今日も非日常を並べて

エリア11、帝国図書館。場所は政庁のあるトウキョウ租界の一角、無論、図書館とだけあり、中は物音だけの静寂が漂っている。此処、帝国図書館の書物量はブリタニア本国に設けられているそれより膨大ではないか、と思われるほどの量であり、敷地面積も近隣の美術館なんかよりよっぽど広かったりする。
建物は二階建てであり、一階が政治の書物や研究書などが保管され、二階がそのほかの書物とそれを閲覧するスペースがある。閲覧スペースでの人気はまばらで、しかし平日の図書館内と考慮すればその人数は多い方だろう。さすがの書物量、利用する人間が多いのだ。

そんな静寂でしかなかったそこに、予想もしない訪問者が現れた。
訪問者、といえども対象者は一人ではない。軍服を着込んだ軍人達がぞろぞろと先頭に偉そうな上官を控えてやってきたのである。専用の車両から降り立った彼らに驚きを隠せない図書館の職員と利用者。軍人の、特に偉そうないかつい強面の、額から左頬に傷のある男性が一人、職員に歩み寄った。

「私はブリタニア帝国軍、ダールトンという者だ、こちらには少々探し人を求めてやってきた」

ご丁寧な挨拶だが、残念ながら職員にそんなことを名乗ったところで彼らの混乱は抑えられない。後ろに控えていた軍人が次々と図書館内に散らばっていくのを横目に、ダールトンは口を開く。

「…姫君がお邪魔になっているはずなんだが」


一階の騒動はすぐさま二階にも伝わる。少女の隣で読書を楽しんでいた男性も慌てて席を立つと、一階の様子を確認するために階段へ向かった。そんな感じで少女の周りにいた人影はあっという間になくなり、二階の閲覧スペースはがらん、と人気が消える。少女はそれを確認してから面倒くさそうに立ち上がり、手にしていた本を机に戻す。戻す、と言ってもそれが本の正規の保管スペースではないところ、彼女は本を元の位置に戻すことはしないようだ。
顔に掛かったその栗色の髪の毛を一度鬱陶しげに払ってから、取り付けられた窓へと向かう。がらり、とそれを開けて下の様子を確認すると、少女は徐に窓枠へ足を掛けた。

「見つけましたよ、殿下」

が、そこで少女の動きは止まる。
それからゆっくり、かつ面倒くさそうに少女は後ろに振り返った。

「…早いな」

「脱走したら殿下は必ず此処に来ますからね」

カーキ色の軍服を着たのは枢木スザク、名誉ブリタニア人である。大きな丸い翡翠と、くるくると跳ねた栗色の髪の毛。一見幼げな印象を与える少年はかつかつと少女に歩み寄ってその腕を取る。いかにも嫌そうな顔をした少女に失礼します、と言って窓枠から彼女を遠ざけた。

「戻りましょうか」

「…」


・ミラ・ブリタニアは正真正銘のブリタニア皇女である。皇位継承権は18位、第4皇女だ。
異母兄であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがエリア11の副総督に着任してからまもなくこの地に渡ってきた彼女は、ことあるごとに仕事を放り出し、こうして脱走するブリタニアきっての問題皇女であった。今日もの側近護衛であるスザクが執務室が空なのを発見し、ぞろぞろと軍人を率いてアンドレス・ダールトンとともに彼女が一番いそうなこの帝国図書館にやってきたのである。
ダールトンより目玉をくらい、不服そうに車内に乗り込んだの格好はいかにも一市民であるかのような、ラフな服装。一体どこでこんな服を入手するのか、とこの間エリア11総督であるコーネリア・リ・ブリタニアがぼやいているのをスザクは知っている。

「もうあそこは行かない、せっかく良い場所を見つけたのにお前に見つけられては他のところを探すしかないな」

「殿下が行きそうなところは大体分かりますけどね」

む、と唇を尖らせて、は盛大に眉を寄せる。
スザクとしては毎度毎度、特派からシュミレーション帰りにの捜索だとダールトンに引きずられるのは面倒すぎるものだった。勿論、口には出さない。
回りの人間は恐らく知らないであろうが、枢木スザクとは実におもて面がいい男だ。内面は、幼少の頃餓鬼大将などといわれたその横暴な性格にわずか理性が足された程度のものだ。だから頑固なとは時折、というより結構頻繁にとは口げんかになったりする。無論引き下がるのはスザクのほうではあるが。そんな彼らをと共にエリア11にやってきたユーフェミアはにこにこと仲がいいのですね、なんていうものだからの機嫌は悪くなる一方だ。

「大体、ロイドが私のところに仕事を回しすぎなんだ、あの眼鏡め…!」

「…」

「そのくせ予算あげろだのとふざけたことをぬかすんだから、良い度胸をしてる。来月から特派の予算からあいつのプ代を引いておくか」

ロイドの泣き顔が見れるぞ、と口元を怪しく歪ませたにスザクは気づかれない程度のため息をついた。
スザクの肩書きはの側近護衛、特派に所属し、名誉ブリタニア人では異例のデヴァイザーでもある彼が何故の側近護衛と任されているかというと、どうやらそれはの独断だったらしい。とスザクがなんのきっかけも無く出会ったあの日、は既にスザクを側近護衛につけることを決めていた、と後にロイドに語った。勿論、それにはスザクは首をひねるしかないが、自分も随分な問題児に目を付けられたものだと、ため息をついたのは何度目か。
を乗せる皇族用のリムジンはあっという間に政庁へ着いた。


