※ちょっと注意
セルティラブな新羅さんが結構ひどい人



「死ね」
「治療してあげてるのにその言い草?」
「新羅さんにじゃない、臨也に向けて」

腕にぐるぐると包帯を巻かれながら、少女は隠しもせずに悪態をついた。長い睫の影が落ちる白い頬は、何かで殴られたような痣、現在治療されている右腕は骨にはひびが入り、足や腕には無数の擦り傷や切り傷が窺えた。岸谷新羅宅であるこの高級マンションは、彼の旧友の診療所になることが多い。高校時代には、毎日のように静雄や臨也の喧嘩で作る傷を手当てしていたものだ。時には彼が彼らが連れてくる、"病院には行けない患者"の診察をこの部屋ですることもある。本日は、新羅の旧友である折原臨也のお気に入り、と少し関係が遠い少女の手当てを彼は受け持っていた。勿論面識はある、なければ彼女は真っ直ぐ病院に向かっていただろう。彼女が病院ではなく、態々新羅の部屋にやって来たのにたいした理由はないが、もし述べるとすれば新羅がいるから、であろうか。一応友人だから、と治療費を安くしてくれるのも理由の一つだろうが、やはり病院よりもこちらの方が居心地がいいのである。

少女は折原臨也が嫌いだ。しかし皮肉にも、折原臨也はそんな彼女をひどく気に入っていた。彼らの出会いを新羅は知らない、興味もないし詮索をした事はないのだ。とにかく臨也がこの少女を気に入って手中に収めたい、と思っていることだけは新羅は知っている。そして少女が臨也を心底嫌っているのも知っている。

臨也が少女を気に入っている理由の一つは、彼女が決して何色にも染まらないところだ。気に入っている、というのも臨也はどうもこの少女の苦痛に歪んだ表情が見たいようで、実に周到な手段で彼女を絶望に陥れようとしている。まずそんな感情を抱くこと自体異常であったが、その手段すら、異常だった。それは裏で手を回し、チンピラ共に彼女を襲わせる、というものである。襲わせるといっても、彼女の貞操を奪われる強姦などではなく、文字通り襲い掛かるのだ。手には鉄パイプ、バット、と武器を手にしたチンピラ共に襲われ、逃げ惑う少女の姿を見るのが臨也は好きなのである。実に悪趣味だと思うが、新羅は臨也がまともな人間でないことは既に知っているので、これも彼の性癖か何かか、と勝手に結論付けてそこのところに特に関心は持たなかった。尤も、彼には同居人であるセルティ以外に関心など抱かないのだろう。

「本当あいつ死ね、まじで死ね」
「しかし君もあんな大人数に襲われてこの程度の怪我で済むって、どんな技持ってるのさ」
「…護身術って言って小さいときに道場通わされてたし…まさかこんなところで役立つとは」

散々逃げ回り、時には応戦して、何とか彼らを撒いた彼女が新羅宅にやってくるのは、一番最初にいちゃもんをつけられてから数時間後。すっかりボロボロになって手当てを受けるのはこれが初めてではない。臨也は彼女が自分に助けてと縋らない限り、何度でもそれを続けるのだ。そしてその行為は逆に彼女に、あの男になんか落ちてたまるか、という反感の意を抱かせる。やっていることと結果が正反対なのだ。勿論臨也はそれを知っていながら、何度も何度も彼女を襲わせる。なんて歪んだ愛情だ、とセルティがない頭を抱えていたのは新しい記憶だ。

頬に湿布を張ってやり、特に目立つ擦り傷に絆創膏を張る。大体の手当てが終わった頃、新羅は立ち上がり、一度キッチンへと消えた。

「新羅さん、今日もありがと、お金ここに置いておきますね」

全身がずきずきと痛む。少女はやや眉を潜めてポケットから現金を抜き出し、テーブルに置いた。丁度キッチンから戻ってきた新羅の手には何故かティーカップ。にこにこと取っ付きようのない笑みを浮かべたまま、新羅はそれをテーブルに載せた。

「まだ連中がうろうろしてるかもしれないし、もう少しゆっくりしていきなよ」
「…セルティさん、帰ってきたら邪魔じゃないですか?」
「ああ、セルティが帰ってきたら勿論帰って欲しいんだけど、多分まだだし、いいよ」

辛辣な言葉にやや苦笑を零した少女が、差し出されたカップに手を伸ばす。ありがとう、と一言断ってそれを口にした。咥内に広がるアールグレイのほのかな香り。セルティが淹れてくれた紅茶が何故かすっぱかったので、少々身構えていたが、普通の紅茶のようで少女は思わず肩を撫で下ろした。カップをソーサーの上に戻す。疲れ果てるまで逃げ回っていた身体がその温かい紅茶をまるで求めていたかのように、少女は一気に飲み干してしまった。空になったカップを見つめながら、ふと、いつものようにパソコンの前に座る新羅の異変に、少女は気がついた。

「なんか、今日、やけに携帯気にしてますね」

仕事の依頼が入らなければ、新羅はほとんど携帯には手を触れない。彼の仕事は携帯よりも、パソコンを基盤としているものだからである。しかし今日、新羅は彼女がやって来た直後から、執拗に携帯を弄っているように見えた。何か用事でもあるのだろうか、なら早く退散した方がいいだろう、少女がそこまで思案して立ち上がった瞬間、彼女の視界がぐにゃりと歪んだ。

「っ、」

足から力が抜け、ソファーの手前にその身体が崩れ落ちる。何が起こったか、今だ理解できないでいる彼女は、もう一度立ち上がろうとソファーに手を置くが、まったく力が入らない。どくどくと、鼓動が早まっているのが分かる。冷や汗がたらり、と背中を伝った。少女が恐る恐る顔を上げると、携帯から目を離した新羅と目が合った。

