら、どうして?」
「…気付いた、もう、俺が護るべきなのは、一人だけじゃないんだって」

そう、ルルーシュの大切な人間は、ナナリーだけではなくなっていたのだ
大切な、とても大切な人間を今度こそ護るためにも、

「…作戦は、あるの?」
「ああ、…―、お前は俺の見方でいてくれ」

搾り出されるような声色に、はそっとその薄い背中に腕を回した











す、と指を離せばゆっくり水の上を滑るキャンドル
隣の少年の手中から離されたグレーのキャンドルと、自身の離した淡い水色のキャンドルは静かにゆっくりと中央に集まっていく
富士近くに建てられた死者を祀る鎮魂塔、色とりどりの名前の刻まれたキャンドルは柔らかく光を灯していた

「ユフィ、」

刻まれた名前は、生前真っ赤な血で名を残した皇女殿下のもの
ユーフェミア・リ・ブリタニア、虐殺皇女と其の名を刻み、逝去してしまった少女
無論、そんな彼女を悼む人間は恐らく数えられるほどしかいないだろう
もうユーフェミアはこの世にはいないのだ

「…ルルーシュ、あたし、」
「不安か、」
「…ちょっとだけ」

皇族の地位を返上してまで、ユーフェミアが実現したかった、特区ニッポン
もし、あのときギアスが暴走しなかったら、あのとき特区ニッポンが成功していたら
そうしていたら、一体何が変わっていたのだろうか
桃色の姫君は世間から蔑まれるとことも無く、イレブンは今よりかは窮屈ではない生活を送っていただろうか
もし、成功していたら。



はっとして、視界いっぱいに広がる優しい光には唇を噛み締めた
馬鹿だ、此処まできて感傷に浸るだなんて
もしも、なんて言葉ほど虚しいものはないのだ

「…行こう」

行こう、新たな地へ、新たな戦場へ。
きっと、ユフィ、貴方は小さな平和を願っただけなんだよね
だから、どうか、

「…ナナリーも、同じように平和を願っているんだろうね」
「ああ…」




ざわめく式典会場、そこにはゼロによって集められた100万人のイレブンが集まっていた

『日本人の皆さん、行政特区ニッポンへようこそ、たくさん集まってくださって、わたくしは今とても嬉しいです』

ナナリーの演説、しかしその笑顔とは裏腹に回りにはサザーランドが待機している
彼女が、ユーフェミアが望んだようなものとは大きくかけ離れた会場の雰囲気
それでもはただ、ディスプレイに映し出されるナナリーの笑顔を見つめた

『それでは式典に入る前に、私達がゼロと交わした確認事項を伝えます』

ミスローマイヤー女史の言葉に、はきた、と立ち上がった
そうして後ろで控えるゼロに振り返る
静かに頷いたゼロに、は再びディスプレイに向き直った

『帝国臣民として行政特区に参加する者は曲者として罪一等を減じ、三級以下の犯罪者は執行猶予扱いとする』

淡々と述べられる言葉、は静かにそのときを待つ
甲板には咲世子が待機しているはずである、この作戦が全てうまくいけば

「ブリタニアの諸君、寛大なるご処置、痛み入る」

ゼロの出現によるためか、今の今までステージ脇に控えていた栗色頭の少年がナナリー総督の前に現れる
ナイトオブセブンは画面に映し出されたゼロを鋭い目つきで捕らえ、射抜くように見つめた

『姿を現せ、ゼロ!自分が安全に君を国外に追放してやる!』
「人の手は借りない、それより枢木スザク、君に聞きたい事がある、日本人と、民族とは何だ?」

艦内の中、は一人演説を繰り広げるゼロを見つめた
哲学でも説く気でいるわけでもなさそうな彼ではあるが、にその問いの返答は難しかった
ただ、着々と近づく作戦時間に心が躍った
これは恍惚とも言えるのだろうか、スザクが画面のゼロに向けて眉を顰めた瞬間である
会場がスモークによって覆われた、勿論、会場に訪れていたイレブンからによるものであった
そうして漸く厚いスモークが晴れ、見えた光景にブリタニア人は唖然とし、しかし対照的には不敵に微笑む

「すべてのゼロよ! ナナリー新総督のご命令だ。すみやかに国外追放処分を受け入れよ!
どこであろうと、心さえあれば、我らは日本人だ!」

会場を埋め尽くす、ゼロの姿
黒のマントと仮面をつけた幾多のイレブンの姿である
そう、これこそがゼロの作戦だったのだ

『どうするんだ、スザク!責任者はお前だ!』

トリスタンより繋がれた無線に、スザクはただ表情を歪めることしか出来ない
その間にもゼロの衣装を身に纏ったイレブン達が次々に氷の船に乗って移動していく
素性を知れないゼロだから成し得る行動、全員に仮面を外させたところでそれに意味はない
困惑するスザクがゼロに向かって叫ぶも、それが全て行動に繋がるとことは無かった

『撃つなあっ!』

は、と甲板より式典会場を見下ろすに届いた声、枢木スザクのものだ
銃を構えるローマイヤー女史の手を止めているのが目に入る

『約束しろ、ゼロ! 彼らを救ってみせると!』
「無論だ、枢木スザク、君こそ救えるのか? エリア11に残る日本人を」
『そのために自分は軍人になった!』

そっと瞳を細めて100万人のゼロが移動を続ける様を見下ろしながらはスザクを見た
責任か、プライドか、過去か、
漸く全てのイレブンが、船に乗り込んだ

「いざ進め!自由の地へ!」

高らかにゼロが告げ、そうして船は動き出す
エリア11に背を向け、妹に背を向け、反逆者は動き出すのだ