「お前も毎度よくやるな」

「五月蝿い」

帰ってきた早々、を出迎えたのはルルーシュだった。開口第一声がそれであったから、はまた眉間に皺を寄せてルルーシュをじ、と睨む。

「毎回駆り出されるものの気にもなってみろ」

「黙れ、文句はロイドに言え」

珍しく自分の肩を持ってくれるのか、とスザクが一人勝手にルルーシュに感動していると、しかし少年はダールトンも忙しいな、などと呟いたのでそんな淡い期待は一瞬で崩れ去る。かつかつとピンヒールで廊下を蹴る音がひときわ大きくなったの機嫌はいかがなものなのか、ルルーシュは苦笑した。

「それよりユフィがお前を探していたぞ」

「…ユフィが?」

「ああ、後でユフィのところに行ってこいよ」

ユーフェミア、の名前にスザクはぼんやり彼女の柔らかい笑みを思い浮かべた。一応は同じ血が流れているとユーフェミア、こうも性格が違うのは面白いほどである。
執務室へ向かうのも癪なのだろう、は近場のソファーに腰を下ろして肩を鳴らす。

「一日中仕事をしてなかったわけじゃない、一応はしていたんだ」

「一応、の時間が知れるな」

「…」

ルルーシュが同じように正面のソファーに座る。スザクはのソファーの後ろに控えて彼らの会話に耳を傾けた。

「そういえば、、まだ騎士をつけないのか」

騎士、の言葉にとスザクが揃って反応を示す。は少し考えたように視線を泳がせてから背もたれに背中を預ける。まだだ、と短く返答して足を組んだ。

「エリア11に来るときの約束だったんだろ?騎士をつけること」

「わたしはルルーシュ、お前みたいな大々的な公務があるわけでもないからな、焦る必要は無い、それよりもルルーシュの方だろ?騎士をつけるべきなのは」

「俺は男だ」

「男女差別だな、姉上が言っていたのはわたしのことだけじゃないぞ、お前の騎士叙任に関しても言ってたが」

ふふん、とがルルーシュを見る。ルルーシュは少し眉を寄せてからすぐに破顔して、ため息をついた。
エリア11に在任する皇族達の仲で、騎士をつけていないのはユーフェミアとルルーシュ、それからである。逆に言えば騎士をつけているのがコーネリアだけであって、彼女自身自分の妹弟達が騎士をつけないことを心配しているらしい。

「スザク、お前はどうなんだ?」

「え、自分、ですか」

「もう随分の側近護衛だろ、正式な騎士になるとかは…」

ちなみにスザクとルルーシュは、ルルーシュがまだエリア11が日本だった頃にスザクの元に留学生として送られたのが彼らの初対面である。つまり、幼馴染、と言う関係にある。勿論、私情以外にスザクがルルーシュに昔のように敬語を使わないことはないが、二人で話すときはよくくだけた口調で喋っているのを、は見かける。
ルルーシュの言葉にスザクが返答を鈍ったのをは素早く察知して、口を開く。

「スザクは関係ないだろ、今わたしの護衛だからといってわたしの騎士になるわけではない」

「そうなのか?」

「…あ、はい、多分」

「お前は体力馬鹿だが、そこが騎士として充分な条件になる、ユフィの騎士とかは考えてないのか?」

がぴくり、と肩を揺らす。それがあまりにもささいなもので、幸いルルーシュはスザクはそんな反応には気づかない。

「命令であるなら…」

「ほう、お前個人の意見としては何か無いのか?」

「自分は一軍人ですから、そのようなおこがましい意見は」

「おいおい、堅いぞ、スザク、俺は今ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしてではない、ルルーシュとしてお前と会話してるんだ」

言えばスザクは少し表情の筋肉を和らげる。はそっと斜め上の彼を見上げた。

「…そうだな、でもこれといった希望はないよ」

「貧欲だな、」

「うーん、あえて言うならなるべく温和で優しい人がいい、かな」

瞬間ががたり、といきおいよく立ち上がる。驚いてを見上げるルルーシュと、スザク。少女の表情は先ほどよりずっとずっと重苦しくて、そして苛立ちを含んでいた。

「戻る」

「は、」

「仕事がある、戻る、スザク、お前はここにいろ、ずっとルルーシュと仲良く喋っていればいい」

「え、ちょ、」

くるりと勢いよく踵を返したはそのまま早口でそう捲くし立てると、足早にそこから消える。取り残されたスザクは呆然とルルーシュを見やった。

「…怒ってるな」

「…追いかけます」

ここにいろ、と言われてもスザクはの側近護衛だ。彼女の言ったとおりいつまでもルルーシュと談笑しているわけにはいかない。スザクは僅か苦笑してから主を追って駆け出した。そんな背中を見つめ、ルルーシュの口元には笑み。我侭なお姫様だな、という少年の呟きはすぐに空気に混じって溶けた。