「…新羅、さん?」

名前を呼ぶと、新羅はにっこり笑って立ち上がる。少女の前に立ちはだかると、白衣のポケットに手を突っ込んで笑顔のまま、見下ろした。

「あはは、すごいね、本当に即効性だ」
「あ、の…、なに」
「ごめんね、これも仕事だからさ」

ポケットから取り出したものは、とろりと粘着性の高い液体が入った小瓶だった。少女が何かを悟ったように顔を青ざめさせる。きゅぽん、と小瓶の蓋を取った新羅は、中に指を突っ込んで液体をたっぷり掬い上げた。
少女は連日のような臨也からの嫌がらせに、危機感的なものに対し、ひどく敏感になっていた。そして今この状況、少女の脳内には連日以上の警報音が鳴り響いている。不味い、不味い、不味い。逃げ出さなければ、逃げなければ。早く早く。身体が全く動かない中で、彼女は必死に自身の身体に命令を出した。

「僕も別に君の事が嫌い訳ではないけど、あんなに金詰まれちゃったらさあ。最近セルティもずっと仕事だって中々帰ってきてくれないんだよ。あのお金があれば、暫く彼女は仕事に行かないで済むし、ごめんね?」

真実を伝えず、しかし隠すこともせず、新羅はつらつらと笑顔のままそう告げた。そして通常よりずっとずっと危機感に敏感になっていた少女は、瞬間全てを悟った。同時に、絶望を、味わった。

「な、で…」
「なんで?だから言ってるでしょ、嫌いじゃないと同時に好きでもないんだよ。僕が愛してるのはセルティだけだからね、彼女のためになら何でもするよ」
「あ、あの、おとこ、…わ、わた、」

呂律が回らない。小瓶に突っ込まれた新羅の指が、少女の唇に押し当てられた。全く力の入らない唇は抵抗することも出来ず、簡単にその指の侵入を許す。長く、男性にしては華奢な新羅の指についた液体を舌に絡ませるように、ぬちゃぬちゃと咥内を引っ掻き回す。息苦しさに嗚咽を漏らす少女さえもまるで興味がないように、新羅は一度指を抜いて、肩を竦めた。

「あー、汚いなぁ」

飲み込みきれない唾液と液体が少女の口端を伝う。新羅はあくまで笑顔のまま毒づくと、濡れた指を白衣で拭いながら、今度は少女の小さな顎を掴んだ。

「ああ、言っておくけどこの薬類用意したのは臨也だからね、まあ俺もやろうと思えばこのくらい揃えられるけど、首がある女の子に薬盛ろうだなんて考えないよ」
「げほっ、は、…くす、い…、?」
「でも臨也の奴もすごいよね、君が此処に来るぴったり10分前にはお金と薬積んでおいとまだよ?君が此処に来ること分かってたんだね」

がっちりと顎を掴んで、新羅はその小瓶を傾け、直接中の液体を少女の咥内に注いだ。咽返り、吐き出そうとしても、身体は言うことを聞かない。ただ唾液と共にそれを飲み下すことしか、彼女には出来ないのである。とぷとぷと中身の液体を全て注いで、新羅は少女の口元を強く塞いだ。そうなればやはり彼女には嚥下するほか選択肢はなく、どこか甘いそれをこくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。しっかり嚥下したのを確認すると、新羅は少女から離れ、再び携帯を弄る。メールを打っているようだが、ふいにその携帯が鳴った。

「ああ、臨也?今終わったよ、そろそろセルティ戻ってくる頃だし、長期休暇前の最後のお仕事してもらうよ。君もひどいことするよね…、って、え?僕も共犯者だって?やだなあ、協力してやっただけだろ、下準備だなんて言ってさあ、普通に女の子に媚薬盛るだけなら自分ですればいいのに、しかも媚薬って…え?やだなあ、僕はセルティにしか興味ないから安心してよ」

どくり。身体の自由が奪われた上、少女の中には不自然な疼きが走った。どくどく。呼吸が不規則なものに変わる。息苦しいだけではない、何かいいようのない疼きが、妙な部分に生まれた。

「まあ、とにかく料金は頂いたし、仕事は全うするよ、うん、じゃあね」

ぴ、と通話を切り、新羅は恐らく少女がこの部屋にやってくる前に金と薬を持ってきた臨也が用意した、麻袋のようなものを取り出した。随分とサイズの大きなものである。少女は朦朧とする意識の中で、それが何に使われるか、瞬時に理解した。理解しても、逃げ出すことは出来ない。暑くて、息苦しくて、体中が疼く。抗議の声もあげられず、ただソファーを背もたれにしてぼう、と新羅の行動を見つめるだけの瞳に、じんわりと涙が浮かんだ。

「しかし臨也もついに強硬手段かー、君の逃げ回る姿に飽きちゃったのかな、でも僕もさすがに良心が痛まないわけじゃないからね、特別に今日の治療費はタダにしておくよ、そこに置いてある今日の治療費は君と一緒にセルティに臨也のところに届けてもらうから、後で臨也から貰ってね」

てきぱきと麻袋を広げ、新羅はサイズを確認する。

「君がレズでないことを祈るけど、臨也の部屋に着く前に我慢できずにセルティに襲い掛からないでね、彼女の初体験の相手が女の子だなんて笑えないから」

くすくすと笑みを零しながら、新羅は麻袋を少女に覆いかぶせる。入るかなあ、と漏らしながら少女は意識が途切れるのを感じた。彼女の世界が真っ黒に染まる直前、目の前の闇医者は実に残酷に微笑んだ。

「君も厄介な奴に好かれちゃったね、可哀相に。」


彼女が次、目を覚ますと、やはり悪魔のような笑みが目の前にあった。




繰るところは誰かさんそっくり